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5-1 浸食:暴走する掃滅と、暫定の防壁

 静寂に包まれていた世界樹の間が、突如として赤黒い警告の魔力光に染まった。


 俺が解析眼アナライズの焦点をリーフの深層意識コアに合わせていた、その瞬間である。


 世界樹の根幹システムが、恐るべき唸りを上げて再定義を開始したのだ。


「……くっ、このタイミングで掃滅が動き出したか!」


 それは、世界樹がその清浄さを保つために備えている、古の自浄作用。


 不要となった魔力残渣や、参照されなくなった古い記述を消去するための機構だった。


 だが今、その機構は明確な狂気を孕んで暴走を始めていた。


 リーフの指先から、音もなく光の粒子が剥がれ落ちていく。


 物理的な切断ではない。


 彼女という存在そのものを、世界樹が既に不要なゴミと断定し、無に還そうとする、根源的な消去の始まりだった。


 圧倒的に、時間が足りない。


 俺は迷いを捨て、己の魔力回路を限界まで思考を加速させた。


 身を守るための最低限の防御膜さえもリソースとしてかなぐり捨て、全演算能力を調律へと転換する。


「並列展開――独立式、及び自立修復式。 その数、千八百四十四京六千七百四十四兆七千三百七十〇億九千五百五十一万六百十五。……全数、同期実行シンクロナイズ!」


 二の六十四乗マイナス一という、神の領域に等しい天文学的な数の数式が、俺の思考の海から溢れ出し、世界樹の回路へと注ぎ込まれた。


 荒れ狂う掃滅の魔力に対し、俺は力ずくで待機命令をねじ込み、暴走するシステムの足を止める。


 その僅かな停滞の間に、彼は狂った掃除屋の正体――掃滅の魔術式を執拗に解析した。


(……おかしい。

 掃滅の論理構造そのものには、一行の不具合も、不純な改竄も見当たらない。

 ……ならば、なぜだ!?)


 次に俺が目を向けたのは、リーフをはじめとする補助魔術式の権限プロパティだった。


 そして、彼は愕然とする。


 かつて世界樹の守護者として高く設定されていたはずのリーフの存在権限が、あろうことか削除可能な一時データへと格下げされていたのだ。


「ふざけるな……。 シグルド、貴様はどこまで彼女を……!」


 俺は憤怒を押し殺し、即座に修正を打ち込む。


 一時データとして処理されかけているリーフを含むすべての要素を、強引に基幹サブシステムへと再定義し、掃滅の対象から除外した。


 一瞬、リーフの明滅が止まる。


 カクついていた呼吸も安らかになり、彼女の輪郭にわずかな温もりが戻った。


 だが、安息は長くは続かなかった。


 一時間後。


 再びリーフが苦しげに喘ぎ始め、その足元から透過が再開した。


 ルシが驚愕して権限を再確認すると、そこには、書き換えたはずのサブシステムの文字はなく、無機質な一時データの文字が再び刻まれていた。


「……戻された? 俺の書き込みが、拒絶されたのか……!?」


 次に疑ったのは、定期的に起動される管理機能だった。


 魔術式やデータを巡回し、整合性を確認するスキャンプログラム。


 だが、その魔術式も、付随する他の全術式も、表面的には正常そのものだった。


 不正な上書きのログすら残っていない。


 それは、目に見えるバグではない。


 世界の理そのものが、一時間ごとに彼女はゴミであるという偽りの真実を、正解として上書きし続けているのだ。


「……いいだろう。 いたちごっこなら、受けて立つ」


 俺は唇を噛み切り、管理システム自体に一時間ごとに一時データをサブシステムに再修正するという、強引なループを組み込んだ。


 それは、沈みゆく船から必死に水を掻き出すような、あまりに危うい暫定処置。


 根本原因を叩かない限り、この戦いに終わりはない。


 俺の演算能力が尽きるか、リーフが消えるか。


 その残酷なカウントダウンの中で、ルシはさらなる深層へと、その鋭い解析の眼を向けた。

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