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6-7 浄化の旋律:残響するノイズと、聖域の守護

 聖樹が本来の霊性を取り戻し、森の隅々にまで瑞々しい緑が萌え上がる。


 かつての黄昏が嘘のように、精霊の森は生命の謳歌に満ちていた。


 シグルドへの追跡魔法が座標を弾き出すのを待つばかりとなったある日、ガレオス率いる自警団から緊急の報告が入った。


「ルシ殿、腐朽した世界樹の根の残骸を片付けていたところ、奇妙な『染み』のようなものを見つけましてな……」


 ガレオスが差し出したのは、炭化して崩れゆく根の断片だった。


 だが、解析眼スキャンを透かした瞬間、俺の背筋に冷たいものが走る。


 その表面には、自然物では決してあり得ない、極めて微細で不気味な術式が刻まれていたのだ。


「これは……王都にあるシグルドの左腕をマスター、この森の根をスレーブとして同期させる、物理的な裏口か」


 かつてリーフに切り落とされ、王都に封印されたはずの左腕。


 それが、この森に打ち込まれた楔と密かに「通信」を続けていた痕跡。


 これはシグルド一人の仕業というには、あまりに手際が良すぎる。


 俺は即座に、リーフが有する世界樹直系の魔導回路を介して、王都への緊急魔導通信を試みた。


 通信の確立には、奇妙なタイムラグがあった。


 まるで、見えない壁が情報の通過を阻もうとしているかのような遅延だ。


 数度のリトライの末、ようやく繋がったホログラムの向こう側に、宮廷魔導師団の団長が姿を現した。


『――報告は受け取った。 シグルドの左腕が、いまだ外部と同期しているだと?

 馬鹿な、あれは最厳重の隔離結界の中に……』


「団長、理屈を並べる時間は惜しい。

 至急、隔離の再構築と世界樹本体の整合性チェックを行ってください。

 この森で見つかったノイズは、今なお王都の『心臓部』を指し示している」


 団長は苦虫を噛み潰したような顔で、至急の調査と左腕の完全隔離を約束し、通信は一方的に途絶した。


「……俺が、気にしすぎなのかな。 リーフ、君はどう思う?」


 通信機を仕舞いながら、俺は隣に立つリーフに問いかけた。


「そうね。 あの傲慢なシグルドが、自分の腕を囮にするためにわざと切り落とさせたとは考えにくいわ。

 それに、貴方たちの話を聞く限り、あの男にそこまで緻密な『多重偽装』ができるとも思えない」


「……内部に協力者がいる可能性があると?」


「ええ。 あるいは、シグルドに脅されてやっているのか……。

 いずれにしても、警戒するに越したことはないわね」


 俺は深く溜息をつき、目の前の平穏な森を見つめた。


「……一度、エルーシア女王陛下に奏上し、この精霊の森だけでも『保護』を徹底しなければならないな」


「どうする気?」


「広域浄化魔法――天使魔法の一つだ。

 それをかけた上で、王都の干渉を一切受け付けない独自の『結界魔法陣』を設置すべきだと思う」


「なるほど、それは実に妙案じゃの」


 いつの間にか、背後にエルーシア女王が静かに佇んでいた。


「女王陛下、いつからそこに……」


「ちょっと気になってな。 始めから全て聞こえておった。

 ルシよ、汝の懸念はもっともだ。 許可するから、早速取り掛かってくれぬか?」


「はっ、承知いたしました」


 俺は深く集中し、自身の内側にある高次元の魔力を練り上げた。


 まず放ったのは、天使魔法による『広域浄化魔法』。


 森全体を眩い白光が包み込み、シグルドが残した微細な呪詛や裏口の残滓を根こそぎ霧散させていく。


 続いて、妖精たちが日常的に保守・管理しやすいよう、精霊魔法をベースにした結界魔法陣を構築し、それを森の全域へと広げていく。


 魔法陣の最終的な管理者権限を女王へと譲渡し、作業を完了する。


「……驚いた。 これほどの大魔法を、詠唱もなしに連続発動させるとは。

 メギストス殿の言う通り、汝はまさに規格外じゃな」


「女王陛下……一つお願いがあります。

 この魔法の詳細は、王都には秘匿してください」


「何故じゃ?」


 俺は、以前師父にも語った『王都のシステムへの不信感』を、女王にも包み隠さず話した。


「……なるほどの。 だが、それは我ら妖精族にも言えることではないか?」


「いいえ、根本が違います。 精霊の女王となるには、清廉潔白な魂を持ち、妖精の民すべてからの真摯な支持がなければ選ばれません。

 ですが、人族の王は世襲です。 民の支持の有無にかかわらず、血筋がすべて。

 ゆえに、シグルドのような毒を持つ者に付け入られ、傀儡になり下がる暗愚な者さえ現れる……」


「自分の国の王を……。 手厳しいのう。

 だがルシよ、汝の言う通りじゃな。 歪んだ仕組みはいずれ崩れる。

 ……して、汝に解決の案はあるのか?」


「いいえ、未だ手探り状態です」


「ふむ。 茨の道じゃな。 だが、影ながら汝の模索を応援しよう」


「ありがたき幸せに存じます」


 ◆


 その頃。


 北の最果て、凍てつく石造りの隠れ家にて。


 シグルド=アイズベルクは、完全に生命反応を失い、ただの枯れ木と化した義腕を、狂ったように壁へと投げつけた。


「おのれ、おのれおのれ! 何者だ……どこの誰が、俺の特権を奪った!」


 激しい衝撃音と共に義腕が砕け散る。


 供給源を断たれた焦燥感。


 王都から送られてくるはずの精霊力も、今や不自然なほどに静まり返っている。


「……こうなったら、『N計画』を進めるほか道はないではないか。

 ……くそっ、あれは、私の手にも余るのだぞ。

 かつて、王都でのあの失敗――ネロの再起動リブートを、今ここでやるしかないというのか!」


 シグルドは呪詛を吐き散らしながら、狭い部屋の中をぐるぐると歩き回った。


 そして、しばらく思案したのち。


「あの時はルシの行動による焦りで『論理核ロジックコア』の定着に失敗したが、今度は世界樹の魔導力と残った聖樹の力を強引に流し込めば……」


 かつて王都の中枢で、禁忌の理論を注ぎ込みながらも、制御不能に陥り瓦解した人造殺戮魔導師計画(プロジェクトN)。


 ルシが反旗を翻した時に、一度は起動に失敗し撤退を余儀なくされたその災厄に、彼は今、自らの生き残りをかけて再び手を伸ばそうとしていた。


「ルシ……貴様がその眼で何を視ようと、この絶望だけは解析できまい!」


 シグルドの瞳に、破滅的な狂気が宿る。


 浄化された森の静寂とは対照的に、北の地では、禁忌の再始動が始まろうとしていた。

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