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5-9 露呈:隠蔽された深淵と、精霊の森への導標

 狂乱の祝祭が明け、王都が日常の静寂を取り戻し始めた頃。


 宮廷魔導師団の執務棟では、アイリス率いる特務一個師団による、シグルド=アイズベルク元団長の私物および執務室の徹底的な全件走査が開始されていた。


 しかし、一週間に及ぶ不眠不休の調査は、難航を極めた。


 表層の文書はすべてシグルドによって破棄、あるいは偽装されており、別動隊が地下の隠蔽区画デッド・スペースを掘り返しても、得られたのは使い古された魔力触媒の残骸ばかり。


 アイリスの苛立ちは頂点に達していた。


「……あの腐れ外道、証拠隠滅だけは一流ですわね。

 これじゃ、ただの空き部屋を掃除してるのと変わらないですわ」


 アイリスは吐き捨てるように呟くと、疲労に任せて壁際にある巨大な黒檀の本棚に背中を預けた。


 その刹那。


 ――ガコン。


 無機質な機械音が静まり返った室内に響き渡る。


 本棚の一部が数ミリ沈み込み、重厚な石壁が滑るように左右へと展開した。


 アイリスが目を剥くその先に現れたのは、シグルドが非公開領域プライベート・パーティションとして隠し持っていた、秘密の収蔵庫であった。


「……あら、案外古典的な物理スイッチだったのですわ。 灯台下暗しですわ」


 そこには、眼が眩むほどのマナ・クレジットの束、血のように赤い魔宝石、そして出所不明の古文書が山積みにされていた。


 この一報は直ちに王宮へと届けられた。


 発見された膨大な隠し資産は、シグルド政権下で火の車となっていた王国の赤字財源へと即座に接収・補填され、財務官たちは狂喜乱舞することとなった。


 ◆


 接収された物品の中で、俺とリーフ、そしてメギストス師父の手に委ねられたのは、数冊の禍々しい魔導書と、一冊の分厚い革綴じの日記帳だった。


 俺は解析眼アナライズを全開にし、古びた頁に刻まれた暗号を読み解いていく。


「……これは、酷いな。 王城地下に封印されていた殺戮兵器『ネロ』の起動シーケンス……。 シグルドはこれを完全に私物化し、自分だけに忠実な自動防衛システム(キル・スイッチ)として再構築するつもりだったんだ」


「それだけではないわよ、ルシ」


 傍らで日記を精査していたアイリスが、忌々しげに頁を指し示した。


「この日記……シグルドの汚い『独白録』には、精霊のスピリット・フォレストに関する不穏な記述が並んでいるわ」


 日記の内容は、シグルドの欺瞞に満ちた外交工作の記録であった。


 世界樹ユグドラシルの肥大化した根が、聖域を超えて精霊の森へと侵食。


 森の生態系を支える精霊力エーテルを過剰に吸い上げ、そこに住まうエルフや妖精族が深刻な魔力枯渇に喘いでいる事実が記されていた。


 シグルドは、助けを求める妖精族に対し、「私が世界樹の根を制御し、森を救ってやろう」という、到底不可能な『空約束』を提示。


 その対価として、森の民が代々守ってきた希少な魔宝石やマナ・クレジットを、外交支援金の名目で搾取し続けていたのだ。


「世界樹の調律権限すら持たなかった男が、よくもこれだけのホラを吹けたものね……」


 リーフが琥珀色の瞳を微かに光らせ、軽蔑を露わにする。


「祝祭の夜、私が感じた『森からの悲鳴』……あれは、搾取され、枯れ果てようとしている妖精たちの絶望だったのね」


 ◆


 翌朝。


 俺たちは再び王の間に参じ、シグルドと妖精族を巡る卑劣な不正行為、そして精霊の森で起きている物理的なリソース枯渇について報告を行った。


「……シグルドめ、私欲のために聖域の隣人と不和を撒き散らしていたか。

 許しがたい暴挙よ」


 老王エドワードは、深いため息と共に俺を見据えた。


「ルシ副団長。 汝に改めて勅命を下す。

 シグルドの追跡と共に、精霊の森に手を差し伸べ、世界樹の根を正しき姿へと還せ。

 汝ならば、その『歪んだ接続コネクション』を解くことができよう」


「はっ。 謹んで拝命いたします。

 ……これより、精霊の森への遠征準備に入ります」


 俺は臣下の礼をとり、決然と立ち上がった。


 隣に立つリーフが、そっと俺の袖を引く。


「忙しくなるわね、ルシ。 でも……今度は『掃除』だけじゃなくて、本当の『癒やし(レストア)』が必要になる旅よ」


「ああ、分かっている。 ……シグルドが残した最後の不具合を、今度こそ根こそぎ削除してやろう」


 王都を出発する俺たちの背中には、英雄への期待と、次なる冒険への静かな決意が宿っていた。


 目指すは、翠緑の深淵。


 シグルドの逃亡先であり、今なお悲鳴を上げ続ける精霊の森への旅路が、今ここに幕を開けた。

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