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7-8 運命のデリバリー:王都の異変と、白銀の喜劇

 北の峻険な尾根を穿つ洞窟の入り口で、アイリスの懐にある魔導通信石が、耳を刺すような緊急アラート(警告音)を奏でた。


 それは王都に潜伏する騎士団特務部隊からの、暗号化された定期定時報告――そして、抜き差しならぬ現状の相談であった。


「……こちらアイリスですの。 状況報告をお願いしますの」


 通信石から漏れ聞こえる声は、極度の緊張に支配されていた。


 現在、王都は戦時中体制ウォー・モードへの完全移行に伴い、全市民の行動が世界樹の監視下に置かれ、特務部隊といえども自由な隠密行動が不可能に近い状態にあるという。


 宮廷魔導師団長ゼノス・ヴァン・ブライトは、荒れ狂う世界樹の出力を制御し、王都の崩壊を防ぐべく、心血を注いで調律チューニングにあたっている。


 だが、その背後で、看過できぬ異変が進行していた。


『……宰相ヴォルガの側近、および保守派貴族の数名が、忽然と姿を消した。

 公式には避難とされているが、その行先は一切不明だ』


 アイリスは眉をひそめ、こちらの状況を簡潔に打ち返した。


 吹雪による足止め、世界樹の端末であるリーフの二度にわたる昏倒、そして精神世界で接触した禁忌兵装「ネロ」の真実……。


 情報の共有を終え、互いの武運を祈りつつ通信を断つと、アイリスは全員に向き直った。


「姿を消した貴族たち……。 十中八九、ヴォルガの手駒ですわね。

 王都が戦火に包まれる前に、安全な『特等席』へ移動したと見るべきですわ」


 メギストス師父が深く頷く。


 特務部隊による身辺調査の結果を待つしかないが、敵の包囲網は着実に狭まりつつあった。


 ◆


 再び雪山へと踏み出した一行が、標高を稼ぎ始めたその時だった。


 前方の斜面から、大気を震わせる「ゴゴゴゴゴ……」という地響きが轟いた。


「――雪崩だ! 全員、回避アボイド!」


 俺が叫ぶと同時に、メギストス師父と俺の二人がかりで、全員の重力を遮断する広域浮遊魔法レビテーションを展開。


 足下を猛烈な勢いで通過していく白銀の死神。


 凄まじい風圧と雪煙が収まり、再び地面へと降り立った俺たちの目に、あまりにも場違いなそれが飛び込んできた。


 半ば雪に埋もれ、場違いなほど荘厳な装丁を施された、一冊の古い魔導書。


 俺とメギストス師父は、その表紙に刻まれた古代文字を一目見るなり、顔を見合わせた。


「……ふっ、ふふふ……」


 まず、メギストス師父が、耐えきれないといった様子で肩を震わせ始めた。


「あはは……! くくっ、ひどい……これはひどいな」


 続いて俺も、あまりの皮肉な再会に、膝を折って笑い崩れた。


 リーフまでもが、その表紙の内容を読み取り、お腹を抱えて笑いを堪え、顔を真っ赤にしている。


 その様子を、事情を知らぬバナード師匠とアイリスが、ポカンとした顔で眺めていた。


「おい、小僧ども。 俺たちを置いてけぼりにするな。 何なのだ、そのボロい本は?」


 リーフが、涙目になりながら俺を突いた。


「ルシ、言ってやって……! 私、もう笑いすぎて声が出ないわ」


 俺は必死に笑いの発作を抑え込み、雪まみれの魔導書を指差した。


「……これ、シグルドが死ぬ気で探しているはずの、『ネロの起動マニュアル』ですよ」


「――何だと!?」「なんで、そんな戦略物資がこんなところに落ちているのですの!?」


   二人の驚愕の叫びが、静まり返った雪原に響き渡る。


「多分、あの不出来な兄弟子は、古代魔法をただの古典レガシーだと言い切って、解析を放棄した挙句、投げ捨てたんでしょう。

 それが雪崩に乗って、わざわざ俺たちの足元までデリバリーされてきた……というわけです」


 俺は空を見上げ、狂気の中で雪を掘り返しているであろうシグルドの姿を幻視した。


「今頃、起動しないネロを前に癇癪を起しているか、捨てたマニュアルを泣きながら探しているか……。

 どちらにせよ、救いようのない喜劇ですね」


 ――その推測は、図らずも的中していた。


 運命という名の人格デウス・エクス・マキナは、時に残酷なまでに、無能な者から資格を剥奪し、備えある者に鍵を託す。


 俺たちはその鍵を拾い上げ、嘲笑と共に、最後の舞台へと歩みを進めた。

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