6-9 ノイズの確信:墜落する信頼と、白銀の導火線
精霊の森の境界線を越え、世界樹の根が地表に脈打つ支配域へと足を踏み入れた俺は、剥き出しになった太い根に掌を当てた。
世界樹直系の魔導回路を持つリーフを仲介役とし、王都の魔導師団本部へ緊急通信を試みる。
目指すは、北の山脈の麓まで最短距離で移動するための魔導飛空艇『アトラハシウス号』の徴用要請だ。
だが、接続状況は最悪だった。
前回を上回る激しいロスと、物理的な遮断を想起させるノイズ。
数度のリトライの末、ホログラムの粒子がようやく形を成し、宮廷魔導師団長ゼノスの疲弊した顔が浮かび上がった。
「ゼノス団長、シグルドの真の狙いが判明しました。
奴が手にしたのは、王都の地下深くに封印された神話時代の負の遺産――プロジェクトN。
零号記述体、人型自律兵装『ネロ』の起動方法です。
これが再起動すれば、王都どころか大陸全土にどれほどの被害が出るか計り知れません」
『……馬鹿な、あれは神々の領域に近い禁忌。 だが、一体どうやって封印を解くというのだ?』
「シグルドが残した左腕を中継器として利用し、外部から遠隔操作を試みるつもりのようです。
森には妖精族の内通者が一名いました。
……恐らく、王都側にも同様の『虫』が複数潜伏しているはずです」
『内通者だと? 妖精族の鉄の結束をどうやって突き崩したのだ』
「古くから伝わる浄化の魔法で炙り出しました。
やましい心、あるいは魔に汚染された精神を持つ者を、強制的に塩の塊へと変異させる不可逆の術式です」
『……それは、王都では絶対に使用できんな。 政治の中枢で放てば、文字通り国が全滅しかねん』
団長の言葉に、俺は苦い沈黙を返した。
腐敗した王都を清浄化すれば、国そのものが崩壊する。
今の王国は、そこまで病んでいる。
「ですから、至急、左腕を物理的に消去し、こちらの座標へ魔導飛空艇を派遣してください」
『……手遅れだ。
左腕は先ほど、内通者の手によって宝物庫から奪取された。
だが、アトラハシウス号の手配は直ちに行おう。 ……ルシ、健闘を祈る』
「王都の防衛を最大出力に引き上げてください。
不気味なほどに静かすぎます……。
俺たちは、奴の潜伏箇所へ向かいます」
言い終えた瞬間、暴力的なラグ――あるいは、意図的な通信妨害か。
ホログラムは砂嵐となって消えた。
俺は後ろを振り返り、厳しい表情を浮かべる仲間たちを見やった。
「聞いた通りだ。 シグルドの計画は、すでに次の段階へ移行している。
ここからは一秒を争う強行軍だ」
リーフは「分かったわ」と短く応じ、魔導回路を戦闘モードに切り替える。
アイリスは、誇り高き騎士として、内通者の存在に激しい憤慨を露わにしていた。
対照的に、メギストス師父とバナード師匠は、すべてを見通したような悟りの境地にいた。
「……案ずるな、ルシ。
最悪の事態を想定し、常に二人で背中を預け合ってきた」と師父が言えば、バナード師匠も「常在戦場だ。 剣を置くのは死ぬ時だけだ」と、その分厚い胸を叩いた。
◆
半時ほどの後、雲を割り、重厚な装甲を纏った魔導飛空艇『アトラハシウス号』が姿を現した。
俺たちは甲板に乗り込み、一気に北の麓を目指す。
だが、艇が巡航高度に達し、眼下に白銀の峰々が見え始めたその時――。
「シグルド様万歳! 新世界の夜明けだッ!!」
操縦席にいたパイロットが、突如として狂信的な叫び声を上げた。
彼は懐から取り出した『頭部破裂用魔道具』(本来は岩盤掘削や緊急脱出用に使われる)を自身のこめかみに突き立て、引き金を引いた。
凄まじい衝撃音と共に、パイロットの頭部が文字通り破裂し、操縦桿が血に染まる。
制御を失ったアトラハシウス号は、悲鳴のような風切り音を立てて急降下を開始した。
「墜ちるわよ! ――私に任せて!」
リーフが叫ぶ。
彼女は事切れたパイロットを力任せに排除し、操縦桿を握ると同時に、自身の魔導回路を飛空艇の制御中枢に直接リンクさせた。
凄まじい重力が襲う中、リーフの魔力が艇を包み込み、墜落寸前で機体を水平へと戻す。
「……さすがは世界樹の娘だな」
俺は冷や汗を拭いながら納得した。
彼女にとって、魔導で作られた飛空艇の制御など、植物の成長を促すのと大差ない作業なのだろう。
ふと横を見ると、アイリスは凄まじい衝撃に耐えきれず気絶し、メギストス師父とバナード師匠は、固まったまま目を見開いていた。
……いや、よく見れば二人とも、立ったまま意識を飛ばしている。
歴戦の勇士とはいえ、味方の自爆テロと垂直落下の衝撃は、許容範囲を超えていたらしい。
しばらく、そっとしておくことにした。
◆
同時刻。
北の最果て、雪に埋もれた古代遺跡の広間にて。
シグルドは、奪還された『左腕』を中継器として利用し、王都の地下にある棺との同期を完了させていた。
「素晴らしい……座標のロックオンを確認。 転送術式、開始!」
シグルドの叫びに応じるように、空間が歪み、巨大な魔法陣が虚空に描かれる。
王都側に残された十数名の協力者(魔導師)たちが、命を削るような連携術式によって、長距離転送を強行したのだ。
光の柱が収束した後、そこには――透明な水晶の棺に収められた、美しくも禍々しい人型兵装『ネロ』が鎮座していた。
転送を終えた王都の協力者たちは、シグルドの座標へと通信を繋ぎ、一斉に叫んだ。
『『シグルド様万歳! 我らが魂、計画の礎とならん!』』
次の瞬間、彼らもまた自爆魔法によって、証拠隠滅と共にその命を散らした。
獅子身中の虫たちが、自ら毒を飲み干したのだ。
その凄惨な光景を、遺跡の影から冷ややかに見つめる一人の男がいた。
「……シグルド、あまり調子に乗るなよ。 しくじるな」
男はそれだけを言い残し、ノイズを撒き散らすようにその場から消え去った。
◆
俺たちは、アトラハシウス号を北の山脈の麓へと無事に着陸させた。
着陸の衝撃で、ようやく師父たちが目を覚ました。
バナード師匠は『……一瞬、三途の川の調律をしていたようだ』と冗談を言っているが、顔はまだ青い。
追跡魔法の反応は、依然としてこの真上――雲を突き抜けた頂近辺を指している。
俺たちは飛空艇の装備室で、過酷な冬山登山用の魔導装備に着替えていた。
周囲の木々に宿る精霊の密度が高すぎて、短距離転移魔法はエラーを吐いて使えない。
「……ここからは、一歩ずつ自分の足で踏破しに行くしかないようだな」
雪を噛む靴の音が、静まり返った麓に響く。
俺たちは、白銀の絶望が待ち受ける頂へと向かって、歩みを始めた。
もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!
皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。
よろしくお願いいたします!




