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6-8 女王の予言:死を招く記録と、凍てつく未来

 精霊の森に安寧が戻ったかに見えたその矢先、事態は急転した。


 森の祭壇で祈りを捧げていたエルーシア女王が、突如として激しいトランス状態(神託変異)に陥ったのだ。


 自警団リーダーのガレオスによれば、精霊女王のトランスは長ければ一ヶ月にも及ぶという。


 俺たちは、女王不在の間も森に張った新機軸の結界が安定稼働するかを確認しつつ、いまだ応答のないシグルドへの追跡魔法トラッカーの結果を待つため、逗留を延長することに決めた。


 だが、エルーシア女王のトランスは、わずか一日で解かれた。


 青白い顔で目覚めた女王は、過去と未来を同時に視る「時層視クロノ・スキャン」の渦中にいたことを告げ、衝撃の事実を俺たちに語った。


「シグルドは……この森の最深部、禁域に封じられた『太古の記録ログ』を強奪し、北の山脈へと逃れた。 奴の手には、決して開いてはならぬ箱が握られている」


 その言葉と呼応するように、俺の魔導具が鋭い音を立てた。


 追跡魔法が、北の山脈の一角――万年雪に閉ざされた切り立った山肌の座標を、正確に弾き出したのだ。


「……女王陛下、奴が奪った『古い記録』とは、一体何を記したものなのですか?」


 俺の問いに、女王は重い沈黙の後、苦渋に満ちた声で答えた。


「……プロジェクトN。 一言で言えば、人造殺戮魔導師の製造に関わる禁忌の計画じゃ」


「なっ……」


 絶句する俺を余所に、女王は太古の断絶した歴史を紐解いていく。


「遙か昔、この大陸全土を焦がした大戦があった。

 その折、敵対勢力を物理的に消滅させ、無条件に屈服させるための『自律型大量破壊兵器』の量産が計画された。

 それがプロジェクトN……ネロ計画だ。

 当時、技術供与のために我が妖精族からも数名が出向していたらしく、この森の禁域には、その呪われた設計図が厳重に封印されていたのじゃ」


「それが、ネロの正体……。 ですが、封印は妖精族の精霊力でなければ解除できないはず。 シグルドのような人族に、そんな真似ができるとは思えませんが?」


「うむ、その通り。 ……おそらく、内通者が手引きをしたのじゃろうな。

 ルシよ、汝が先ほど放った広域浄化魔法を覚えておるか?」


「はい。 不浄な魔力や、邪悪な意思を帯びた術式を消滅させる力ですが……」


「あれは副産物として、魂に拭えぬ汚れを持つ者を『浄化』し、その存在を物質的に固定できなくする。

 ……最近、姿を見せぬ者がおるな?」


 その時、傍らで聞いていたガレオスの顔が、驚愕に引きつった。


「そういえば……フェルグリンドの奴を、昨夜から見ていない。

 まさかあいつが……!?」


 俺の進言により、即座に捜索が開始された。


 ガレオスたちがフェルグリンドの居宅に踏み込んだ時、そこにあったのは――椅子に座ったまま、真っ白な「塩の塊」へと変じ、崩れ落ちた変わり果てた姿だった。


 浄化魔法の光に耐えきれず、その罪深さゆえに存在を抹消された成れの果て。


 部屋の隅には、買収の証拠である大量のマナ・クレジットが、虚しく散らばっていた。


「……金で、森を売ったのか。 クソッ!」


 ガレオスは悔しそうに床を叩いた。


 俺は一瞬、この浄化魔法を国内全域に放てば、シグルドの協力者たちを一掃できるのではないかという誘惑に駆られた。


 だが、それは同時に、利己的な欲望に染まった多くの民をも塩に変えてしまう、殺戮兵器と変わらぬ行為だと思い至り、拳を握りしめてその思考を棄却した。


 ◆


 その頃。


 北の最果て、凍てつく隠れ家にて。


 シグルドは、王都に残した協力者との間に、わずかに繋がった通信を維持していた。


「……ああ、手に入れたぞ。

 プロジェクトNの、完全なる仕様書オリジナル・データをな。

 これを手土産に王都へ帰還すれば、俺の復権は揺るぎないものとなる」


『……危険性はないのか? 太古の術式だ、制御を誤れば……』


「ふん、古代の魔導師どもが間抜けだっただけだ。

 俺の最適化チューニング能力なら、この暴れ馬も完璧に乗りこなしてみせる」


『ならば……あの目障りな小僧、ルシも確実に始末できそうだな』


「くく、現代魔法を無詠唱で放つ程度の、小手先の技術しか持たぬ出来損ないに、この俺が遅れを取るはずがなかろう。 奴の追跡魔法がした返信をわざと見逃した。

 ……ここで実験を始めようじゃないか。

 古代の殺戮人形と、現代の無能人形……どちらが優れた兵器か、その答えをな」


『……油断するなよ。 その無能人形にしてやられたのは誰だ?』


「分かっている! 早急に起動して見せよう……。

 俺の失われた腕の代わりに、王都にある『左腕』を中継器としてな」


『あれには最近、二重の隔離封印が施された。 持ち出すのは至難の業だぞ』


「そのくらい、お前の権限でどうにかしろ。 ……俺たちは一蓮托生だ、忘れるなよ?」


『……わかった。 隙を見て奪取し、座標を同期させよう』


「それでいい。 ……くくく、楽しいエンターテインメントの始まりだ」


 ◆


「エルーシア女王陛下。

 ……俺たちは、北の山脈へ向かいます。

 シグルドの座標は、すでにロックしています」


 出発を告げる俺に、女王は悲痛な眼差しを向けた。


「北の山脈は、今まさに神の怒りのような豪雪に見舞われている。

 万全の準備を整えてから行きなさい。

 ……ルシ、汝に伝えておく。

 私の未来視の果てには、汝が敗れ、この世界が静止する未来も視えた。

 ……むろん、勝利し、新たな夜明けを迎える可能性も、等しく存在している」


「……慎重に、行きます」


 俺たちは冬山の過酷な環境に耐えうる魔導防寒具や、高純度のマナポーションを用意し、俺とメギストス師父が持つストレージ(四次元空間)へとそれぞれ仕舞い込んでいく。


「行くわよ、ルシ。 私たちの手で、あの汚れた存在シグルドを浄化しましょう」


 リーフの力強い言葉に頷き、俺たちは精霊の森を後にした。


 背後に広がる緑の海が遠ざかり、前方には、すべてを拒絶するようにそびえ立つ、白銀の絶望が見え始めていた。

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