9-4 五人の防衛(守護の共戦)
王都を削り取る銀色の光刃が吹き荒れる中、リーフは紺碧の髪をなびかせ、その精神を極限まで研ぎ澄ませていた。
彼女は、心の海を通じてネロから得た残酷な血の掟を、念話によって仲間たちへと共有する。
『……というわけなの。 シグルドが消えれば、ネロの怒りの矛先は、次の主であるルシへと向けられる。
救い主を殺さなければ止まれない……それが、あの少年に刻まれた呪縛の正体よ』
その悲痛な報告を聞き、まず声を上げたのはアイリスだった。
『つまり、あの最低男が死んだら、次はルシが狙われるってことですの?
助けたい人を救えば救うほど、自分の首が絞まっていくなんて……そんなの、あんまりですわ』
剣を抜き、飛来する瓦礫を切り払っていたバナードも、苦々しく眉根を寄せる。
『厄介な話だ。 あの小賢しいだけの男を助ける義理など毛頭ないが、弟子の命がかかっているとなれば、見捨てるわけにもいかんか』
多重に張り巡らされた古代の障壁を支えるメギストス師父は、深く重いため息をついた。
『……やれやれ。 ルシが、あの少年の運命を書き換えるまでの一時しのぎだ。
それまでシグルドを生かしておくのは癪だが、致し方あるまい。
その後のことなど、儂は知らんぞ』
師父はそう吐き捨てると、結界の外で無様に地面を這いずり回っているシグルドに向けて、冷徹な声を投げかけた。
「シグルド! さっさとこの内側へ入れ。 一時的にだけ守ってやる。
腐れ縁とはいえ、お前はかつて儂の教えを受けた身だからな」
シグルドは一瞬、信じられないものを見るような目をしたが、直後に自尊心をかなぐり捨て、無我夢中で障壁の光の中へと転がり込んだ。
「た、助かった……! さすがは師父だ、初めからこうしていれば良かったのだ!
いいか、一刻も早くあの木偶人形を止めろ!」
命を拾った直後に放たれた恩知らずな言葉に、アイリスが剣の柄で彼の頭を軽く小突いた。
「黙ってなさい。 あんたを護るのは、ルシのため。 勘違いしないで貰いたいですわ」
◆
一方、俺の意識は、物質界の喧騒を遠く離れ、ネロの魂の深層域へと到達していた。
かつて世界樹と直接意識を繋いだ彼にとって、通常の魔導師が一生をかけても辿り着けない領域への潜行は、驚くほどスムーズだった。
だが、そこには奇妙な違和感があった。
かつの古代魔導師たちが聖域と呼び、幾重もの封印を施していたはずの情報の扉が、まるで鍵をかけ忘れた家のように、無防備に開かれ、すべての記録が剥き出しになっていたのだ。
「……罠か? いや、違うな」
俺は、流れてくる膨大な記憶の断片をかき分ける。
ネロという存在を構成する魔導の法則を読み解き、核心部へと迫る。
そこで俺が目にしたのは、先ほどリーフが現実世界で報告した通り、ネロの正当な所有者の名が、自分……『ルシ』に書き換えられているという動かぬ事実だった。
冷たい汗が、精神体であるはずの俺の背筋を伝う。
かつてネロの古い設計書を読んだ際に記されていた、禁忌の教義が脳裏をよぎる。
――この兵器は、世界を侵す全ての敵対者を滅ぼし、最後にその起動責任者を消滅させるまで、永遠に止まらぬ裁定の嵐となる。
「俺を殺すことで、ようやく『処理』が終わる……か。
とんでもない置き土産をくれたもんだな、古代の魔導師は」
俺は恐怖を理性でねじ伏せ、ネロの魔導式の根源へと手を伸ばした。
常人であれば、神域にも等しいその複雑怪奇な数式の羅列を目にしただけで精神が崩壊するだろう。
しかし、世界樹の理をその身に刻んだ今の俺にとっては、それはまるで幼子が学ぶ初歩の読本のように、単純な構造として読み解くことができた。
どこかに、この連鎖を断ち切る道があるはずだ。
復讐でもなく、自爆でもなく、少年の魂を解放しつつ、管理者である自分の命も守り抜くための、第三の道が。
「設計思想そのものを、俺の手で書き換えてやる」
俺は、ネロの中に渦巻く殺戮の術式を一本ずつ丁寧に解きほぐし始めた。
現実世界では、シグルドを護るために師匠たちが限界を迎えようとしている。
一刻の猶予もない中、俺の解析眼は、ネロの魂の最も奥深くに隠されたある不可解な領域を捉えた。
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