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10-3 深層への扉、凍てついた子供たち

 翌朝、俺たちは代官の屋敷を出て、館の敷地北端に位置する「北の倉庫」へと向かった。


 かつて広場でアイリスに気圧された領民の一人が、震えながら口にしていた情報――『シグルドが誰も入れるなと命じていた、地下室のある倉庫』。


 それがここだ。


 一見すれば、農具や予備の建材を収める変哲のない木造の建物だ。


 だが、俺が解析眼を走らせると、その外観とは裏腹に、館の正門よりも複雑で重厚な多層封印術式が施されているのが見えた。


 もっとも、術式の構造そのものはシグルド特有の所有権を主張するだけの稚拙なものだ。


 俺にとっては、分厚いだけの紙の壁を破るのと大差ない。


「アンロック」


 俺が指先を扉に触れさせると、無数の魔力回路が逆流し、物理的な音を立てて開錠された。


 埃の舞う倉庫の中に入ると、そこには不自然なほど何もない。


 ただ、中央の床板だけが周囲の木材とは異なる石造りの感触を持っていた。


 俺がその蓋を開くと、そこには地下へと続く長い、あまりにも長い階段が口を開けていた。


 階段の造りは、倉庫の現代的な様式とは完全に切り離されていた。


 滑らかに加工された石材、淡く光る自律発光式の魔石。


 それは、北の山脈でシグルドが潜伏していた古代神殿の様式と、寸分違わぬものだった。


 深い闇へ、一段ずつ降りていく。


 先頭を行く俺のすぐ後ろで、ネロが幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせていた。


 リーフが心配そうに彼の肩を抱く。


「……どうしたの、ネロ? ずいぶん顔色が悪いけれど。

 気分が悪いなら、上で待っていてもいいのよ」


「……違うんだ、リーフお姉ちゃん。 気分が悪いんじゃなくて……思い出したんだ」


 ネロの声は、奥底から震えていた。


「ここは、僕が作られた場所だよ」


 その言葉に、全員の足が止まった。


「古代の魔導師たちが、世界中から子供を集めて……何度も、何度も、魂の調整と実験を繰り返した工房なんだ。 ここは」


「それが、なぜ王都に近いこの地の地下に眠っていたんだ?」


 俺の疑問に、ネロは俯きながら答えた。


「完成したのが、僕だけだったんだ。

 戦争に負けた後、僕を運用していた連中は『こんな役立たずの木偶の棒は、ここで眠っていろ』って、僕を王都の地下深く、緊急避難用の施設に封印した。

 ここは、その工房の一つが移設された場所なんだと思う……」


「……酷い話だな。

 子供を兵器として使い捨てた挙句、負けたらゴミのように捨て置くとは」


「全くですわ。 人としての心を捨てなければ、こんな場所は作れませんわ」


「許せないわ。 魔法は人を幸せにするためにあるはずなのに」


「……業が深いのう。 シグルドも、この地獄を掘り当ててしまったわけか」


 俺、アイリス、リーフ、バナード師匠がそれぞれの怒りと嫌悪を口にする中、メギストス師父だけは黙って、階段の先を見据えて思案に耽っていた。


「ネロ……お主、今『子供を集めて』と言ったな。

 まさか、お主一人だけがここに居たわけではあるまい?」


「……そう、そのまさかだよ。 ほら、見えてきた」


 階段を下り切った先。


 そこに広がっていた光景は、俺たちの想像を絶する、吐き気を催すほどの冒涜的な聖域だった。


 広大な広間には、クリスタル状の円柱が林立している。その透明な柱の中には、淡く光る培養液が満たされ、一柱に一人ずつ、小さな子供たちが閉じ込められていた。


 その数、十二柱。


 彼らは時が止まったかのように、ただ静かに眠っているように見えた。


 だが、それは安らかな眠りなどではない。


 ネロのプロトタイプとなり、感情も言葉も剥奪されたまま、完成に至ることなく未完成品として凍結された子供たちの成れの果てだ。


「何ということを……! なんという冒涜を!」


 メギストス師父が珍しく激昂し、手にしていた杖を床に落とすのも構わず、一番近い柱へと駆け寄った。


 俺たちもそれに続く。


 柱の根元には、古代文字が並ぶ操作用の端末が設置されていた。


 俺と師父、そして同じく古代の知識を持つリーフとネロが端末を操作し、表示されている状態記録ステータスを次々にチェックしていく。


 だが、結果は非情だった。


「十二柱中、十一柱……すべて『生命活動停止デッド』だ。

 だいぶ前に、魔力の供給が不安定になった時点でシステムが止まっている」


 俺が操作して一柱を解放すると、中から溢れ出した培養液と共に、小さな亡骸が崩れ落ちた。


 腐臭と死の匂いが一瞬で広間に満ちる。


 ついて来た代官やその部下たちは、あまりの凄惨さに言葉を失い、その場にへたり込んでいた。


「シグルド様は……いや、あの男は、こんな非道なことをしていたのか!?

 領民を豊かにする裏で、こんな……!」


「いや、違う。 代官、これを行ったのは千年以上前の古代魔導師たちだ」


 俺は画面から目を離さずに告げた。


「シグルドの仕業じゃない。 彼にこれほどの生命調整術式を構築する技術力はない。

 そこは安心していい。 ……むしろ、彼が責められるべきは別の点だ」


「……別の点?」


「このおぞましい遺跡を、あるいは生きているかもしれない子供を、王国の管理下に置かず、自分の『隠しコレクション』として私物化し、放置していた罪だ」


 アイリスが深く頷く。


「そうですわね。 隠匿していたという一点だけでも、彼の罪は万死に値しますわ。

 ……ルシ、この十一人の亡骸は、後ほど我々の手で丁重に葬りましょう。

 それで、最後の一柱はどうですの?」


 俺は、唯一生存表示が点滅している十二番目の柱を見つめた。


「カウントダウンが表示されている。 調整槽の機能が限界だ。

 ……このままでは、あと一ヶ月で命が尽きる」


 その時、ネロが俺の服の裾を強く掴んだ。


「お兄ちゃん……お願い、彼女を助けてあげて!


 彼女は、工房で僕が唯一、心を通わせることができた子なんだ。

 実験の間、いつも隣の槽で励まし合っていたんだよ!」


「……ネロ。 助けるということは、彼女を君と同じ道へ引きずり込むということだぞ?」


 俺は敢えて、残酷な現実を突きつけた。


「一度、世界樹ユグドラシルのくびきに魂を繋ぎ、術式を再構成する。

 それはつまり、人としての自然な生を捨て、『自律魔導式オートマータ』として生きることを意味する。 ……彼女は、人ではなくなるんだ」


「それは……でも、それでも生きていてほしい! 彼女には、光のある世界を見てほしいんだ!」


「彼女の名は?」


「……『エルフィ』。 エルフィっていうんだ」


 俺はネロの決意、そして柱の中で眠る少女の微かな拍動を感じ取り、深く息を吐いた。


「分かった。 エルフィを助けよう。 ……だが、ネロ。

 命を繋ぐことが、必ずしも感謝されるとは限らない。

 いつか彼女に、なぜ自分を人でない姿に変えてまで生かしたのかと、恨まれるかもしれないぞ?」


「……わかってる。 それでも、死ぬよりはずっといいって、僕が証明してみせるから」


「覚悟ができているなら、始めよう。 ネロ、リーフ、力を貸してくれ。

 俺の意識を核として、世界樹の深層域へダイブする。

 彼女の魂の欠損を、世界樹のリソースで補完するんだ」


「ありがとう、お兄ちゃん!」


「……ええ、やりましょう、ルシ。 この子を、暗い地下に置き去りにはさせないわ」


 俺はエルフィが眠る柱の端末に両手を当て、自身の魔力を活性化させた。


 視界が白く染まり、情報の激流が脳内を駆け巡る。


 俺たち三人の意識は、現実の肉体を離れ、少女の魂が漂う世界樹の最深部――命のログが眠る海へと、深く、深く潜っていった。

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