6-3 黄昏の里:枯渇するリソースと、女王エルーシアの審判
妖精族の戦士たちに囲まれ、俺たちは黄昏の里へと連行された。
道中、解析眼を維持したまま視界に映る森の惨状は、魔導師として、そしてこの世界に生きる者として目を覆いたくなるものだった。
大気を満たしていたはずの濃密な精霊力は、まるで底の抜けた器から漏れ出すように希薄化し、かつては霊性を宿していた巨木たちが、ただの枯れ木へと成り果てている。
森の守護者であるトレント(樹人)たちは、樹皮をひび割れさせ、音にならない悲鳴を上げながら、ゆっくりと腐朽の淵に沈んでいた。
かつて清流を誇った川は泥水のように濁り、湖の魚たちは自浄作用を失った水域から逃れるように、自ら浜へと這い上がり、絶望の中でエラを震わせている。
生命の循環という名の基本システムが、根底から崩壊しつつあった。
◆
「……ここだ。 我らが最後に残された、逃げ場のない檻だ」
リーダーの男が、苦々しく顎をしゃくって里の全容を示した。
そこにあったのは、叙事詩に歌われるような華やかな妖精の郷ではなかった。
飢えと疫病が蔓延し、力尽きた者たちが力なく横たわる、静かな地獄だ。
解析眼が弾き出す数値は、どれもがデッドラインを下回っている。
精霊力の激減により、里を維持するための結界も、水や食料を生成する術式も、すべてが機能不全に陥っていた。
「精霊女王エルーシア様が、自らお前たちと面会するそうだ。
……物好きなことだ。
我らを甘言で騙し、富を奪い去った人間族の類と、今さら何を話すというのか」
リーダーの言葉には、抜きがたい憎悪がこもっていた。
それに対し、同行していたメギストス師父が、深く溜息をついて頷く。
「その通りじゃ。
返す言葉も、反論の余地もない。
わしらの同胞が、この美しい理に泥を塗ったことは事実じゃからな」
その率直な謝罪に、リーダーをはじめとする武闘派の妖精たちは、毒気を抜かれたようにギョッとした目でこちらを見た。
「ルシよ。 王から預かった書簡を持っておるじゃろう?
儀礼的な手続きを飛ばして、先にそれを渡してはどうかの」
師父の言葉に従い、俺は懐から厳重に封印された王の書簡を取り出し、リーダーへと手渡した。
「これを女王へ。 ……面会の時間まで、俺たちはここで大人しく待たせてもらう」
そう言って、俺はその場に静かに座り込んだ。
「ふん、殊勝な心がけだ。 少し待っていろ」
リーダーは書簡をひったくるように受け取ると、里の中央にそびえ立つ、一際巨大な建物――聖樹の社へと消えていった。
待機の間、俺は解析眼の出力を最大に引き上げ、周囲を走査した。
精霊力を吸い取っている元凶を特定するためだ。
だが、その答えを見出すのに時間はかからなかった。
里の象徴である巨大な聖樹。
その清らかな幹に、まるで血管を締め上げる蔦のように、赤黒く変色した世界樹の根が、醜悪に絡みついていた。
それは生命の共生などではなく、一方的な略奪のための寄生回路そのものだった。
◆
小一時間ほどで、リーダーの男が戻ってきた。
先ほどまでの剥き出しの敵意は影を潜め、代わりに俺を憐れむような、複雑な色がその瞳に宿っていた。
「貴様、ルシとか言ったな。 ……貴様も、あの『シグルド』という男の被害者だったというわけか」
「過ぎた事を悔やんでも始まらない。 今は、あの聖樹に絡まる根をどうにかすることが先決だ」
俺の言葉に、周囲の妖精たちが再び息を呑む。
「どうにかできる……と言うのか?
あれは森の古老たちが束になっても動かせなかった、呪われたものだぞ」
「実際に術式を視てみないことには断言できない。
だが、不可能であっても、俺たちはそれを成し遂げるためにここへ来たんだ」
「……分かった。 女王がお会いになる。 ついてこい」
◆
聖樹の玉座の間。
そこには女王エルーシアを筆頭に、側近や長老と思われるエルフ、ドワーフ、ハーフリングなど、各種族の代表者が整然と並び、俺たちを値踏みするような視線で迎えた。
玉座に鎮座するエルーシアが、鈴を鳴らすような気高い声で口を開く。
「ようこそ、黄昏の里へ。 汝がルシ=ファーレンか」
「はっ。 拝謁を賜り、恐縮に存じます」
「若いな。 汝のことは、エドワード王の書簡に詳しく記されていた。
罪人シグルドという歪みにより、随分と辛酸を舐めたようだが……。
して、書簡によれば、汝は世界樹の根を正しき姿へと還し、シグルドを追跡するとある。
その若さで、森の悲鳴を止められると豪語するのか?
……そこの御老体の言葉なら信じられるが」
俺が口を開くより早く、メギストス師父が静かに前に進み出た。
「女王陛下。 発言の許可を頂きたい」
「……よかろう。 申してみよ、大魔導師」
「ルシは、わしがこれまでの長い年月で見てきた弟子の中でも、間違いなく一番に抜きん出ております。
既に、わしのような老いぼれなど足元にも及ばぬ階梯に、彼は到達しているのです。
現代魔術、古代魔法、禁呪、精霊魔術、果ては竜言語魔法や天使魔法に至るまで……。
逆に彼に使えぬ魔法があるなら、わしが聞きたいくらいですわい」
周囲の長老たちが、戦慄したように俺と師父を交互に視る。
「……そして」と、師父は苦い表情を浮かべて続けた。
「陛下、恥ずかしながら、わしの最も出来の悪かった弟子が、あのシグルドでございました。
自尊心だけは一人前な男で、才能溢れる弟弟子であるルシを疎み、不当に扱ってきた。
わしは呆れ果て、免許皆伝という名目で彼を追い払ったのですが……それが、このような大罪を犯すとは。
改めて、王国の大魔導師として、深い謝罪を申し上げます」
女王エルーシアは細い指先で顎を支え、しばらくの間、俺をじっと見つめていた。
「なるほど。 因縁の深さは理解した。 ……して、ルシとやら。
聖樹に纏わりついた不快な『蔦』を、汝の力で解くことは可能か?」
俺は女王の瞳を真っ直ぐに見返し、淀みなく答えた。
「正直に申し上げます。
実際に間近で術式の深層を走査してみないことには、確実なことは申し上げられません。
あそこまで複雑に絡まった『根』を安全に排除するには、世界樹の娘であるリーフと、古代知識の大家である師父の協力が不可欠です。
また、物理的な障壁を排除する際には、拳聖バナード師匠とアイリス卿の武力も必要となるでしょう。
……五人の総力を持って、この不具合を修正します」
「ふむ……良かろう。 汝に、聖樹の間への立ち入りを許可する。
ただし、精鋭の見張りを付けることを条件にな」
「寛大なお計らい、感謝いたします。 善は急げと言います。
……直ちに、診断を開始しましょう」
こうして、俺たちは里の心臓部――聖樹の間へと足を踏み入れた。
目の前に広がるのは、シグルドが残した最大級の異物の痕跡。
俺の解析眼が、かつてないほどの輝きを放ち、剥き出しの術式へとダイブを開始した。
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