5-2 共鳴:孤高の演算と、介入する多重知性
世界樹ユグドラシルの最深部。
そこは今や、現実世界から切り離された静かなる戦場と化していた。
俺が施した暫定の防壁により、王国を支える魔導インフラは辛うじて安定を取り戻した。
街には灯りが戻り、噴水は高く吹き上がっている。
表面的には、世界は正しく再起動したかのように見えた。
だが、俺の瞳に映る内界の景色は、破滅へのカウントダウンを刻み続けていた。
リーフの存在を消去しようとする掃滅の命令セットが、一時間ごとに、まるで呪いのように再生成される。
俺はその都度、数兆の数式を叩きつけて書き換えを繰り返していたが、それは底の抜けた器に水を注ぎ続けるような、果てしない消耗戦だった。
(……どこだ、どこに見落としがある。 論理層の記述はすべて正常。
掃滅のトリガーとなるフラグもすべて折ったはずだ。
なのに、なぜ……!)
塵も積もれば山となる。
俺の脳裏に、不吉な言葉がよぎる。
今はリーフを救うために不要データの消去そのものを力ずくで止めているが、それは同時に、システム内に本物のゴミを蓄積させ続けていることを意味した。
このままでは遠からず、世界樹の魔力容量は溢れ出し、王国全体を巻き込んで物理的な崩壊を迎えるだろう。
焦燥が俺の思考を侵食し、同じ解析ログを何度も辿る無限ループに陥らせていた。
◆
一方、世界樹の間の重厚な扉の外では、アイリス、メギストス、バナードの三人が、沈痛な面持ちで立ち尽くしていた。
ルシがその部屋に籠り、外界との接触を絶ってから、既に三日が経過している。
扉の隙間から漏れ出す魔力の余波は、彼が限界を超えた演算を続けていることを雄弁に物語っていた。
そこへ、足音を響かせて現れたのは、新宮廷魔導師団長を筆頭とする魔導師たちの集団だった。
「――アイリス殿。 ルシ副団長の様子はどうだ。 まだ、戻らぬのか」
師団長の問いに、アイリスは弱々しく首を振った。
「ええ……。 世界樹の調律にかかりきりですわ。
リーフの存在を……消えゆく彼女の魂を、必死にサルベージしようとしていますの」
「フン、一人で背負い込むとは。 ……やはり、そのあたりはまだ子供だな」
師団長は、皮肉めいた笑みを浮かべつつも、その瞳には強い意志を宿していた。
「我々魔導師団も介入する。 世界樹の調律を手助けさせてもらおう」
「良いのですの?」
アイリスが驚きに目を見開く。
「皆さんも、シグルドに酷使され、魔力も精神も疲弊しきっているはずですわ。
今は休息が必要では……」
「休息だと? 冗談ではない。 我々は『人助け』をしに来たのだ」
ゼノス師団長は背後の団員たちを振り返り、断固たる口調で続けた。
「インフラに一瞬の不具合が出ているのは、シグルドが残した卑劣な『置き土産』がある証拠だ。
奴の残した不具合をこれ以上増やさせぬためにも、我々が動くのは当然の義務だ。
……それに、あの若き英雄を、このまま孤独に朽ちさせるわけにはいかん」
「……感謝しますわ。 お願いします、彼を……ルシとリーフを助けてくださいませ」
アイリスが深く頭を下げると、魔導師団の面々は一斉に杖を掲げた。
多重知性による、世界樹への大規模介入が始まった。
◆
俺は、暗闇の中にいた。
思考は熱を持ち、視界の端々にはバグのような光の飛沫が散っている。
どれほど解析しても異常なしという結果しか出ない。
だが、目の前でリーフの指先は再び透過を始めている。
絶望が彼の指先を止めようとした、その時だった。
「――ルシ宮廷魔導師団副団長! 状況を報告せよ!」
鼓膜を震わせる鋭い声に、ルシはハッと意識を浮上させた。
気づけば、世界樹の間の至る所に魔導師たちが陣取り、各自の魔導端末を展開していた。
中心には、厳然と立つ新師団長の姿。
「……ゼノス師団長? なぜ、ここに……」
「問答は無用だ、報告を! 我々が来たからには、一文字のノイズも見逃しはせん!」
俺は反射的に、魔導師としての習慣に従った。
現状の症状、試みた対処の履歴、一時間ごとのロールバック現象。
報告が終わると同時に、師団員たちがそれぞれの得意分野へと散っていった。
「第一班、基幹魔力回路の整合性を確認! ――問題なし!」
「第三班、履歴ログの全走査開始! 隠しコマンドの有無を調査せよ!」
「第五班、環境変数の異常値を監視! 一秒のズレも許すな!」
各座から次々と上がる、淀みのない報告。
一人の天才による全方位解析ではなく、各分野のスペシャリストによる並列分散処理。
それは、行き詰まっていたルシの思考に、新たな風を吹き込んだ。
師団長が、呆然とするルシの肩を叩く。
「……君は、リーフ殿のサルベージのみに全能力を傾けなさい。
周辺の雑務(インフラ維持)と全域解析は、我々が引き受ける。
……君が信じた『彼女』を、我々も信じてみようではないか」
俺の胸の奥で、冷え切っていた何かが熱を帯びた。
独りではない。
この巨大なシステムと戦っているのは、自分一人ではないのだ。
「……ありがとうございます。 ……助かります!」
俺は再びリーフの元へ駆け寄り、解析眼の出力を、彼女の核だけに集中させた。
周囲で響く魔導師たちの詠唱が、心強い力となって、ルシの思考を再び加速させていった。
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