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8-9 起動完了:神話のリビルド・イグゼキュション

 王都の空に、絶望を象徴する巨大な魔導スクリーンが展開された。


 そこに映し出されたシグルドのかおは、もはや人間としての輪郭を失い、どす黒い野心に焼き切れた亡者のそれであった。


 彼の背後では、自己崩壊の黒煙を上げるネロが、王都の存在定義を食い破る負の特異点として拍動している。


「――間に合わなかったな、ルシ!

 見ろ、古の最高傑作が、今、貴様らの愛する王都を内側から食い破ったぞ!」


 シグルドの歪んだ笑い声が、増幅魔法に乗って街中に響き渡る。


「もはや貴様でも止められまい。

 この物理法則を超越した、本物の『化け物』相手にな!

 いや……世界樹に脳を焼かれた貴様もまた、同類の化け物か。

 ならば同じ化け物同士、地獄の底で終わりのない鎮魂歌レクイエムを歌い続けるが良い!」


「……寝言は、バックアップを取ってから抜かせ」


 俺の冷徹な一喝。


 それが反撃の合図だった。


「――ふんッ!」


 刹那、空間を切り裂く重低音の衝撃波がシグルドの側頭部を襲った。


 王宮の石畳を砕き、超高速で跳躍したのは、バナード師匠だ。


 闘気を物理的な破壊力へと変換する彼の一撃は、音速を超えてシグルドの防壁を叩き折る。


「ちぃ……ッ!」


 シグルドは咄嗟に多重障壁を展開したが、世界樹のノイズに汚染された不完全なコードでは、一分の隙もない武人の一閃を防ぎきることはできない。


 ガラスが砕けるような音と共に、シグルドの身体が時計塔の壁面へと叩きつけられた。


「お返しだ、老いぼれが!」


 逆上したシグルドが、ネロの躯体から漏れ出す暴力的な崩壊魔導波を、指向性を持たせてバナードへ放つ。


 触れるものすべてを分子レベルで分解する死の奔流。


 だが、その光が届く直前、虚空に幾何学的な紋様が描かれた。


「若造が。 ことわりを忘れた魔導など、ただの騒音に過ぎぬわ」


 メギストス師父だ。


 彼が展開した古代魔術の絶絶障壁が、暴力的な魔導波を無害な光の粒子へと中和していく。


 武の極致と魔の真理――二人の師匠による、呼吸すら不要な絶妙のコンビネーション。


 さらに、シグルドの足下から漆黒の影が這い上がり、その四肢を鋼鉄の鎖のごとく拘束した。


「……逃がさないわよ、欠陥魔導師」


 アイリスが、特務部隊にのみ配給される禁忌の魔道具影縛の魔櫃シャドウ・バインドを開放していた。


 影魔法を物理的な質量として固定するその拘束力は、並の魔導師なら一生を費やしても脱出不可能な代物だ。


 だが、シグルドは獣のような咆哮を上げ、ネロから抽出した過剰な魔導波を自身の神経系にバイパスした。


 強引に捻じ曲げられた空間が影の拘束を弾き飛ばし、暗黒の鎖が霧散する。


 そのとき、シグルドはようやく最も警戒すべき二人の姿が眼前にないことに気づいた。


「……ルシとあのお仕着せの人形はどこだ! 臆して逃げ出したか、腰抜けめ!」


「――こっちよ、欠陥魔導師。 ……いいえ、存在そのものが『欠陥品』の亡霊さん」


 冷ややかな声が、シグルドの真後ろから響いた。


 いつの間にか背後に転送されていたリーフが、琥珀色の瞳を冷徹に輝かせ、シグルドを見下ろしていた。


「何だと……人形の分際で、私を愚弄するか!」


 シグルドの注意がリーフへと完全に逸れた、その数ミリ秒の隙。


 上空数百メートル。


 世界樹のコアと直結し、王都全域の魔導ネットワークを掌握したルシが、ネロへ向けて究極のパッチを投下した。


「――『止まれ』。 これ以上、勝手な書き換え(オーバーライト)は許さない」


 ルシが放ったのは、単なる封印術ではない。


 ネロの設計思想の深層に眠る自壊プログラムの進行を物理的に遮断し、崩壊した数式を正常な状態へと強制回帰させる、管理権限のみが行使できる緊急停止コード。


 瞬間、王都を震わせていた衝撃波がピタリと収まった。


 ネロの全身から噴き出していた黒煙が消え、静寂が訪れる。


 そして――沈黙した時計塔の頂上で、トクン、と、巨大な鼓動の音が響き渡った。


「がぁぁぁぁ、あぁぁぁ……ッ!!」


 言葉にならない叫び。


 それは苦悶ではなく、長い眠りから無理やり引き起こされた産声に近いものだった。


 シグルドは、ギョッとした表情で掴んでいたネロの手を放した。


 同時に、ネロの頭部に食い込んでいた隷属の冠が、内側から膨れ上がった魔力密度に耐えきれず、粉々に粉砕される。


 周囲の空気が一変した。


 王都中に飛散し、火の手を上げていた魔導力が、磁石に吸い寄せられる砂鉄のようにネロへと集束していく。


 崩壊していた漆黒の躯体が、王都全域のエネルギーを吸収しながら、超高速で修復されていくのだ。


「……っ、しまった」


 俺は空中を浮遊しながら、思わず舌打ちをした。


 ネロを救うために投下した術式が、皮肉にも真の管理者である俺の純粋な魔導力をネロに供給してしまった。


 それが起爆剤となり、ネロというシステムが完全な覚醒ブートアップを迎えてしまったのだ。


 それを見たシグルドが、狂ったように笑い出す。


「ふ、フハハハハハ! 化け物が、さらなる化け物を呼び覚ましたか!

 素晴らしい、これぞ私の望んだ終末だ! これで王都は終わりだ。 私の……我々の勝利だ!」


 だが、その狂人の咆哮も、今のルシとリーフの耳には届いていなかった。


 二人の意識は、物理世界を超えた深層で繋がっていた。


 世界樹の核の中で、孤独な少年ネロと交わした、あの約束。


「もしも、また壊れそうになったら」


 その時が、今、来たのだ。


 俺は緋色の瞳で、覚醒していくネロを見据えた。


「……リビルドを開始する。 ネロ、もう誰にも、君をガラクタなんて呼ばせない」


 王都の魔力を吸い上げ、漆黒の光を放つ少年兵器。


 その中心で、二人の対峙は、真の決着へと加速していく。

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