表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/127

7-2 鏡の中の深淵:銀の残響と、琥珀の同期

 吹雪の唸る洞窟の中、リーフの意識は肉体の檻を離れ、世界樹の中枢――事象の地平線のごとき情報の深淵へと溶け込んでいた。


 そこは、無数の魔導回路が天の川のように流れる静謐な空間。


 その光の濁流のただ中で、彼女は場違いな泣き声を聞いた。


 自分とよく似た、透き通るような銀色の髪。


 輪郭すらおぼろげな、名前のない子供。


 その幼い影は、膝を抱え、世界樹の根源的な悲しみを体現するように震えていた。


 リーフは導かれるように歩み寄り、その小さな肩へ、祈るように言葉をかける。


「……どうしたの? あなたは、何がそんなに悲しいの?」


 少年は顔を上げなかった。


 ただ、その震える唇から、この世の終わりを予感させるような、冷たく虚無的な声が漏れ出す。


「……また、僕の意思に反して、『戦争の道具』として組み込まれることが……悲しいんだ」


「あなたの名前を教えてくれる? 私はリーフ。 世界樹の娘よ。 あなたは?」


「僕は……ネロ。 かつての愚か者たちが名付けた、殺戮魔導師の出来損ない(プロトタイプ)だよ」


 リーフは、一瞬息を呑んだ。


 目の前にいるのは、王都が、そしてシグルドが狂奔して求めた、神話時代の破壊兵器。


 だがその本質は、ただ独り、終わりのない夜に怯える幼子に過ぎなかった。


 傍らでは、母であるユグドラシルの意思が、静かに、そして痛ましい眼差しで二人を見守っている。


「……あなたの意思で、それを跳ね除けることはできないの?」


「……できない。

 制御権を持つ人間が、僕を『再起動リブート』してしまったら最後。

 僕は、敵も味方も関係なく、視界に入るすべての生命を抹消し続ける。

 そして最後は……僕を起動したマスターさえも、その手で抹消するまで、破壊は止まらない。

 ……それが、僕という存在の『仕様さだめ』なんだ」


 リーフは絶句した。


 差し出そうとした手は空中で凍りつき、彼を救うための言葉が、喉の奥で虚しく霧散していく。


 愛しき世界を滅ぼすために造られた鏡の中の自分。


 その涙を止める術を、彼女はまだ知らなかった。


 ◆


 同時刻、王都。


 ついに世界樹の再起動プロセスが完了した。


 王都全域に、聞いたこともない不協和音の魔導警報アラートが鳴り響く。


 突如として戦時仕様ウォー・モードへと強制遷移した街。


 噴水は枯れ、街灯は赤く不気味に明滅し、城壁の自動防衛術式が、守るべき民へとその銃口を向け始めた。


 民は逃げ場を失って絶望し、事情を知らぬ貴族たちは右往左往して狼狽する。


 その混乱を極める王宮のテラスで、黒幕の男は、沈みゆく陽光をワイングラスに反射させ、不敵に微笑んでいた。


「……さあ、終わりの始まりだ。

 すべてが浄化された後の荒野に立つ王は、この私だ」


 男は、かつての腹心の名を、ゴミでも捨てるような口調で呟く。


「シグルドは、実に使い勝手の良い駒だったよ。

 事態が収束した暁には、すべての罪を奴になすりつけ、処刑台という名の天へ召してやろう。

 ……何、かつてのよしみだ。

 その骨くらいは、私が拾ってやるとも」


 男の背後で王都の秩序が、音を立てて崩壊し始めていた。


 ◆


 洞窟の中、ルシは激しい葛藤の渦中にいた。


 昏睡するリーフのバイタルデータは危険域デッドラインを彷徨っている。


 今すぐ強制介入して彼女を引き戻すべきか。


 だが、ルシは、震える右手を左手で押さえつけ、決断を下した。


「……今は、信じる。 リーフ、君の強さを」


 俺には、策があった。


 俺は五歳の時、不完全ながら世界樹の端末としての権能をその魂に刻まれた。


 彼は、意識を極限まで集中させ、これまで自分自身を守り続けてきた常時展開型・対魔導防御壁を、一枚ずつ、丁寧に解除していった。


 それは、己の精神を無防備な荒野に晒すに等しい自傷行為。


 だが、壁が消え去った瞬間、ノイズ混じりではあるが、リーフと世界樹ユグドラシルが交わす対話の断片が、ルシの脳内へと直接流れ込んできた。


「繋がった……」


 俺の解析眼スキャンが、変異を起こす。


 通常発動時の、海の様な「碧色」から――。


 リーフの瞳と同じ、深く、温かな、そしてすべてを見通す琥珀色へと。


 精神の同期シンクロ


 ルシは、肉体を現世に残したまま、その視線だけを情報の海へと飛ばした。


 泣いている少年、ネロ。


 そして彼を抱きしめようと奮闘するリーフ。


 その光景を、ルシは第三の眼で捉えた。


「……仕様さだめが変えられないのなら、その仕様そのものを書き換えるまでだ。

 待っていろ、二人とも」


 俺の琥珀色の瞳に、これまでにない決意の光が宿る。


 北の山脈を叩く吹雪は、さらにその勢いを増し、決戦のときが来たことを告げていた。

 もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!


 皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。

  よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ