9-3 リーフの呼びかけ(共鳴する魂)
ルシの意識が琥珀色の光と共にネロの深い深層へと沈んでいく中、リーフは現実の世界で道標としての役割を担っていた。
彼女は、意識を失ったように横たわるルシの体を支えながら、自らの紺碧色の長い髪を、ネロから激しく噴き出す銀色の魔力へと寄り添わせる。
同じ世界樹の血を引く者として、彼女はネロの荒れ狂う心の中へ、直接語りかけるための道を通したのだ。
視界が真っ白に染まり、やがて悲痛な叫びが渦巻く心の海へとリーフの意識は溶け込んでいく。
そこは、これまでに受けた数々の虐待の記憶が、鋭い氷の破片となって吹き荒れる絶望の領域だった。
『ネロ……! お願い、もう止めて!
これ以上力を使い続けたら、あなたの命まで燃え尽きてしまうわ!』
リーフの切実な声が、嵐を突き抜けて一人の少年の元へ届く。
嵐の中心で膝を抱えていた銀髪の少年――ネロが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、外の世界で見せる冷酷な破壊兵器の面影はなく、ただ怯える子供のような涙が溜まっていた。
『……リーフ姉さん。 駄目なんだ、止まれないんだ。
今の僕の主人は、確かにあの人……ルシ兄さんなんだけど。
でも、あの男に刻まれた痛みが、僕の中の暴力を呼び覚まして、どうしても抑えられないんだ!』
『ルシが、あなたの主人……?』
リーフは驚きに目を見開く。
救いたいと願ったルシの心がネロに届いた結果、支配権はシグルドからルシへと、正しく移っていたのだ。
『そうだよ。 僕が壊れそうだった時、ルシ兄さんは僕を繋ぎ止め、救ってくれた。
だから僕は、彼を新しい主として認めたんだ。
……でも、救ってくれたからこそ、僕の鎖は彼に繋がってしまったんだよ』
『じゃあ、あなたを苦しめていたあの男――シグルドはどうなっているの!?』
『……あんなの、主人でもなければ、味方でもない。 ただ僕に苦痛を流し込んでいただけの……消すべき敵だよ。 あの男も、あの男の仲間たちも、すべて』
『シグルドの仲間……ひょっとして、宰相ヴォルガのこと?』
『そう……眠っている間、何度も聞いた。
あの男がヴォルガと結託して、僕を使って何を壊すか、反吐が出るような計画を。
だから、まず最初に消した。 僕を汚そうとした者から順番に』
リーフは現実の感覚を一時的に呼び戻し、障壁の影で狼狽しているシグルドへと、紺碧の瞳で鋭い視線を向けた。
「シグルド! ヴォルガはどうしたの! 今すぐ連絡を取りなさい!」
「何だ、人形風情が! 貴様などに答える義務はない! 知らん、放っておけ!」
「そんな強がりを言っている場合!? ネロの怒りは、ヴォルガという存在を完全に消し去るまで止まらないわよ!」
その言葉に、シグルドの顔から血の気が引いた。
彼は震える手で何度も魔法具を操作するが、返ってくるのは虚しい沈黙だけだ。
「なっ……馬鹿な。 王宮地下からの魔力反応が、完全に消えている。
……まさか、ネロの攻撃で、建物ごと消滅したというのか……!?」
『……だそうよ、ネロ。 あなたの狙い通り、もうヴォルガはこの世界のどこにもいないわ』
リーフが再び心の海で語りかけると、ネロは悲しげに首を振った。
『なら、残りは……目の前にいる、あの男だけだね』
『あの男を消したあと、それで止まってくれるの?』
『……いや。 そのあと、主のルシ兄さんも消さないと、僕の動きは止まらない。
……そういう呪いが、かけられているんだ』
『なっ……!? ルシはあなたを救ったのよ!? どうしてそんな残酷なことが……!』
『主人とは、僕を呼び覚まし、この戦いを続けさせる責任者のことだ。
シグルドが消えれば、僕の怒りの矛先は、次の主人であるルシ兄さんに向かってしまう。
僕にとって、目覚めることは苦しみでしかない。
……だから、目覚めさせてくれた彼を、僕は殺さなきゃいけないんだ!』
ネロの声は、激しい嗚咽となって響いた。
救い主を殺さなければ止まれない。
それが、狂った者たちがネロの最深部に書き込んだ、逃れられぬ血の掟だった。
「そんな……そんなこと、絶対にさせない!」
現実の世界で、リーフは膝の上で動かないルシの体を、折れんばかりの力で強く抱きしめた。
ルシが命懸けで救おうとしている少年は、その優しさゆえに、救い主を道連れにして滅びようとしている。
「待ってて、ルシ。 私が……私があなたの運命を、この悲しい呪いから切り離してみせるから!」
リーフの瞳に、世界樹の守護者としての、そして姉としての強い決意が宿った。
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