表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/134

5-8 論功:三つの誓約と、琥珀色の審判

 王都ユグドラシルの心臓部、大理石の床が鏡のように磨き上げられた玉座の間。


 そこには、救国の英雄を一目見ようと集まった貴族や高官たちが居並び、重苦しくも華やかな熱気が渦巻いていた。


 その中央で、俺は過剰な装飾を排した魔導礼装に身を包み、老王エドワード・バニラ三世に対し、節度ある臣下の礼を捧げていた。


 玉座に鎮座する老王が、威厳に満ちた声を響かせる。


「……汝、ルシ=ファーレン。

 未曾有の危機より世界樹を救い、王都に光を取り戻したその功績、真に天晴である。

 よって汝を、宮廷魔導師団副団長に任命する。 異存はあるか?」


「はっ。 身に余る光栄、謹んで拝命いたします」


 俺は頭を垂れたまま、静かに、しかし明瞭に言葉を継いだ。


「つきましては陛下、不肖ながら三つほど、副団長就任に際してお願いしたき儀がございます」


 その瞬間、列席していた側近の一人が鋭い声を上げた。


「不敬であるぞ!

  副団長という異例の若さでの重職拝命に加え、さらなる褒美を要求するなど、分を弁えよ!」


 だが、老王はそれを手で制し、面白そうに目を細めた。


「構わん、申してみよ。 救国の英雄が望むものが何であるか、余も興味がある」


「は。 第一に、逃亡せし逆賊シグルド=アイズベルクの追跡。

 この任を、私直々に預かりたく存じます」


 王は顎髭を撫でながら頷いた。


「……それは余が直々に命じようと思っていたことだ。

 奴を野放しにはできぬからな。……して、二つ目は?」


「は。

 世界樹ユグドラシルの管理機構を刷新し、特定の管理者が長期不在であっても自立稼働が可能な『不変の魔術式オートノマス・コード』へと見直しを許可いただきたく」


 場内が騒然となった。


 管理者の不在を許容するなど、権力の独占を放棄するに等しい。


「……よかろう。 それが叶えば、王国の安寧は揺るぎないものとなるだろう。

 ……では、最後は何じゃ?」


「は。 すべてが片付いた暁には――私は宮廷を辞し、銀鱗の港エリュシオンへと隠居したく存じます」


 どよめきは、先ほどを遥かに凌ぐ規模で広がった。


 元平民という身分から、今や王国の実権を握れる位置にいながら、自らその道を閉ざすというのか。


 貴族たちは「欲がないのか、それとも大馬鹿なのか」と顔を見合わせた。


「……それが褒美か?

 地位も名誉も、余の傍らで振るう権勢も、すべて捨てるというのか」


「はい。 私はあの港町での数ヶ月で、大切なことに気づきました。

 あそこで送る穏やかな日々こそが、私の望む『最適解』なのです。

 幸い、エリュシオンに購入した宿舎には世界樹の末端端末ターミナルもございます。有事の際は、遠隔リモートにて調律を代行することも可能でしょう」


 王はしばし沈黙した後、快活に笑い声を上げた。


「欲のない願いばかりよ。 だが、それが汝の真実ならば、余はすべてを認めよう。

 ……これにて謁見を終える! 中断していた祝祭を再開せよ!

 逆賊の追放と、新たなる英雄の誕生を祝うのじゃ!」


 歓声が沸き上がる。


 政敵となるはずだった天才が自ら退場を宣言したことに、胸を撫で下ろす者も少なくなかった。


 ◆


 数時間後。


 祝祭の喧騒から少し離れた中庭で、俺はかつてない窮地に立たされていた。


 俺は冷たい石畳の上に正座させられ、周囲をアイリス、そして琥珀色の瞳を湛えたリーフ、さらには騎士団・魔導師団の女性団員たちに完全包囲されていた。


「……あの、皆さん? 祝祭の最中なのですが」


「お黙りなさい、この天然ジゴロ!」


 アイリスが扇子で俺の額を指した。


「貴方がどれだけ無自覚に女性たちの心をかき乱してきたか、分かっているのですか?

 リーフ様が消えかけた時、あんなに情熱的に叫んでおいて、今さら『副団長の仕事がありますから』なんて顔で逃げられると思わないことですわ!」


 リーフは未だ琥珀色の瞳を解除せず、静かな、しかし逃げ場のない圧を放っている。


「そうよ、ルシ。

 貴方は解析眼アナライズで何でも見通せるくせに、どうして隣にいる私の『情緒』には気付いてくれないの?

『君が危機に陥ったら何度でも死地に赴く』なんて、あんな大勢の前で……あんなの、プロポーズと同じじゃない!」


「いや、あれは魔導師としての責任感というか……」


「それが、一番タチが悪いのよ!」


 後ろに控えていた女性団員が唱和するように頷く。


「そうよ!」「罪深いわ!」「解析眼で私たちの心拍数も測ってみなさいよ!」


 説教は延々三時間に及んだ。


 通りかかる男性団員たちは、ルシの助けを求める視線を「……南無」とばかりに逸らし、足早に去っていく。


 一方で女性たちは、リーフの言葉に「全くだわ」「もっと言ってやって」と同調し、包囲網をさらに強固にしていった。


 ◆


 ようやく解放され、ぐったりとベンチに横たわる俺のもとへ、リーフが二つの黄金色の蜂蜜酒ミードを持って歩み寄ってきた。


「……少しは、私の気持ち、解析できたかしら?

 とりあえず、お疲れ様。 一緒に飲みましょう」


 いつの間にか、瞳はいつもの紺碧色に戻っている。


 リーフは少しだけ悪戯っぽく笑い、一方の杯をルシに手渡した。


「ああ、すまなかった……。 猛省している。 これからは、言葉にするよ。

 ……俺には、リーフ一筋だとな」


「……っ、もう! またそうやって、平然と恥ずかしいことを……。

 よろしい、合格よ。 それでは、乾杯!」


「乾杯」


 適温に冷えたミードが、熱くなった喉を心地よく潤す。


 一息ついたリーフが、ふと真面目な顔をして語り始めた。


「……ところで、ルシ。 真面目な話なのだけど。

 シグルドが残していった『左腕』……あれ、単なる証拠品以上の意味があるかもしれないわ」


 俺は杯を止め、眉をひそめた。


「どういうことだ?」


「魔力の回線パスが、まだ微かに繋がっているの。

 私を死の淵に追いやったあの物理ハック……魔石の起動も、シグルドが自分の肉体の一部である『左腕』を介して、遠隔操作の触媒として利用していた形跡があるわ」


 そこへ、祝祭の巡回をしていた王と騎士団長、魔導師団長が通りかかる。


「ほう。

 それが真実であれば、左腕を処分せず保管しておいた甲斐があったというものだな」


 俺たちは即座に立ち上がり、臣下の礼を取ったが、王は鷹揚に頷いた。


「よい、今は祝祭の夜よ。 楽にせよ。

 ……して、リーフと言ったな。 今の話、確かなのか?」


「はい、陛下。 間違いありません。

 パスの指向性は既に特定しています……行き先は、『精霊の森』の方向です」


「ふむ、裏付けが必要だな。 明日、シグルドが使っていた執務室を徹底的に調査させよう」


 その時、どこからともなく現れたアイリスの声が響いた。


「――その任、ぜひ私にお任せいただきたくありますわ!」


「ほう、アイリス=ローゼンフェルトか。 理由を聞こう」


「シグルドは、我ら特務一個師団の仇敵。

 奴に尊厳を傷つけられぬ者は、特務に一人もおりませんわ。

 あのアホ面を、今度こそ泥に埋めてやるのが我らの悲願なのですわ」


 王は力強く頷いた。


「よかろう。 アイリス、汝ら特務に調査を任せる。 働きに期待しているぞ」


 王たちが去り、アイリスは腰に下げたスキットルからウィスキーを煽った。


「……忙しくなりそうね、ルシ」


「ああ。 だが、腕が鳴るな」


 俺は夜空を見上げた。


 シグルドの左腕。


 捨て去られた肉体の一部が、なお本体と繋がっているという事実。


「……しかし、切り離された腕を保管、か。 何も起きなければいいが」


「考えすぎも毒よ、ルシ。 確かに、『森からの悲鳴』を微かに感じるけど。

 今は、この蜂蜜酒ミードが一番の優先事項でしょ?」


 リーフに促され、俺は再び喧騒の中へと戻っていった。


 王都を照らす花火の裏で、次なる戦いの火種が燻り始めていることを、俺達はまだ、予感することしかできなかった。

 もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!


 皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。

  よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ