10-2 偽りの聖域、アイズベルクの館
アイリスの恫喝によって完全に戦意を喪失した代官に案内され、俺たちは領地の中央にそびえ立つ、巨大な館へと辿り着いた。
それは館というよりは、もはや悪趣味な小城であった。
白亜の壁には金糸のような魔導回路が不必要に巡らされ、陽光を反射してぎらぎらと輝いている。
シグルド=アイズベルクという男の、肥大化した自己顕示欲が形を成したような建物だ。
「……趣味が悪いな。 機能美という言葉を知らないらしい」
俺の呟きに、バナード師匠が鼻で笑って応じる。
「まったくだ。 守るにも攻めるにも、これほど無駄な装飾が多い壁は見たことがねえ」
巨大な正門には、シグルド本人の指紋と魔力を要求する高度な封印術式が施されていたが、今の俺にとっては、子供の悪戯書きを消すようなものだ。
解析眼を走らせ、数千の魔力パスを瞬時に並び替える。
「アンロック」
静かな宣言と共に、重厚な扉が悲鳴を上げて開いた。
中に踏み入ると、そこは異様な光景だった。広大なエントランスホールから廊下に至るまで、所狭しと品々が並べられている。
他国から略奪したと思われる聖遺物、出土したばかりの古代の遺物、そして見たこともない形状の魔導武具。
俺は解析眼を全開にし、それらの品々を一つずつ注視して回った。
――そして、背筋に冷たいものが走る。
それらの品々には、例外なく強力な保存封印が掛けられていたが、その奥に眠る出力の桁が異常だった。
一つ一つが、戦略級の破壊力を秘めている。
もし、シグルドがこのロックを解除する方法を知り、正しく運用していれば、王都など半日もかからず陥落させることができただろう。
それどころか、王国全土を掌握し、隣国へ侵略戦争を仕掛けても余裕で勝利できるほどの戦力が、ここには無造作に飾られていたのだ。
「……信じられないな。 シグルドの野郎、これだけの力を持っていながら、一度も使わずに置物として扱っていたのか」
ネロを使って王都を攻め込んだ際、彼は自らの魔導師としての才能に酔いしれていた。
だが、この館にある遺物に比べれば、あの時彼が誇示していた力など、子供の火遊びに等しい。
彼は究極のコレクターだったのだ。
価値の本質を理解せず、ただとんでもない性能を秘めた珍品を所有しているという優越感にだけ浸っていた。
猫に小判、あるいは豚に真珠。
戦略級の兵器を、暖炉の上の飾り皿と同じ感覚で扱っている。
その無能さと強欲さのバランスの悪さに、反吐が出そうだった。
俺は、震えながら後ろについてくる代官に、あえて冷ややかな声を投げかけた。
「ここに飾ってある品々には、一瞬で都市一つを消滅させるほどの力がある。
……しかも、管理が杜撰すぎて、状態が極めて不安定だ。
よく今まで、この領地が吹き飛ばずに済んだな」
都市を消滅させる力があるのは、紛れもない事実だ。
だが状態が不安定というのは、俺がとっさに吐いた嘘だった。
実際には高度なロックが掛かっている限り、ちょっとやそっとの衝撃で暴走することはない。
それでも嘘をついたのは、理由がある。
これから主を失ったこの館に、欲に駆られた住民や盗賊が侵入し、この物騒な品々を勝手に持ち出さないようにするための牽制だ。
俺の言葉を聞いた代官は、顔を真っ青にして激しく狼狽した。
「な、ななな、街が消滅!? ひ、ひぃっ! おい、お前たち! すぐに看板を作れ!
『危険物多数あり、持ち出し不可! 触れれば都市が消滅する!』と書くんだ!」
代官の部下たちが慌てて走り出し、館の門前に立て札が立てられた。
それを読んだ住民たちの間には、憤る者、家財道具をまとめて逃げ出そうとする者など、パニックに近い反応が広がったが、これで略奪のリスクは最小限に抑えられるだろう。
俺たちはまず、館の心臓部である執務室の調査を開始した。
ここでもアイリスが、見事なまでの手際を見せた。
王都の執務室、北の隠れ家に続き、彼女にとってシグルドの隠し場所を探し当てるのは三度目だ。
「……ふん、相変わらずの発想ですわね。
大方、あの本棚の配置に仕掛けがあるのでしょうね」
彼女は迷いのない足取りで、壁一面を埋め尽くす本棚の一角に手をかけた。
特定の背表紙を順に押し込むと、重厚な駆動音と共に壁が反転し、隠し部屋が姿を現した。
「やっぱりありましたわ。 底の浅い男」
アイリスが吐き捨てるように言ったその部屋には、山積みの魔導貨幣や、見たこともないほど巨大な宝石の山が収められていた。
アイリスはすぐさま王都の暫定政府と魔導通信を繋ぎ、現場の状況を報告した。
「暫定政府へ通達。 アイズベルク館にて大量の隠匿資産を発見。
これらはすべて、シグルドが招いた魔導力不足によるインフラ崩壊の補填、および今後の治安維持対策費として差し押さえを、進言しますわ。
……ええ、はい。
現場の窮状を鑑みた寛大な処置に感謝いたしますわ」
通信機越しに聞こえる上層部の声に対し、彼女は澱みのない事務的な口調で交渉をまとめ上げていく。
俺やバナード師匠には到底真似できない、組織人としての立ち回りだ。
彼女の迅速な処置により、これら略奪された資産は、領民たちの明日の生活を守るための資金へと転換されることになった。
また、危険な古代遺物についても、後日暫定政府の専門部隊が回収し、厳重に保管されることが決定した。
その事実を伝えると、代官や部下たちは、自分たちの給与や街の機能が維持されることに心底安堵したのか、先ほどまでの怯えが嘘のように喜んで協力を申し出た。
その後も、俺たちは住民から寄せられた「怪しい物音」や「深夜の運び込み」といった情報を精査し、館の隅々まで徹底的に調査した。
シグルドがひた隠しにしてきた醜悪な蒐集癖を、一つひとつ解体していく作業だ。
長い一日の終わり、俺は再び門に強固なロックの魔法を施し、館を封印した。
「……今日はここまでだな」
夕闇に包まれるアイズベルクの館を見上げ、俺は短く息を吐いた。
その後、俺たちは代官の用意した屋敷へと移動し、そこで一晩の休息を取ることにした。
ふかふかのベッドに横たわりながら、俺は今日見た古代遺物のことを思い出していた。
シグルドですら扱いきれなかった、あの底知れぬ力。
明日、俺たちはさらに深い地下へと潜ることになる。
そこには、シグルドが飾ることすらできなかった、本当の負の遺産が眠っているはずだ。
ネロが、隣の部屋で静かに眠りにつく気配を感じながら、俺もまた意識を深い闇へと沈めていった。
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