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8-3 零号機:N:欠落の設計図と、鏡合わせの真実

 神殿の心臓部、情報の激流が壁を伝う不気味な振動として伝わる実行階層を、一行は一歩ずつ丹念に調査していった。


 無機質な石造りの回廊に、時折シグルドの荒い吐息が残したかのような血の跡が点在する。


 その奥、かつての管理者たちが仕様書ドキュメントを管理していたと思われる小部屋で、俺は一冊の金属製の装丁を施された書物――『プロジェクトN:零号機・詳細設計書』を手に取った。


 解析眼スキャンを走らせ、綴られた古代文字を脳内の演算領域へ展開する。


 そこには、ネロという少年兵器がいかにして非人道的な最適化を施されたかが、冷徹な論理で記されていた。


『――究極の自律型魔術式としての完成。

 その最大の障害は、個体差による「感情」という不安定な変数の発生である。

 零号機:Nにおいては、この不完全な要素を徹底的に排除するため、肉体に直接、上位権限の強制介入を可能とする「刻印魔法」を定着させる。

 刻印の核は心臓の直上、皮膚表面に回路として定着。

 これにより、対象の自由意志は恒久的にロック(施錠)される――』


 読み進めるほどに、俺の周囲の魔力が低音を響かせて震え始めた。


 俺は琥珀色の瞳を曇らせ、静かに、しかし断固とした口調で断じた。


「……シグルド。 あんたは、この設計図のこの部分だけを読んで『感情を殺すのが正解だ』と結論づけたようだが。

 ……俺の結論は違う。

 この零号機の仕様は、古代のエンジニアたちが犯した『最初の過ち』の記録だ」


 俺は設計図の余白に記された、古代語の微細な注釈――シグルドが読み飛ばし、あるいは無視したであろう警告を指差した。


「感情をノイズとして排した結果、出力は安定したが、システムは制御不能な自壊クラッシュを始めた。

 だからこそ、恐らく後継である『一号リーフ』には、あえて不安定な感情が実装されたんだ。


 それはバグなんかじゃない。


 システムが不測の事態に適応し、永続するために必要不可欠な『最高のアップデート』だったんだよ」


 俺は一度言葉を切り、傍らに立つリーフをまっすぐに見つめた。


「リーフが愛おしい存在なのは、彼女が失敗作……感情というノイズがあるからじゃない。

 喜びも、悲しみも、迷いもすべて処理した上で、隣に立ってくれる彼女こそが、古代の魔導師たちがネロの悲劇を経てようやく辿り着いた『真の完成形マスター・アップ』だったからだ」


 あまりにも率直で、一点の迷いもない肯定。


 かつて論理ロジックこそがすべてだと言い切っていた朴念仁の口から出た言葉に、リーフは一瞬だけ呆気に取られたように目を見開いた。


 やがて、彼女は頬を朱に染め、困ったような、しかし至福に満ちた微笑みを浮かべる。


「……もう。 いつの間にか『朴念仁』から『ジゴロ』にでもジョブチェンジしたの? ルシ」


「いや。

 ……ただの素直な解析結果かんそうなんだが。 迷惑だったか?」


「いいえ、嬉しいわよ。 ……やっと、あなたも年相応の『人間』らしくなってきたわね。 そのアップデートは、大歓迎よ」


 リーフの紺碧色の髪が、俺の熱にあてられたかのように淡く輝く。


 俺はネロの設計図を空間収納魔法ストレージへと格納した。


 そこには、ネロの弱点や起動シークエンスだけでなく、彼を呪いから解き放つための、刻印魔法が刻まれた箇所が記されている。


「……絶対に、ネロを救おう。


 あの心臓の刻印を、俺の演算で上書き(オーバーライド)してやる。


 古代の魔導師たちが諦めた『救済』を、俺たちが引き継ぐんだ」


 俺の言葉に、リーフも強く頷き、その手を重ねた。


「ええ、その時は私も手伝うわ。

 あの子に、世界はこんなに温かいんだって、二人で教えてあげましょう」


 魂の同期リンクは、もはや戦闘の効率化だけではない。


 二人の意志が一つの目的へと収束し、神殿の冷たい大気を変質させていく。


 バナード師匠とアイリスが、二人の成長を眩しそうに見守り、メギストス師父が静かに杖を突いた。


「……情が理を凌駕する瞬間か。 よかろう、次なる扉を開くぞ。

 狂気の『アーカイブ』も、いよいよ大詰めじゃ」


 一行は、ネロという哀しき兵器を救済するための鍵を握りしめ、シグルドの最期の足掻きが待つ、次なる実験階層へと足を踏み出した。

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