8-7 再構築(リビルド)の福音:不変なる魔術式(オートノマス・コード)
雲海を切り裂き、最大戦速で王都へと急行する飛空艇。
吹き荒れる魔力混じりの暴風を受けながら、操縦席のリーフは精緻な魔導制御を続けていたが、やがて航路が安定すると、彼女はコンソールの一部を叩いて自動航行へと切り替えた。
魔導機関の駆動音が一定のリズムに落ち着き、操縦室に束の間の静寂が訪れる。
手持ち無沙汰になったリーフが、背後に立つルシへと椅子を回転させた。
「……ルシ。 あなたの頭(演算回路)から、刺すような熱が引いていくのがわかるわ。
落ち着いたのね」
リーフの穏やかな声に、ルシは深く息を吐き出し、乱れた魔導回路を整えた。
その双眸からは緋色の怒りが消え、深い知性を湛えた琥珀色へと戻っていた。
「ああ、リーフ。 ……すまない、少し頭を冷やした。
俺がやるべきは、怒りに任せた停止じゃない。
あの日、王都で誓った『約束』を、本当の意味で果たすことだ」
ルシの脳裏に浮かぶのは、かつて王都で副団長に任命された際、国王との謁見で自ら提示した三つの要求の一つ。
『世界樹ユグドラシルの管理機構を刷新し、特定の管理者が長期不在であっても自立稼働が可能な、不変の魔術式への見直し――』
あの時は効率化のための提案に過ぎなかった。
しかし今、ネロという悲劇のプロトタイプに触れ、古代の魔導師たちがセキュリティに込めた真意を知ったことで、その要求はルシの中で確固たる使命へと昇華されていた。
◆
「リーフ、聞いてくれ。
俺は世界樹の『ガバナンス(統治構造)』を根本から作り替えようと思っている。
二度とシグルドのような『不正アクセス』を許さないために」
ルシは傍らの仮想ディスプレイを展開し、世界樹の設計図を投影した。
これまでの世界樹の歴史は、管理の怠慢の歴史でもあった。
太古の先達たちが築いた堅牢なセキュリティ魔導式を、後世の魔導師たちは「不便だから」「理解できないから」という理由で、次々と無効化し、消去してきたのだ。
「今の世界樹は、鍵の開いた宝物庫も同然だ。
……だから、俺は『核』レベルの深層域に、消去不能なセキュリティ回路を直接組み込む(ハードコーディングする)」
その着想は、魔導師としての究極の縛りだった。
世界樹の基幹システムそのものにセキュリティを密結合させ、もしそのセキュリティ術式を強引に剥がそうとすれば、世界樹ユグドラシル自体が全機能を停止し、枯死するように設計する。
「これなら、誰も安易に手出しはできない。
世界樹を止めることは、この世界の終わりを意味するからな。
……そして、リーフ。
君やネロの存在を、このシステムの最上位権限として定義し直すんだ。
君たちはもう、誰かに利用される部品じゃない。
システムを守護し、自立して歩む、独立した管理者になる」
「……私が、管理者? あなたと一緒に、この世界を見守る存在に……」
リーフの瞳が驚きに揺れる。
それは、ただ守られるだけの失敗作から、自らの意志で世界を支える完成形へと定義が書き換わる、魂のアップデートだった。
◆
俺の構想は、リーフとの対話によってさらに加速していく。
核の補助魔導式には、自己修復機能を伴うセキュリティプログラムを。
そして、最も重要なのは権限の隔離だ。
「これからの魔導師――調律士たちは、世界樹の本流には触れさせない。
仮想化された『ゲスト・レイヤー』の上でしか術式を組めないようにする。
彼らがどれほどデタラメなコードを書こうと、それは仮想領域の中だけで完結し、本物の世界樹……君たちを傷つけることはない」
それは、魔導師たちの傲慢さを封じ込め、同時に世界樹を一部の権力者の手から解放することを意味していた。
これならば、シグルドがネロに対して行ったような強引な書き換えも、物理的な暴行による強制起動も、システムレベルで無効化できる。
「……これなら、君との誓約も、ネロへの約束も、すべて果たせるはずだ。
俺たちは、もう二度と使い捨ての道具になんてならない」
ルシは、最後にネロの自己崩壊コードを打ち消すためのアンチ・カース(解呪)の数式を編み上げた。
王都までは、あと数時間。
オートパイロットの静かな駆動音を背に、ルシは自らの内にある仕様書を完璧に仕上げていく。
「待ってろ、シグルド。 ……あんたが壊した世界を、俺とリーフで『完全な形』へと再構築してやる」
琥珀色の瞳に宿るのは、冷徹な理性を超えた、未来を拓くための静かなる熱。
一人の魔導師と、その魂の伴侶たるリーフが、神話の再定義に挑む準備は、今、ここに整った。
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