5-5 原因:断たれた呪釘と、聖域の再生
世界樹の根元、剥き出しになった泥の中で、俺の右拳は白くなるほど握りしめられていた。
指の間からは、回路を短絡させている呪魔石が放つ不気味な紫の電光が漏れ、俺の皮膚を焼き焦がしている。
だが、彼を突き動かしているのは肉体的な痛みではない。
愛する者を不要なゴミへと格下げした、シグルドという男の浅ましさに対する、煮えくり返るような憤怒だった。
「……こいつを、今すぐ粉砕してやる……!」
俺が魔力を拳に集中させ、物理的な破壊を試みようとしたその刹那。
「――待て。 ルシ副団長、早まるな!」
鋭い制止の声と共に、新宮廷魔導師団長ゼノスがその手首を強く掴んだ。
「気持ちは痛いほど分かる。
だが、その魔石はシグルドが聖域に加えた、動かぬ『反逆の証拠』だ。
それを今の君の感情で壊すことは、現場保存を放棄し、国家の宝たる世界樹を直接傷つけるに等しい。 ……冷静になれ」
俺の瞳に宿る赤黒い怒りの炎が、師団長を射抜く。
しかし、その横から穏やかだが毅然とした、メギストス師父の声が重なった。
「ルシ。 団長の言う通りじゃ。
……お主が今、真になすべきことは何だ?
その憎き石を砕くことか?
それとも、世界樹の傷を癒やし、リーフさんを救うことか。
……目的を見失うでない」
その言葉が、熱暴走を起こしかけていたルシの思考回路に、冷水を浴びせかけるように染み渡った。
俺は深く、長く吐息をつき、ゆっくりと拳を解いた。
泥と血に汚れたその手から、魔石が重苦しい音を立てて転がり落ちる。
「……失礼しました。 ……優先順位を見誤りました」
「分かれば良い。
……者共、回復術士をここへ!
世界樹の『肉体』を繋ぎ合わせるぞ!」
師団長の号令と共に、後方に控えていた数名の白装束の術士たちが駆け寄ってきた。
世界樹ユグドラシルは、単なる魔導演算機ではない。
それは神代より続く巨大な生命体である。
ゆえに、論理の書き換えが効かない物理的な欠損であっても、生物としての治癒というアプローチが可能であった。
術士たちが聖域に手をかざし、柔らかな緑の光が溢れ出す。
傷ついた根の繊維がゆっくりと再生し、引き裂かれた回路が再び生きた神経として結合していく。
その三時間、ルシは一秒たりとも解析眼を解かなかった。
回復術士たちが世界樹の肉体を治癒する傍ら、彼はそのプロセスによって生じる魔力の揺らぎが、リーフの存在記述に悪影響を及ぼさないよう、極細の操作でノイズを除去し続けていた。
そして。
修復の全過程は、王宮の魔導投影機を通じて王国全土へとリアルタイムで中継(配信)されていた。
シグルドが逃走の間際に施した、あまりにも短絡的で、かつ卑劣な世界樹への物理攻撃。
それは、魔導師としての矜持を捨て去り、国家の心臓を人質に取ったも同然の暴挙であった。
投影を見守る国民たちの間には、もはや同情の余地など欠片もなく、独裁者への激しい呪詛と、泥にまみれて戦うルシへの称賛が渦巻いていた。
「……報告は私が済ませておく。 ルシ、君は最後まで彼女の傍にいろ」
師団長は、証拠品となった魔石を厳重な封印箱に収めると、王への最終報告のためにその場を去った。
俺は、再生した世界樹の根にそっと手を触れた。
伝わってくる鼓動は、三日前よりも力強く、正しい。
だが、俺の心には、未だ黒い感情が澱のように溜まっていた。
(……短絡的で、卑劣で、救いようのないクズだ)
自分の地位を守るために、システムの根幹を物理的にハックし、一人の女性の生をゴミとして処理しようとしたシグルド。
俺は、リーフの寝台へと戻りながら、心に固く誓っていた。
このバグの根源を、この世のどこへ逃げようとも必ず追い詰め、完全に抹消してやると。
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