表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/133

10-1 アイリスの恫喝、翻る忠誠

 シグルド=アイズベルクの直轄領。


 その中心部に位置する白亜の広場は、かつてない不穏な熱気に包まれていた。


 俺たち一行が広場の中央に立つと、瞬く間に領民たちが集まり、幾重にも重なる包囲網が形成された。


 その瞳に宿るのは、好奇心などではなく、明確な拒絶と剥き出しの殺意だった。


「静かに聞いてくれ。 俺たちは戦いに来たのではない。

 シグルドがこの地に遺した、危険な魔法兵器や、禁忌の術式の在処を知りたいだけだ」


 俺の言葉は、冷笑と罵声の嵐にかき消された。


「黙れ、嘘つきめ! シグルド様を王都から連れ去った悪党が何を言う!」


「我らの聖域を汚すな! 出ていけ!」


 怒号と共に、どこからか小石や泥、そして汚物が放たれた。


 それらは俺の周囲に展開された目に見えぬ結界に弾かれ、虚空で消えていく。


 彼らにとって、シグルドはこの地を豊かにした救世主であり、俺たちはその英雄を不当に貶めた侵略者なのだ。


 信じてきた平穏を否定されることは、彼らにとって自分たちの人生を否定されるに等しい。


「リーフ、ネロ、頼む」


 俺の声に応じ、二人が魔力を同調させる。


 広場の中央に投影されたのは、王都を蹂躙した異界の怪物と、狂気に駆られたシグルドの醜悪な姿だ。


 真実の記録を曝け出したが、民衆はさらに激しく拒絶した。


「捏造だ! 幻惑の魔法でいくらでも嘘は作れる!」


 真実が残酷であればあるほど、人はそれから目を背け、心地よい幻想に縋りつく。


 俺は一歩前に踏み出し、冷徹に告げた。


「シグルド=アイズベルクは、もう魔導師ではない。

 俺が彼の全権限を奪い、その力を根底から封じ込めた。

 奴はもう、指先一つ動かす魔法すら使えない」


 ざわめきが波紋のように広がった。


「この土地は、今はまだ奴が残した余り物の魔力で保っているが、それも時間の問題だ。持ち主を失った魔法の仕掛けはやがて動きを止め、この楽園は枯れ果てていくだろう。

 ……心当たりがあるはずだ。 すでに『異変』は始まっているんじゃないか?」


 その問いかけが、領民たちの心に致命的な亀裂を生じさせた。


「……そういえば、果樹園の水場が動かなくなった」


「工房の道具も、昨日から妙な音を立てて止まったぞ……」


「馬鹿な。 シグルド様がお戻りになれば、すぐに直してくださるはずだ!」


「だが、あの御方はもういないんだろう? もし、この男の言うことが本当だったら、今年の収穫はどうなる」


 疑念、不安、打算。


 善意ではなく実利が揺らぎ始めたその瞬間を見逃さず、アイリスが音もなく前へ出た。


 彼女は優雅に、しかしどこか相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべ、王都の刻印が押された書簡を高く掲げた。


「あらあら、皆様。 そんなに必死に石を投げて、後で腕が痛くなっても知りませんわよ?」


 アイリスの鈴を転がすような、それでいて氷のように冷たい声が広場を静まり返らせる。


「聞きなさいな、哀れな羊さんたち。 これは王都の政府が発行した正式な布告ですわ。

 シグルド=アイズベルクは国家への反逆者として、一生を暗い鉱山で過ごすことが決まりましたの。

 そして、今なお、あんな男を慕い、罪を隠そうとする者は……すべて同罪。

 つまり、皆様もまとめて『死刑』の対象になりますわ」


 彼女の鋭い視線が、最前列の男を射抜いた。


「罪が決まれば、すぐにでも執行されますわ。

 行き先はシグルドと同じ地獄か、あるいは首切り台。

 女、子供、老人の区別なんてしませんわよ?

 一族郎党、まとめてこの世から消えていただきますの。

 ……ふふ、想像しただけでゾクゾクしませんこと?」


 あまりに楽しげな宣告に、広場から一切の音が消えた。


 アイリスは畳みかけるように、甘い毒を流し込む。


「……ですけれど、もし皆様が物分かりよく協力してくださるなら、話は別ですわ。

 新しい行政官を呼んで、止まった水場も直して差し上げます。

 さあ、選びなさいませ。

 主君への義理を抱いて一族心中するか、あるいは賢明な市民として、明日の温かいパンを手に入れるか。

 ……皆様のようなお利口さんなら、答えは決まっていますわよね?」


 それは交渉ですらなかった。


 逃げ道をすべて言葉の刃で切り裂き、従う以外の選択肢を奪う断罪。


 沈黙の後、一人の男が膝をついた。


「……待ってくれ! あいつが北の倉庫に、誰も入れるなと言っていた地下室があるんだ!」


「私だって反対だったんだ、あんな男のやり方には!」


 先ほどまでの敵意は消え、領民たちは我先にと媚を売り始めた。


 その滑稽な手のひら返しを、俺は冷めた目で見守るしかなかった。


「……アイリス、少しやりすぎじゃないか?」


 俺の耳打ちに、彼女は楽しげに微笑んだ。


「これくらい言わないと、この手の連中は動きませんわ。

 彼らにとっての忠義なんて、自分の首の皮一枚の価値もありませんもの。

 ……さあ、ルシ。案内人はいくらでも手に入りましたわ。

 ゴミ捨て場の掃除を始めましょう」

 もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!


 皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。

  よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ