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10-0 東への街道、完璧すぎる沈黙

 王都を包んでいた喧騒と、復興への活気。


 それらが背後で小さく霞んでいく。


 俺、リーフ、ネロ。


 そして三人の師と仲間であるメギストス、バナード、アイリスを加えた六人の一行は、王都を離れ、東へと続く街道を歩んでいた。


 目指す先は、シグルド=アイズベルクの直轄領。


 彼がその野心の拠点とし、そして今もなお負の遺産が眠る可能性が高い、呪われた聖域である。


 旅の始まりは、驚くほど静かだった。


 王都から数日の距離にある町や村では、道行く人々は俺たちを英雄として、あるいは王国の救い手として温かく迎えた。


 シグルドの所業によって家族や財産を脅かされた彼らにとって、俺たちは希望そのものだったのだ。


 食料や日用品の補給は滞りなく進み、どこの宿に寄っても最上級の持てなしを受けた。


 しかし、東へ進むにつれ、空気は少しずつ、だが確実に変質していった。


 不気味なのは、その街道の美しさだった。


 王都から離れれば道は荒れ、路面には深いわだちや石が転がっているのがこの世界の常識だ。


 だが、シグルドの直轄領に近づくにつれ、道は魔法的な処理によって丁寧に整地され、雑草の一本すら入り込む隙がないほどに管理されていた。


 それは、行き届いた公共事業の成果というよりは、何者かの執拗な潔癖さと支配欲が具現化したような、息苦しい完璧さだった。


 そして、その完璧な道の先で待っていたのは、領民たちの冷徹な拒絶だった。


 直轄領近隣の村に差し掛かった時、俺は門番の男に声をかけた。


「旅の者だ。 食料を分けてほしい。 対価は十分に支払う」


 だが、男は俺の言葉を無視した。


 それどころか、視線すら合わせようとしない。


 村の中に足を踏み入れると、さらに露骨な敵意が一行を包み込んだ。


「……出ていけ、王都の犬め」


「我らが主君、シグルド様を貶めた悪党共が!」


 どこからか飛んできた言葉のつぶて


 それが合図だったかのように、民衆の手から石が放たれた。


 カツン、と乾いた音がして、俺の周囲に自動展開された多重障壁が、投げつけられた石を虚空ではじき落とした。


 物理的なダメージはない。


 バナード師匠が眉をひそめ、アイリスが腰の剣に手をかけようとしたが、俺はそれを手で制止した。


 痛みはないはずだった。


 だが、俺の胸の奥には、鋭い棘で抉られるような感覚が広がっていた。


 かつて、王都を無実の罪で追放されたあの日。


 西の果て、銀鱗の港エリュシオンに辿り着くまでの長い道中、俺は何度も同じような仕打ちを受けた。


 信じていた人々に裏切られ、汚いものを見るような目で見られ、石を投げられた。


 その時の泥の匂いと、体温を奪う雨の冷たさが、今、鮮明に蘇る。


 隣を見れば、ネロが顔を青白くさせ、自分の両腕を抱きしめるようにして震えていた。


 彼の脳裏にも、消えない傷跡が疼いているのだろう。


 遠い過去。


 ネロがまだ人間ではなく、ただの魔導兵器として戦場を蹂躙していた頃。


 戦争が終わった後、敗戦の怒りと悲しみ、そして何より自分たちとは違う異物への恐怖を抱いた民衆から、彼は同じように言葉と石の暴力を受けた。


「……ネロ、大丈夫だ。 俺がついている」


 俺は少年の肩を抱き寄せ、静かに、しかし毅然と歩を進めた。


 シグルド=アイズベルク。


 王都ではあれほどの非道を尽くした男だが、この地においては、彼は慈悲深き当主として振る舞っていたらしい。


 領民たちの必死の擁護を見れば、彼がいかにこの領地を、自分の理想の箱庭として完璧に運営していたかがわかる。


 魔法によるインフラの整備、豊かな実りをもたらす術式の調整。


 おそらく彼は、ここを自分の完璧な箱庭の王国にするために、持てる知識のすべてを注ぎ込んでいたのだ。


(もし……あいつが余計な野心を捨てて、この地の運営にだけ専念していれば)


 俺は、皮肉な後悔に似た感情を抱かずにはいられなかった。


 シグルドに魔導師としての才能があったのは事実だ。


 彼がその力を正しく使い続けていれば、王都からも信頼され、いずれは歴史に名を残す名君になれただろう。


 だが、現実は違った。


 彼はその器に余る欲望を抱き、世界そのものを書き換えようとした。


 その結果、自分を信じていた領民たちを、真実を隠された盲目な盾に変えてしまったのだ。


 やがて、一行は直轄領の境界線を完全に越えた。


 そこには、王都とは全く異なる、不気味なほどに美しい偽りの楽園が広がっていた。


 すれ違う領民たちの目は、一様に冷たく、刺すような殺意を帯びている。


 彼らにとって、シグルドは光であり、俺たちはその光を奪った主君の敵に過ぎない。


 静寂。


 完璧すぎる沈黙。


 それは、これから始まる凄惨な負の遺産の清算を予感させる、最悪の歓迎式だった。

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