6-6 三重連成(サード・リンク):特権の剥奪と、逆探知の拒絶
あの日、リーフとメギストス師父との間で交わされた、王国のシステムへの疑念という夜の対話以来、俺たちの夜は一変した。
焚き火の爆ぜる音を背景に、シグルドが残した微細な魔力痕跡の捜査報告、そして世界樹の記憶層への三重連成による精神ダイブが、避けては通れぬ恒例行事となったのだ。
魔導の適性を持たぬアイリスとバナード師匠は、物理的な警戒と護衛に回り、俺とリーフ、そして師父の三人が意識を同期させる。
だが、数日が経過しても目覚ましい成果は得られなかった。
ガレオス率いる自警団も、森の復旧作業の合間を縫って、かつてシグルドが立ち寄った場所や、不自然な魔力の揺らぎを捜査してくれたが、決定的な手がかりには至らない。
停滞する状況に焦燥が募り始めた頃、女王エルーシアからの緊急招集がかかった。
「聖樹の回復に、不可解な遅滞が見られる。
……ルシよ、もう一度だけ聖樹の深層に接触し、その『内圧』を調査してはくれぬか?」
女王の瞳に宿る不安の色を察し、俺は即座に居住まいを正した。
「はっ、承知いたしました。 直ちに原因を特定いたします。
――リーフ、同期の維持を。 メギストス師父、術式の安定化をお願いします」
「分かったわ、ルシ。 いつでもいける」
「承知した。 わしが背後を支えよう」
俺たちは再び、あの静謐にして禍々しい痕跡を湛える聖樹の間へと向かった。
◆
その頃、精霊の森から遠く離れた地で、シグルド・アイズベルクは自らの左腕を眺めていた。
それは、聖樹の生枝を無理やりへし折り、禁忌の術式で練り上げた魔導義腕であった。
「くく……この腕ならば、大気中の精霊力を直接糧として駆動する。
王都の魔導探知網どころか、あのルシの解析眼ですら、精霊の息吹と区別はつくまい」
シグルドは確信していた。
ルシが身につけているのは、せいぜい王都で学んだ現代魔術の延長線上に過ぎないと。
彼は自分がメギストス師から免許皆伝を経てから、さらにその後、精霊魔術や古代魔法、さらにはその上の階梯(竜言語魔法や天使魔法)にまで手を伸ばしているなど、想像の範疇にもなかった。
「残るは、お人好しで無能な妖精どもだけだ。
あいつらには、この腕が何をしているのかさえ理解できまい。
……馴染んできたぞ。
この義腕が完全に肉体と同期した時、あの出来損ないに、真の精霊魔術というものを見せつけてやる」
その思考は、どこまでも独りよがりで、救いようのないほどに姑息であった。
◆
聖樹の深層、意識の最果てにダイブした俺が目にしたのは、前回は見落としていた極めて巧妙な隠蔽術式だった。
それは、聖樹の核のさらに奥。
魂の領域に近い場所に刻まれた、『シグルド=アイズベルク』という署名入りの特権付与式。
「……管理者権限だと?」
それは、聖樹のリソースを任意に引き出し、外部から干渉を続けるための、いわば裏口だった。
聖樹の回復が遅れていたのは、この術式が今なお、シグルドの義腕へと精霊力を供給し続けていたからだ。
俺は冷徹に、解析眼の出力を最大まで引き上げた。
「逃がさないぞ……。 この供給ラインを逆行し、力の行方を自動追尾する。
シグルド、お前の居場所はこれで確定した」
居場所の特定には時間がかかる。
だが、このラインが繋がっている限り、逃げ切ることは不可能だ。
同時に、俺は聖樹に刻まれた卑劣な署名に、上書きの魔導を叩き込んだ。
使うのは、現代魔術ではない。
純白の輝きを放つ、『天使の祝福』。
「シグルドはこの世界のルール(精霊魔術の法)に則って署名したようだが……あいにく、俺が使うのはその『法』自体を定義し直す力だ」
シグルドが核に刻んだから消せるはずがないと高を括っていた汚れた術式は、高次元の魔力によって跡形もなく消去され、聖樹の権限は本来の持ち主である女王、そして森へと返還された。
◆
「……っ!? な、何だ……!?」
不意に、シグルドの義腕が激しく痙攣した。
指先から力が抜け、精霊力の供給が、まるで断崖から突き落とされたかのように唐突に途絶する。
「アクセス権が消失しただと? 馬鹿な、ありえん!
あれは聖樹の核に、魂の波動を同期させて刻み込んだものだぞ!
それを書き換えられるのは、俺より高い階位を持つ女王だけのはずだ!」
シグルドは狼狽し、義腕を振り回した。
だが、反応はない。
答えは見つからなかった。
彼は、ルシの力を――無詠唱で現代魔術を放つ程度の天才、という自身の矮小な認識に縛られ続けていた。
徐々に、義腕がその霊性を失い、ただの枯れ木のように重く、硬くなっていく。
シグルドは激しい舌打ちと共に、底知れぬ焦燥感に飲み込まれていった。
◆
精神の海から浮上し、再び目を見開いた俺を、リーフ、メギストス師父、そしてエルーシア女王が固唾を呑んで注視していた。
俺は、視てきた裏口の惨状と、発動させた追跡魔法、そしてシグルドの権限を強制消去してきたことを伝えた。
「シグルドが持ち出した『聖樹の一部』、あるいはそれを用いた何らかの触媒へと、精霊力を供給し続けていたから、精霊力が完全に回復していなかったのでしょう。
追跡の解析が完了するまで、恐らく数日はかかるでしょう。
その間、奴の足取りを確実に追い詰められるよう、引き続きこの森で復旧を手伝いつつ、待機させてください」
「……ルシよ、汝の功績は計り知れぬ。
聖樹が、今まさに溜息をつくように安らいでいくのが分かる」
女王エルーシアは深く感謝し、俺に王都への緊急通信を許可した。
精霊の森の強力な磁場を抜けた、通信用の魔導具が王都と繋がる。
ホログラムで現れたのは、エドワード王、そして各師団長や側近たちだ。
俺は、シグルドが聖樹に対して行った暴挙と、現在の逃亡状況を報告した。
もちろん、天使の魔法を使って権限を消去したという詳細は伏せ、古代魔導の応用による上書きとして説明を統一して。
報告を聞き終えたエドワード王の顔は、かつてないほどに険しかった。
『シグルド=アイズベルク……。
聖樹への干渉は、もはや王国への反逆のみならず、精霊界との盟約に対する冒涜だ。
もはや、法の庇護を認める必要はない』
王から下された最終命令は、極めて簡潔で、冷酷なものだった。
『ルシ=ファーレン。 貴殿に、シグルドの捕縛、および無力化の全権を与える。
――生死は問わぬ。 これ以上、奴の愚行を、この大陸に残してはならん』
通信が切れた後、俺は北の空を睨んだ。
「シグルド、お前が聖樹から何を切り出し、何に繋いだかは興味がない。
だがその『特権』は、もうどこにも繋がっていない」
次に会う時、お前に突きつけるのは救済ではなく、確定した抹消だ。
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