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7-3 解析眼の限界:魂の相似と、暴走する充填(チャージ)

 洞窟の冷気の中、ルシの琥珀色の瞳は、現実の風景を透過し情報の深淵へとダイブしていた。


 世界樹の基幹システムをバイパスし、リーフの意識、そして彼女が接触している未知の存在――『ネロ』の構造を、解析眼スキャンで網羅していく。


(……これは、どういうことだ?)


 俺の視界に展開されたネロの魂の術式。


 それは驚くほどに純粋で、どこにも破壊や殺戮を命じるような汚濁した記述コードが見当たらない。


 それどころか、その魔術的波形は、傍らに立つリーフと極めて高い相似性を示していた。


(魂に、致命的な欠陥はない。 ならば、考えられる要因は一つ……肉体側だ)


 器となる肉体に、魂の意思を無視して特定の行動を強制する呪詛の回路が刻み込まれているとすれば、ネロが語った『自分の意思に反して殺戮を繰り返す』という矛盾に説明がつく。


 魂は泣きながら、肉体という器が振るう剣を止めることができないのだ。


 問題は、精神世界からでは肉体に干渉できないことだ。


 いかにして、現実世界のネロの肉体に接触し、その強制介入回路を切り離すか。


 俺の思考は、かつてない演算速度で解を求めて火花を散らした。


 ◆


 精神の海。


 リーフは、いまだ膝を抱えて泣き続ける少年に、手を伸ばせずにいた。


 彼の銀色の髪、震える肩、そして絶望に染まった瞳。


 その姿が、かつて自分が出会った五歳の頃のルシと痛々しいほどに重なる。


 あの時のルシも、誰にも見せぬ心の内側で、独り血を流して泣いていた。


 世界から隔絶され、世界樹の部品として扱われる恐怖に耐えていた。


 そんな彼を放っておけず、世界の理を曲げてでも寄り添いたいと願ったこと――それが、今のリーフを形作る根源的な衝動だった。


 世界樹のユグドラシルは、そんな二人を冷徹な、しかしどこか揺らぎを含んだ眼差しで見つめていた。


 このまま二人を自身のシステムの一部として恒久的に取り込み、個を消滅させて安定を図るべきか。


 ユグドラシルの判定論理は、未知の変数(リーフの感情)を前にして、激しい逡巡を繰り返していた。


 ◆


 その頃、山頂の遺跡。


 シグルドは、もはや紙クズとなったマニュアルを雪の上へ投げ捨てていた。


「ええい、知るか! 古代の理屈などどうでもいい。

 結局のところ、魔法など魔力量リソースの多寡で決まるのだ!」


 彼は、解析という知的作業を放棄した。


 代わりに取り出したのは、世界樹の根で作ったもう一つの義腕という名の強力なバイパス・デバイスだ。


 彼はその義腕と王都にある左腕を媒介にし、世界樹ユグドラシルから直接、莫大な魔導力を抽出。


 それをそのまま、ネロが眠る水晶の棺へと流し込み始めた。


 本来なら世界樹が即座に警告アラートを発する異常事態だ。


 しかし、皮肉にも王都が強行した戦時設定ウォー・モードは、大規模な魔力移動を『正当な軍事利用』と誤認し、沈黙を保っていた。


 ◆


 精神世界に、激震が走る。


 リーフは、天から降り注ぐような、おぞましい魔力の奔流を感じ取った。


 現実世界から転送されてくる、暴力的なまでのエネルギー。


 それがネロの肉体に注ぎ込まれ、眠れる破壊のプログラムを無理やり叩き起こそうとしている。


「だめ……。 このままじゃ、この子が……!」


 ルシの元へ戻り、現実のシグルドを止めなければならない。


 だが、今この手を離せば、目の前の少年は再び殺戮の機械としての暗い海に沈んでしまう。


 リーフが迷いを見せた瞬間、世界樹の核が冷酷な信号シグナルを発した。


『――緊急保護。

 個体名:リーフを、汚染領域から強制切断ディスコネクトする』


 膨れ上がる魔力の圧力からリーフを守るため、ユグドラシルは彼女とネロの接触を強制的に断ち切り、彼女の意識をシステム深層へと隔離し始めた。


 ◆


 現実世界、洞窟。


 俺の解析眼が、リーフの存在意義アイデンティティが急速に希薄化していくのを捉えた。


「リーフ……!? 待て、まだ切断するな!」


 打つ手はないのか。


 俺の視界の中で、リーフという個を特定するプロファイルが霧のように拡散し、世界樹の巨大なログの中に埋もれていく。


 彼女が個を失い、完全にシステムの一部パーツに成り果ててしまうまで、残された時間はわずかだった。


 ◆


 一方、王都のテラス。


 月明かりが、ある男の横顔を冷ややかに照らし出していた。


 世界樹から北の山脈へと流れる、壮大な魔力のラインを見つめ、彼は満足げにほくそ笑む。


「ついに始まったか。

 ……これで、この醜い世界の『浄化』が完遂される。

 最後に新世界の玉座に立つのは、この私、ヴォルガ=ド=グラディウスだ」


 その男の正体は、王国の政を司る宰相だった。


 暗愚な王の傍らで、無害な羊を演じながら実権を掌握してきた男。


 彼はシグルドを、全権を握った英雄としておだて、その狂信的な信者たちを影でまとめ上げ、すべてを自分の思い通りに誘導してきた。


 シグルドは、自分が歴史を動かしていると信じて疑わないが、実際はヴォルガが与えた方向性ベクトルに沿って踊らされているだけの、哀れな操り人形に過ぎない。


「シグルドよ。

 君は本当に、期待以上の働きをしてくれた。

 用済みとなった君には、先に天界で席を用意しておいてあげよう……」


 だが、この老練な宰相でさえも、致命的な誤算をしていた。


 彼はシグルドを野心ある天才だと過大評価していたのだ。


 今、シグルドが山頂で行っているのは、ネロの掌握などではない。


 ただの無能なやけっぱちによる、全システムのショートを招きかねない無差別な過剰魔力充填オーバーチャージであるという事実を。


 ――破滅へのカウントダウンは、黒幕の筋書きさえも超えて加速し始めていた。

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