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8-8 王都の激震:終焉の再起動

 飛空艇が王都の防空圏内へと滑り込んだその瞬間、世界の色彩が反転した。


 前方の地平、王宮を中心に広がる空が、真昼の太陽すら霞ませるほどの白光に飲み込まれる。


 コンマ数秒の静寂。


 直後、鼓膜を直接蹂躙するような、空間そのものが軋む轟音が響き渡り、巨大な魔力の衝撃波が船体を木の葉のように揺さぶった。


「――何事だ! 観測魔法アクティブ・ソナーを最大展開! 減衰障壁を全層出力しろ!」


 俺の叫びに応じる間もなく、眼下に広がる王都の惨状が露わになった。


 かつて白亜の美しさを誇った街並みは、随所で立ち上る赤黒い火の手と、制御を失った高圧魔力が大気を焼く紫電によって無残に踏みにじられていた。


 それは単なる火災ではない。


 まるで天から不可視の巨大な杭を打ち込まれたかのように、防衛の要所が建物ごと、あるいは地盤ごと削り取られ、虚無の穴が穿たれている。


「……空間消滅術式? いや、もっと質が悪い。 魔力飽和による崩壊だ」


 俺は奥歯を噛み締め、リーフに指示を飛ばした。


「リーフ、滑走路へ強引にねじ込むぞ! 着陸許可なんて待ってられない!」


「了解。 魔導機関、緊急制動モード! ――墜ちるわよ、しっかり掴まって!」


 悲鳴を上げる機体を軍用滑走路へと叩きつけるように着陸させ、完全に静止する前にタラップを駆け降りた。


 焦げた油とオゾンの臭いが鼻を突く中、俺とリーフの前に一人の男が血相を変えて現れた。


「ゼノス団長……!」


 宮廷魔導師団の長、ゼノス。


 重厚な儀礼用ローブは土埃と返り血で汚れ、その手は必死に広域防衛結界を維持するための魔力投射で震えていた。


「ゼノス団長! これは一体どうした事ですか! 王都の防衛壁はどうなったんです!」


「ルシ副団長か! 貴公、よく戻ってくれた! ……シグルドだ。 奴が襲来したのだ!

 崩れ落ちそうな漆黒の人形を抱え、最深部の禁忌保管庫へ転移したと思ったら、次の瞬間にはこの有様だ!

 正直、俺も何が起きているのか実態を把握しきれておらん!

 既存の魔導理論が通用しないのだ!」


 王宮の魔導騎士団すら後手に回る未曾有の事態。


 ゼノスの悲痛な叫びを受け、俺は鋭い視線を炎上する王都の深部へと向けた。


「……ルシ副団長。

 君の解析眼スキャンなら、この混濁した魔力の嵐の向こう側、敵の『正体』を捕捉できるか?」


「やってみます。 リーフ、感覚の同期シンクロを。 俺の脳をサブとして使ってくれ!」


 リーフが俺の背後に立ち、その温かな手が肩に触れる。


 リーフの紺碧色の瞳が、高度な演算モードを示す琥珀色へと染まっていく。


 対する俺の瞳もまた、深い琥珀色の光を放っていた。


 かつての俺は、どこにでもいる碧色の瞳を持っていた。


 だが、リーフを救うために世界樹とダイレクト・リンク(神経直結)を果たしたあの日から、その色は二度と戻らなくなった。


 それは俺が、単なる人間というハードウェアの限界を超え、世界樹ユグドラシルの半端末から、よりリーフたちに近い高次存在へと昇華された証。


 もはや、俺の視界は肉のまなこではなく、世界の在りよう(コード)を直接読み解くためのインターフェースと化していた。


 ◆


 二人の視界が重なり、王都全域の魔力流動がグリッド状に視覚化される。


 数多の小規模な爆発、悲鳴を上げる大気、そして――街の中心部、天を突く王宮時計塔の頂上で、異様な魔力密度を放つ特異点を捉えた。


「いた……! あれは……ネロか?」


 解析眼の倍率を物理限界まで引き上げる。


 そこには、半壊した身体を虚空に浮かせ、糸の切れた人形のように力なく垂れ下がるネロの姿があった。


 自己崩壊の黒煙を全身から噴き出し、本来なら起動どころか、形を保つことすら不可能なはずのその躯体。


 だが、ネロの頭部には、あまりにも禍々しい、茨の冠を模した銀色の輪が、その頭蓋ごと食い込むように装着されていた。


 その装備品の識別タグを読み取った瞬間、俺の全身の血が逆流した。


「――隷属のサブジュゲーション・クラウンだと……ッ!?」


 それは王室宝物庫の最深部に、人類の敵として封印されていた呪具。


 対象の自由意志を完全に焼き切り、肉体と魂を強制的な魔力変換機へと変造する、歴史上最も忌むべき禁忌の品だ。


 シグルドの奴、ネロを救うどころか、自己崩壊を始めた彼を動く魔力炉として再定義し、その消えゆく命を極限まで絞り出すための拷問用インターフェースを取り付けたのか。


「シグルドの野郎……!

 無理やりネロを叩き起こしただけじゃなく、あの子の最後を……こんな形で辱めるのか!」


 ネロの頭上の輪が拍動するように発光するたび、少年の口からは声にならない悲鳴ノイズが漏れ出し、周囲の建物が一つ、また一つと空間ごと存在を消去デリートされていく。


 ネロの自己崩壊という凄まじい破壊エネルギーを、隷属の冠という指向性アンテナで無理やり一点に集束させて放つ――シグルドは、ネロをただの自爆兵器として使い潰し、王都そのものを生贄に捧げようとしていた。


「……許さない。 絶対に、許さないわ」


 リーフの低い、地を這うような声。


 俺とリーフの瞳が、同期した怒りによって琥珀色を塗りつぶし、燃え盛るような、どす黒い緋色へと変色した。


「全システム、戦闘モードへ移行オーバークロック

 リーフ、安全リミッターを外せ。

 シグルド……あんたという欠陥魔導師を、今この瞬間をもって、世界の履歴から消去してやる」


 俺の周囲に展開された重層魔法陣が、怒りの熱量を受けて緋色の放電を始める。


 もはや、対話も説得も不要だ。


 世界樹のコアで誓った再構築リビルドを、この王都の空で成し遂げるため。


 俺は緋色の瞳を爛々と輝かせ、狂った魔導師が待つ時計塔へと、弾丸のように地を蹴った。

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