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10-9 境界の先へ、残された地図

 シグルドの偽りの聖域が陥落してから、数日が経過した。


 王都から派遣される大規模な公式調査団が到着するまで、あとわずか。


 俺たちはその隙間を縫うようにして、再びあの地下施設へと足を運んでいた。


 一度は掌握し、危険物も隔離した場所だが、古代の遺構とは往々にして隠し部屋の中にさらなる隠し部屋があるものだ。


 魔導師としての直感が、まだ何かがこの場所の最深部に眠っていると告げていた。


「案の定ですわね。 シグルドの趣味の浅さは、もうパターン化されていますわ」


 そう吐き捨てるように言ったのは、アイリスだった。


 彼女は中央ホールの壁面にある、不自然に磨り減った装飾を迷いなく押し込む。


 すると、重厚な石壁が音もなく反転し、これまで見落としていた中央制御室への道が開かれた。


 もはやシグルドに関連する隠しギミックの探索は、彼女に一任したほうがいいのではないか――そう思わされるほどの手際の良さだ。


 埃ひとつない、無機質な空間に踏み入る。


 その瞬間、天井の隅に設置されていた魔導カメラのようなレンズが、不気味な青い光を放って俺の体をスキャンした。


「権限確認……特権ユーザーとして認証」


 どこからか響く無機質な音声と共に、部屋の中央に置かれた巨大な水晶球が発光を開始する。


 次の瞬間、俺たちの目の前の空間に、光の粒子で構成された精緻な立体魔導地図が浮かび上がった。


「これは……王国の東端か?」


 地図が示していたのは、ここからさらに東へ進んだ先、隣国との国境を分かつ大河――オーロ・グランデの流域だった。


 俺の呟きに、ネロが眉をひそめて地図を覗き込む。


「ルシ兄さん。

 ここには確か、隣国が王国からの侵攻を防ぐための防衛施設があったはずだけど……」


「今は王国の領土になっている場所だね。

 五百年ほど前の大戦後に結ばれた条約で、あの大河を境界として領土を分けたはずだ。

 ……ネロ、心当たりがあるのか?」


 ネロは光の地図の一点を指さし、唇を噛んだ。


「……そうだよ。 そこで僕は『無力化』されたんだ。

 実験体としての性能が足りないって、当時の貴族たちに怒鳴られて、役立たずの木偶のデクノボウだって罵られて……そのまま、王都に送られて地下に封印されたんだ」


 ネロの言葉に、周囲の空気がわずかに張り詰めた。


 そこはネロという少年が「人間」であることを否定され、一度死んだ場所なのだ。


「ネロを役立たずだと?

 ふん、見る目がないにも程があるな。

 ……よし、調べる価値は十分にありそうだ。

 師父も、そうでしょう?」


 俺が隣を振り向くと、案の定、メギストス師父は目を輝かせてはしゃいでいた。


「無論じゃ!

 古代の防衛施設がそのまま残っておるのなら、そこには現代魔法の概念を覆すような術式が眠っておるに違いない。

 行かぬという選択肢はないわい!」


 俺は浮かび上がる光の地図を見つめ、溜息をつく。


「この地図、あの水晶球を媒体にして出力されているようだが……持ち運べないかな」


「ルシ兄さま。 これ、簡単に外せますよ」


 エルフィがとことこと水晶球の台座へ歩み寄り、小さな手で器用にツメを外した。


 彼女は大事そうに水晶球を抱えると、こちらへ戻ってきて俺に差し出した。


 受け取って魔力を通すと、再び掌の上で立体地図が展開される。


「助かるよ、エルフィちゃん。 ……よし、次の旅の目的地は決まったな」


 俺の言葉に、リーフ、ネロ、そしてアイリスやバナード師匠までもが力強く頷く。


 シグルドの事件は終わった。


 だが、俺たちの旅は、古代の謎を解き明かし、ネロやエルフィの過去を清算するために、さらなる境界の先へと続いていく。


「さて、そうと決まれば出発の準備だ。

 食料や日用品をたっぷりと補給していこう。

 ……リーフ、悪いがエルフィちゃんと一緒に、彼女の服や身の回りのものを揃えてやってくれないか?」


「ええ、任せて。 女の子の買い物は大変なのだから」


 リーフがエルフィの手を引き、微笑ましい光景が広がる。


 紺碧の髪を持つ二人の少女が並ぶ姿は、どう見ても仲の良い姉妹にしか見えない。


(……今後は、姉妹っていう設定で関所を通ることにしようか。

 そのほうが色々と説明も楽だろうしな)


 そんなことを心の中で考えていると、ふと、ネロが寂しそうな顔で二人を見送っているのに気づいた。


「……ネロ。 リーフたちについていって、荷物持ちでもしてやるか?」


「えっ、いいの!? ……うん、そうする!」


 パッと顔を輝かせて走り出すネロの背中に、「女の子の服選びは恐ろしく時間がかかるぞ」という忠告を飲み込み、俺は「頑張れよ」と短く声をかけた。


 さて、俺も一人で食料の買い出しにでも行こうか――そう思って背を向けた瞬間、ガシッ、と首根っこを掴まれた。


「……ちょっと、どこへ行くのよ、ルシ」


 振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたリーフが立っていた。


「貴方も来るのよ。 私の服を持ってもらうわ。

 エルフィちゃんの服はネロに持ってもらうから。 ……いいわね?」


「……分かった」


 どうやら俺とネロは、この先もずっと、この姉妹の尻に敷かれる運命らしい。


 だが、そんな騒がしくも温かな未来を思い描きながら、俺は苦笑して彼女たちの後に続いた。


 シグルドが残した偽りの聖域を後にして、俺たちは本当の目的地へと、一歩を踏み出す。

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