表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/133

4-9 残滓:毒された聖域と、零号の胎動

 中庭に立ち込めていた霧が晴れるのと同時に、俺の心臓を凍りつかせたのは、腕の中で希薄になっていくリーフの体温だった。


 彼女の四肢は、まるで古い幻灯機が映し出す像のように激しく明滅し、実体化と透過の境界線で存在の崩壊クラッシュを繰り返している。


「リーフ……! 待ってろ、今、根本的な原因を叩き潰してやる!」


 俺は周囲の喧騒を一切無視し、彼女を横抱きにしたまま、王城の最深部――世界樹ユグドラシルの心臓部へと疾走した。


 アイリス、メギストス、バナードの三人は、沈痛な面持ちでその背を見送ったが、彼らもまた、逃亡したシグルドの血痕を追うべく、騎士団や魔導師団と共に迅速に動き始めた。


 今の俺に必要なのは、誰の助けでもなく、ただ時間と静寂であることを理解していたからだ。


 ◆


 世界樹の間。


 かつては静謐な魔力に満ちていたその空間は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 俺が足を踏み入れた瞬間、虚空の至る所に真っ赤な警告記述エラー・メッセージがノイズと共に吹き荒れ、世界樹全体が悲鳴を上げているのが分かった。


「……何だと? 俺が、あれほど完璧に再構築したはずなのに……!」


 俺はリーフを柔らかい寝台に横たえ、即座に世界樹の制御盤へと手を触れた。


 最初は、シグルドが自分だけに許された裏口を密かに構築し、そこからウイルス的な呪詛を流し込んだ可能性を疑った。


 だが、解析を進めるほどに、その推論は否定される。


 シグルドという男の技術レベルでは、俺の監視を掻い潜るような精密な不正アクセスなど到底不可能だからだ。


 ならば、この異常事態の正体は何だ。


 俺は血眼になってログを遡り、そして一つの戦慄すべき事実に突き当たった。


「――まさか、そういうことかッ!」


 皮肉にも、原因はルシ自身が行った正常化にあった。


 先ほど、シグルドが地下区画で強引に試みた零号機『ネロ』の起動。


 あの時、俺のプロテクトによって起動命令は待機状態ペンディングとして保留されていた。


 しかし、その後、俺が世界樹を完璧に修復し、システムを正常化したことで、皮肉にも正当な管理者ルシが整えたクリーンな回路を通って、眠っていたはずの『ネロの起動要請』が、正規の手続きとして処理され始めてしまったのだ。


 シグルドの失敗という名の爆弾が、俺の成功によって起爆したのである。


「起動シーケンスを中断アボート! 命令セットを破棄しろ!」


 俺は狂ったように指を走らせ、ネロへの魔力供給を遮断し、進行していた起動プロセスを力技で引き剥がした。


 途端に、激しく明滅していたリーフの身体からノイズが引き、彼女の輪郭がわずかに安定を取り戻す。


「……はぁ……、ルシ……?」


 リーフが力なく目を開ける。


 だが、その瞳にはまだ生気が戻りきっていない。


 俺は安堵の溜息を吐く間もなく、再び制御盤へと向き直った。


 起動シーケンスは止めた。


 だが、完全ではない。


 一度目覚めかけたネロの残滓は、依然として世界樹の深層に根を張り、リーフの存在基盤を内側から侵食し続けている。


「……まだだ。 まだ、何かが残っている」


 俺の瞳は、魔導師としての冷徹な執念に燃えていた。


 俺は、自らが愛した世界樹の内部を、細胞の一つ一つを解剖するかのように、再び血眼になってチェックし始めた。


 シグルドが残した最後の毒。


 それを完全に消去しない限り、リーフに明日は来ない。


 王都奪還の歓喜に沸く外の世界とは裏腹に、世界樹の間では、一人の男が最愛の存在を繋ぎ止めるための、孤独で熾烈な再調律作業を続けていた。

 もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!


 皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。

  よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ