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8-5 師弟の憤り:瓦解した矜持と、亡者の残響

 焼き切れた制御パネルから、俺がサルベージした残存ログ(実行履歴)。


 解析眼スキャンが空中に投影したのは、かつて天才の名をほしいままにした魔導師、シグルド=アイズベルクの成れの果てを映し出す、残酷なまでの真実だった。


 最初は、まだ魔導師としての理性が辛うじて踏みとどまっていた。


 記録映像の中のシグルドは、古代語の辞書を傍らに積み上げ、ネロが眠る水晶の棺の傍らで、起動マニュアルの解析に心血を注いでいた。


 数式を構築し、論理の糸を解き、神話時代のエンジニアが残した正解へ辿り着こうとする、若き日の彼を彷彿とさせる真摯な姿。


 だが、その理性はあまりにも脆かった。


 解析が壁に突き当たり、思うような進捗が得られなくなった瞬間、彼の内面で何かがパチンと弾けた。


「――読めん! なぜこれほどまでに、私の論理を拒絶するッ!」


 咆哮と共に、シグルドはネロの起動マニュアルを窓の外、猛吹雪が荒れ狂う雪原へと投げ捨てた。


 魔導師にとって、マニュアルを捨てることは理を捨てることと同義である。


 しかし、直後に彼は己の短慮に絶望し、半狂乱になって雪原を這いずり回り、捨てたはずのマニュアルを涙ながらに探し求めた。


 だが、無情にも雪嶺はその救済を飲み込み、二度と彼の元へは返さなかった。


 そこからの彼は、もはや魔導師ですらなかった。


 マニュアルという地図を失った彼は、己の肉体を装置のソケットへ無理やりねじ込み、生体電流を直接流し込んでシステムを強引にバイパスしようと試みる。


 それが失敗に終わると、今度は魔法の杖を捨て、物理的な破壊を試みるかのように水晶の棺を素手で殴りつけた。


 やがて、偶然にも入力パネルの起動に成功した彼は、論理的な裏付けの一切ない、当て推量の文字列をデタラメに打ち込み始めた。


「当たれ……当たれッ! 私こそが、新世界の主となるべき男なのだぞ!」


 三回入力ミスを犯すたびに発生する、一時間のロックアウト(待機時間)に対し、彼は血の滲む爪を噛み、呪詛を吐き散らす。


 その眼差しの混濁は、真理を探求する者のそれではなく、全財産をスロットに注ぎ込み、一発逆転の奇跡を待つだけのギャンブル中毒者ギャンブラーのそれであった。


 ◆


 俺は、その無様なログを凝視しながら、五歳の頃の記憶を呼び覚ましていた。


 修行時代、自身の数倍の体躯を持つシグルドが、汗を流しながら詠唱破棄によるアイスランスの習得に励んでいた背中。


 傲慢ではあったが、当時の彼は間違いなく、魔導という学問に対して誠実であった。


「……いつからだ。 いつからあんたは、これほどまでに無様で、無能な存在に成り下がったんだ……シグルド」


 俺は自嘲気味に呟いた。


 己の肉体をシステムに直結させる行為そのものを、俺は責めるつもりはなかった。


 自分自身もリーフを守るため、あるいは世界樹の暴走を止めるためにダイレクト・リンクという禁忌に手を染めた自覚があるからだ。


 しかし、その後のプロセスが、俺の魔導師としての魂を激しく拒絶した。


 マニュアルの解読という、基礎中の基礎を投げ出したこと。


 論理を放棄し、物理的な暴力に訴えたこと。


 そして何より、魔法という名の秩序を、確率という名の混沌に売り渡したこと。


 その浅ましさは、もはや魔導師という種への裏切りに他ならなかった。


「……見るに耐えんな」


 重く、地を這うような声が響いた。


 バナード師匠の手が、愛剣の柄を握り締め、血管が浮き出るほどに力を込めている。


「俺はあいつを直接は知らんが……同じ道を歩む者として言わせてもらえば、あれはもう死人と同じだ。

 己の足で立つことをやめ、奇跡という名の毒に縋らなければ一歩も進めぬ亡者。

 ……吐き気がするぜ」


 メギストス師父もまた、いつにない沈黙の中に、極寒の吹雪よりも冷徹な怒りを湛えていた。


 かつて一番弟子として目をかけ、その才能を誇りに思っていた時期があったからこそ、目の前の映像は耐え難い屈辱であった。


「……魔導師とは、世界のことわりを理解し、それを正しく運用する者の呼称じゃ。

 シグルド。

 お主がやっていることは、もはや魔導ではない。ただの『窃盗』と『強奪』、そして己の無能を棚に上げた『神頼み』に過ぎぬ」


 師父の杖が、石床を激しく叩いた。


「ルシ、リーフ殿。 ……もうよい。

 このログから得られる情報は、奴が完全に正気を失い、最悪の手段に打って出たという事実だけで十分じゃ。

 これ以上、あの醜態を晒させるのは、魔導の歴史に対する冒涜じゃ」


 アイリスもまた、かつての同僚がこれほどまでに崩壊していた事実に、哀れみを超えた憤りを抱いていた。


「……行きましょう。

 あんな狂気の塊、私たちが、正さなくては、ならないことよ」


 俺の琥珀色の瞳は、静かに、しかし確実に、怒りの演算によって温度を上げていた。


 シグルドへの個人的な感情は、すでに消えた。


 今ここにあるのは、魔導を汚し、世界樹の仕様を歪め、そしてリーフやネロという尊い命を部品扱いした欠陥品に対する、魔導師としての絶対的な拒絶反応であった。

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