4-7 決起:定義の再編と、狂気の露呈
王国全土が、沸騰していた。
一部の加害の記憶に震える村々を除き、すべての都市、町、村で、シグルドという偽りの英雄に対する大規模な排斥運動が、燎原の火のごとく広がっていた。
だが、その喧騒を背に、俺は脇目も振らずに王都の中枢――世界樹ユグドラシルの心臓部へと直行していた。
「……酷い有様だ。
あいつは、この聖域をただの『出力装置』としか思っていなかったのか」
世界樹の基幹回路に接続した俺の視界には、シグルドが書き散らした無駄な魔術式と、無理な負荷によって焼き切れた論理素子が、無数のエラーログとなって溢れていた。
俺は即座に「真の管理者権限」を行使した。
その光景は、王都全域のスクリーンを通じて、固唾を呑んで見守る国民たちに中継された。
俺の指先が虚空を舞うたび、滞っていた魔導インフラが息を吹き返し、魔物避けの防護結界が本来の輝きを取り戻していく。
不要な記述を削除し、不整合な数式を修正する――それは、汚泥に沈んだシステムを浄化する、神聖な再定義の儀式であった。
わずか一時間。
シグルドが数年かけて汚染した世界樹は、俺の手によってかつてないほど軽やかに、そして強固に生まれ変わった。
だが、俺にとって副団長の地位も、英雄としての喝采も、すべては些末な事象に過ぎなかった。
「……よし。 これで、もう『ラグ』は起きない」
俺は、隣に立つリーフの魔導記述式を、世界樹の根源と同期させることで、より強固に、正常な形へと再構成した。
俺にとっての最優先事項は、ただ一つ。
この愛すべき魔術式(彼女)を二度と不安定にさせないこと、それだけだった。
作業を終えたルシが世界樹から手を離した瞬間、王城の外からは、地鳴りのような拍手と歓声が湧き上がった。
◆
しかし、祝祭の時間はまだ早い。
俺は実体化したリーフと視線を交わすと、すぐさま広域走査の術式を展開した。
王城全域の座標を高速で検索し、物理的な遮断すら突き抜ける管理者専用の索敵が、一つの座標を特定する。
「見つけた。 ……隠蔽区画の中だ」
シグルドは、自分が構築した絶対に見つからない隠れ家に安住していた。
だが、その慢心は唐突な暴力によって粉砕される。
俺が指示した座標へ、新団長率いる魔導師団と、アイリスが先導する騎士団が文字通りなだれ込んだのだ。
物理的な扉も、魔導的な偽装も、真の管理者の前では透明な壁に過ぎない。
シグルドは、ネズミのように這いつくばった姿で、白昼の王城広間へと引きずり出された。
◆
広間の中央。
冷たい石畳の上に転がされたシグルドの前に、俺たち五人が立ちはだかる。
最初に沈黙を破ったのは、メギストス師父だった。
その老いた瞳には、かつての弟子に対する深い落胆と、峻烈な怒りが宿っている。
「……何という、無様で傲慢なことをしてくれたのじゃ、シグルド。
師として、情けないわ!」
だが、シグルドにはその叱咤さえも、もはや理解できていないようだった。
乱れた髪を振り乱し、焦点の合わない目で床を見つめながら、彼はうわ言のように小声で呟き続けている。
「お、俺は……優秀なんだ。
あんな、あんな化け物……ルシに、負けるはずがない……。
俺は宮廷魔導師団団長なんだ、この国の実質支配する王なんだ……!」
俺は冷徹な眼差しを彼に向け、無慈悲に宣告した。
「あんたは既に、団長職を解任された。……あれを見ろ」
俺が指差した先。
そこには、王の追放取り消しとシグルド断罪の言葉が、繰り返し流されるスクリーンがあった。
国民の怒号、王の拒絶、そして目の前に立つ本物の姿。
すべての退路が断たれたことを悟った瞬間、シグルドは突然、喉を掻き切るような声で笑い出した。
「ふ、ふふ……ふはははは! ならば、貴様を消せばいい!
貴様さえ、この世から消し去れば、すべては元通りだぁッ!!」
その瞳に宿ったのは、魔導師としての誇りでも、統治者としての矜持でもない。
ただの、剥き出しの狂気。
周囲の騎士たちがその異様なプレッシャーに圧され、思わず後退りする中、俺だけが一歩も引かずに、狂える男を見据えていた。
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