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5-6 回帰:欠落する聖域と、禁断の同期(ダイレクト・リンク)

 世界樹の根が再生し、魔力の奔流が正常な拍動を取り戻したことで、リーフの身体には確かな血色が戻っていた。


 透けていた肌は陶器のような滑らかさを取り戻し、カクついていた四肢の動きも、今や滑らかな曲線を描いている。


 一見すれば、それは完璧な修復に思えた。


 だが、俺が彼女の傍らに跪き、その名を呼んだとき、真の絶望が露わになった。


「……ルシ? あの、ここは……どこかしら。 私、たった今……何をしていたの?」


 リーフの瞳には、かつての知性と共感の光が、ひび割れた鏡のように乱反射していた。


 会話を重ねるごとに、致命的な齟齬が露呈する。


 数分前の出来事を忘れ、共に旅した港町エリュシオンの潮騒の記憶が、霧のようにぼやけている。


 彼女の精神を構成する情報の断片が、まるで虫食いのように欠落していた。


 俺は戦慄しながら、再び解析眼アナライズを世界樹の深層へと投じた。


 そこで俺が見たのは、あまりにも無機質で非情な事後処理の光景だった。


「――っ、ふざけるな! 物理的な障害は取り除いたはずだぞ、なぜまだ消そうとするんだ!」


 世界樹の自浄作用は、物理的な短絡が解消された後も、なお異常値としてフラグが立てられたままのデータを消去し続けていた。


 リーフという個性を形作る『感情』や『記憶』といった、膨大で、かつ論理的には非効率な揺らぎのログ。


 世界樹という巨大な演算機にとって、それらは最適化を妨げる不純物ノイズとして判定されていたのだ。


 今、この瞬間も、彼女が俺に向けてくれた微笑みの記憶が、共に語り合った夜の体温が、一文字ずつ虚空へとデリートされようとしている。


「……させるか。 そんなことは、絶対にさせないッ!」


 俺は激昂し、思考の全リソースをサルベージへと転換した。


 消去の刃が届く直前で、消失しかけている感情の断片を、力ずくで手繰り寄せる。


 泥を掬うような絶望的な作業。


 掬い上げた先から、砂のように零れ落ちていく記憶。


 俺は必死に、それらをリーフの意識へと再統合していく。


 わずかに、彼女の瞳に光が戻る。


 だが、それはあまりに脆い。


 この三日間、シグルドの残した呪いのせいで、どれほどの彼女の心が永遠に失われてしまったのか。


 それを思うと、俺の心臓は万力で締め付けられるような激痛に苛まれた。


「世界樹よ……リーフの母なる大樹よ!

 娘の感情も、記憶も、決して消して良い『無駄なデータ』などではない! ……それは、彼女の、魂なんだぞッ!」


 咆哮に近い叫びと共に、俺は決然と立ち上がった。


 俺が向かったのは、世界樹の間の最奥――かつてそのあまりの負荷と精神汚染の危険性から、建国以来非人道的な禁忌として封印されてきた『極位調律席マスター・コンソール』だった。


「……ルシ! 何をする気じゃ、早まるな!」


 異変を察知したメギストス師父が、血相を変えて制止する。


「そこは人の精神を直接、世界樹の奔流に叩き込む処刑台も同然の場所じゃぞ。 正気か!」


「……リーフの心を取り戻しに行くんです。

 彼女の記憶の断片が、まだ深層カーネルに漂っているうちに」


 俺の横顔には、もはや迷いはなかった。


 俺は厳重に施された封印の鎖を魔力で引き千切り、冷徹な石の座へと身を沈めた。


 そこには、装着者の視覚と意識を強制的にシステムへ同調させる、不気味なヘルメット状の魔導兜が鎮座していた。


「止めないでください。 ……俺が彼女を、連れ戻す」


 俺は迷わず兜を被り、機械的な音と共にバイザーを下ろした。


 視界が漆黒に染まり、次の瞬間、彼の意識は肉体を離れ、数兆の光の糸が交錯する情報の深淵へとダイブした。


 そこは、一歩間違えれば自己の輪郭さえも消失する、純粋なコードの荒野。


 俺は、その極寒のコードの海の中で、愛する者の欠片を探し求めるための、命懸けの旅を開始した。

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