10-8 偽りの工房の終焉
地下工房の激戦は、一進一退の攻防を続けていた。
メギストス師父が編み出す古代魔法の障壁が、敵の魔力砲を火花と共に弾き飛ばす。
その隙を突き、バナード師匠の重剣が石像の四肢を断ち切り、アイリスの細剣が致命的な核を寸分違わず貫いていく。
熟練の三人による、音のない舞のような連携。
だが、敵の数は依然として多く、工房の壁は魔力の余波で悲鳴を上げ続けていた。
その時だった。
背後にある、エルフィが眠る調整槽の柱から、直視できないほどのまばゆい琥珀色の閃光が放たれた。
世界樹の祝福を宿したその光は、工房の隅々まで行き渡り、暴走していた防衛機構の術式を一瞬で麻痺させた。
石像たちが動きを止め、不気味な魔光が瞳から消える。
「今じゃ、叩き込めい!」
メギストスの怒号が響く。
三人は光を直視せず、影に隠れていたため影響を受けなかった。
好機を逃さず、バナードが使い古した愛剣をあえて放り出し、得意の徒手空拳へと切り替える。
「おおおおおっ!」
練り上げられた闘気が爆発し、放たれた一撃が空気の壁を押し潰して数十体の石像を一気に粉砕した。
アイリスも負けてはいない。
流れるような剣捌きで麻痺した敵の隙間を縫い、次々と機能停止へ追い込んでいく。
そしてメギストスが杖を高く掲げた。
「ふむ、初お披露目じゃ。 古代魔法の神髄、その身に刻むが良い――『灼熱の連鎖』!」
数えきれないほどの火球が生み出され、生き物のように石像たちを追尾し、大爆発と共に工房を浄化していった。
◆
やがて光が収まった時、工房の中央には、意識を取り戻したルシ、リーフ、ネロの三人がしっかりと大地を踏み締めて立っていた。
ネロは真っ先に、エルフィの柱を見つめた。
そこには、ゆっくりと目を開け、こちらを見て微笑む少女の姿があった。
彼女はもはや、機械の手を借りる必要はなかった。
自ら溢れ出す膨大な魔力を指先に集中させると、内側から調整槽の隔壁を静かに破砕し、霧散させて外へと歩み出た。
リーフがすぐさま空間収納から予備のローブを取り出し、生まれたての命を包むようにエルフィの肩へとかける。
紺碧の髪、翡翠の瞳。
ネロの言葉を借りるなら、「ネロが浮気する隙もない」ほどに美しく再構築された少女。
ネロは、言葉を失って呆けたように彼女を見つめていた。
その顔は、かつての暗殺兵器ではなく、ただの年相応の少年そのものだった。
俺とリーフは、再会を喜ぶ二人をそっとしておき、メギストス師父たちへの加勢に回った。
「解析終了。 ……全術式、停止」
俺が指を鳴らすと同時に、生き残っていたわずかな防衛機構が、魔法の糸を切られたように崩れ落ちた。
さらにリーフが追撃の雷撃を放ち、二度と再起動できないよう「核」を焼き切る。
「お待たせしました、師父、師匠。 アイリスも」
「ただいま戻りましたわ、皆様」
リーフが晴れやかな笑顔で告げると、メギストスが代表して一歩前に出た。
「……ふむ。 どうやら、全て上手くいったようじゃな」
「ええ。 世界樹との循環経路を固定しました。
ここの施設は完全に掌握し、管理権限を書き換えています。
もう暴走することも、誰かを傷つけることもありません」
俺の言葉を聞いた瞬間、アイリスがその場に膝をつき、安堵のため息を深く吐き出した。
「……本当に、生きた心地がしませんでしたわ」
バナード師匠は、そんな彼女を横目で見て鼻を鳴らした。
「ふん、修行が足りん。 どんな時でも残心を忘れるなと言ったろう」
そう言いながらも、彼自身、愛用の剣を拾い上げる手には微かな震えがあった。
俺たち七人は、薄暗い地下から這い出し、地上へと繋がる階段を上がった。
重厚な扉を開けた先で待っていたのは、まばゆいばかりの正午の太陽だった。
「……ちょうどお昼時ね。 皆、ご飯にしましょうか?」
リーフの提案に、アイリスが真っ先に手を挙げた。
「大賛成です! もう、お腹と背中がくっつきそうですわ」
その言葉に、緊迫していた空気が一気に和らぎ、皆が笑った。
俺は伸びをしながら、遠くに見える街並みを眺めた。
「そうだな……久しぶりに美味い蜂蜜酒を煽りたい気分だが、それはシグルドの『負の遺産』を片付けてからかな」
リーフがクスクスと笑いながら俺の隣に並ぶ。
「分かったわ。 夕食には最高の一本を出すわね。
その代わり、午後の仕事は頑張ってもらうわよ?」
「よし、やる気が出てきた」
リーフはネロとエルフィの方を振り返り、悪戯っぽく告げた。
「ネロ。 君はルシみたいに、お酒にだらしない大人になっちゃダメよ?
エルフィちゃん、この子の管理は任せたわね」
「はい、リーフお姉さま。 しっかり見張っておきます!」
エルフィが元気に答え、ネロが「ええっ!?」と赤くなって狼狽える。
その様子は、まるでどこにでもある家族の風景のようだった。
そこへ、遠巻きに様子を伺っていた代官たちが、恐る恐る戻ってきた。
「あ、あの……どうなりましたでしょうか?」
「地下の施設は完全に掌握した。 もう暴走の危険はない」
俺は冷静に事実を告げた。
「数日後には王都から公式の調査団が来るはずだ。
その準備のために、午後からシグルド……いや、アイズベルク家の『遺産』を整理し、隔離させてもらう」
「隔離……ですか?」
「ああ。 空間収納魔法の中に全ての危険物を封印する。
もし万が一、遺産に不具合が起きても、この現実世界からは切り離されているから被害は出ない。
いわば『絶対安全な倉庫』に入れるようなものだ」
それを聞いて、代官は心底安心したように肩を落とした。
俺はついでに、世界樹ユグドラシルとこの地を循環させたことで、今後は魔力不足に悩まされることもなくなると伝えた。
代官と部下たちは、信じられないという顔をした後、顔を見合わせて狂喜乱舞し、「早速、領民たちに伝えて参ります!」と叫びながら、街の方へ飛ぶように走っていった。
昼飯を代官にたかろうかと思っていたが、あまりの勢いに当てが外れてしまった。
俺たちは仕方なく、ストレージに蓄えていた上質な保存食を取り出し、皮肉にもアイズベルク家の豪奢なテラスで、ピクニックのような昼食を摂ることにした。
午後からは、俺が代官に告げた通り、館に飾られていた戦略級の骨董品を次々とストレージへ収納していった。
触れるだけで街が消し飛ぶような代物を、一つひとつ解析し、安全な状態で次元の隙間に閉じ込めていく。
ただし、シグルドが溜め込んでいた魔導貨幣と宝石の山だけは、手つかずのまま執務室に残しておいた。
それはシグルドの贅沢のためではなく、これからこの地を再建し、民たちが冬を越すための血肉となるべきものだからだ。
夕暮れ時、空が紺碧色からオレンジ色に染まっていく。
俺たちは、アイズベルクの名を捨て、新しい歩みを始めようとする街を静かに見守っていた。
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