表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/127

4-8 対峙:絶対零度の記述と、虚空への逃亡

 王城の中庭。


 かつては美しく整えられていた大理石の広場は、今や張り詰めた魔力の奔流によって、凍てつく処刑場へと変貌していた。


 中心で対峙するのは、すべてを失い狂気に憑りつかれた元団長シグルドと、真実の理を奪還した魔導師ルシ。


「死ねッ! 私を否定する愚か者め、永遠に凍てつくが良い!」


 シグルドが吠える。


 彼は宮廷魔導師団の頂点に君臨した意地を見せるかのように、一切の予唱を省いた極位詠唱破棄を敢行した。


 放たれたのは、絶対零度の冷気を纏った無数の氷槍――『万象凍結(絶対零度アイスランス)』。


 大気中の水分を一瞬で結晶化させ、触れるものすべてを分子レベルで停止させる、一撃必殺の攻性魔導である。


 対するルシは、眉ひとつ動かさなかった。


 彼は詠唱どころか、構えすら見せない。


 ただ静かに、指先をわずかに弾いた。


「……非効率な出力アウトプットだ。 熱力学の基本からやり直せ」


 刹那、ルシの眼前には、シグルドの氷槍を鏡のように映し出す完璧な『絶対零度の論理障壁アイスウォール』が展開された。


 キィィィィィィィンッ!


 と鼓膜を裂くような高音が響く。


 シグルドが心血を注いだ氷槍は、ルシが瞬時に構築した障壁に阻まれ、一本残らず砕け散って石畳の上を虚しく転がり落ちた。


 ルシは障壁を解除する。


 その瞬間に生じた急激な温度差により、中庭には視界を完全に遮るほどの濃密な蒸気――白い霧が立ち込めた。


「……く、くそッ! なぜだ、なぜ当たらん! 私は、私は選ばれた管理者なのだぞ!」


 霧の向こうから、シグルドの理性を失った絶叫が響く。


 だが、その声は次第に遠ざかっていく。


「……覚えていろ、ルシ!

 私はこんな場所で終わる人間ではない。

 ……せいぜい、その『人形』を可愛がってやるがいい。

 ……それがいつまで『存在』していられるかは、私にも分からんがな!」


 卑屈な嘲笑が霧の中に溶け、直後、肉を断つ鈍い音が響いた。


 霧が風に吹かれて霧散したとき、そこにはシグルドの姿はなかった。


 ただ、石畳の上に、生々しく切断された男の左腕だけが、血だまりの中に転がっていた。


 リーフだった。


 視界ゼロの濃霧の中、彼女はシグルドの発する魔力の熱源を正確に捕捉し、不可視の真空斬撃を放っていたのだ。


 シグルドは、致命傷を避けるために左腕を犠牲にし、そのまま座標計算を無視した「強行転移フォース・ジャンプ」を敢行したのだろう。


 血だまりは数メートル先で不自然に途絶えていた。


「逃げたか……。 だが、あの負傷では長くは持つまい」


 ルシが追撃の演算を始めようとした、その時だった。


「ル……ルシ……」


 背後から、震える声が聞こえた。


 聞き慣れた、だが今までにないほどに、かすれたリーフの声。


 ルシが反射的に振り返った瞬間、彼の心臓は凍りついた。


「……っ、リーフ!? 何が……何が起きている!」


 リーフの姿が、激しく明滅していた。


 先ほど、世界樹の深層回路で完璧に修復リファクタリングしたはずの彼女の存在記述が、まるで深刻な接続不良を起こしたかのように、ノイズを撒き散らしながら透けていく。


 実体化と透過を不規則に繰り返すその現象は、先ほどのラグなど比較にならないほどに重篤な、いわば存在定義そのものの崩壊であった。


 シグルドが去り際に残した不気味な言葉が、呪いのようにルシの脳裏を支配する。


 王都を奪還し、全てが終わったはずの祝祭の庭で。


 俺は、腕の中から今にも消え入りそうなリーフを抱きかかえ、己の無力さを噛み締めるしかなかった。

 もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!


 皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。

  よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ