4-5 瓦解:自白の残響(エコー)と、王権の再定義
王都ユグドラシルの全域に、その声は響き渡っていた。
地下の隠蔽区画に閉じこもり、己が保身のために漏らしたシグルドの独白。
シグルドが地下倉庫へ向かう前に彼が吐いたその言葉は、ルシが仕掛けた「全域傍受・同時投影」の術式によって、一切のノイズなく全国内へとリアルタイムで中継されていたのである。
『……落ち着け。 まだだ、まだ終わっていない。
不幸中の幸いか、前団長を消したのが私だという『確定的な証拠』までは出ていないはずだ』
魔導端末を通じて、広場、酒場、そして王城の謁見の間に至るまで、シグルドの震える声がリピートされる。
『ログはすべて消去した……証拠さえなければ、私はまだ……』
その自白が途絶えた瞬間、王都を支配したのは、あまりに深く、冷たい沈黙だった。
シグルド本人は、自分の呟きが非公開なものだと信じて疑っていなかった。
だが、ルシという設計者が用意した真実の道の前では、地下の防音壁も、隠蔽用の魔導障壁も、何の意味もなさなかったのだ。
「――聞いたか、今の言葉を」
魔導師団の管制室で、副団長が吐き捨てるように言った。
シグルドが自らの口で認めた、前団長の殺害と証拠隠滅。
それは、彼をこれまで支え、甘い汁を吸ってきた共犯者たちにとっても、逃げ場のない詰み(チェックメイト)の宣告となった。
◆
シグルドの前団長不審死工作に手を貸していた協力者たちは、即座に保身へと走った。
このまま全土に犯罪を公開された男と心中するほど、彼らは忠義に厚くはない。
自白のログが流れた数分後には、かつての部下たちが証拠品(物理的な汚染記述の断片)を携え、魔導師団副団長の元へと雪崩れ込んでいた。
「司法取引を願い出る! すべてはシグルドに脅されてやったことだ!」
「前団長の薬物に混入した禁忌の魔毒、その調合記録のバックアップだ。
これさえあれば、彼の罪は確定する!」
次々と明るみに出る、シグルドが抹消したはずの罪の履歴。
確たる物的証拠と証言を手中に収めたゼノス副団長は、即座に騎士団長と合流し、重厚な鉄の扉を押し開けて王の間へと歩を進めた。
◆
王座に鎮座する老王は、全域放送から流れた、シグルドの生々しい呟きを聴き終えると、深い溜息と共に玉座の肘掛けを叩いた。
「シグルドめ……化けの皮がついに剥がれたか。 我が眼が、これほどまでに曇っていたとは」
王の言葉は、冷徹な断罪へと変わる。
「魔導師団副団長ゼノス=ヴァン=ブライトよ。
貴殿を本日付で団長に昇格させる。
騎士団長と共に、直ちに逆賊シグルドを捕らえ、法の裁きを受けさせよ。
……奴に、これ以上のいいわけを許してはならぬ」
「はっ、御意に」
「承知いたしました。 地下区画を完全封鎖し、身柄を確保いたします」
両名が深く頭を下げ、王の間を後にする。
王はさらに、傍らに控える側近たちへ、簒奪者によって歪められた国家の基幹定義の書き換えを命じた。
「同時に、魔導師ルシの名誉を直ちに回復せよ。
国外追放という不当な処罰を取り消し、彼に『王宮魔導師団副団長』としての正当な任を与える。
これは全土への緊急一斉配信だ。
……今、この瞬間からだ」
「ははっ!」
側近たちは臣下の礼を執ると、王都の公式記述を正しき形へと再構成すべく、慌ただしく準備に取り掛かった。
まもなく、王都の空にはシグルドの確定した罪状を糾弾する公電が舞い、それと対照的に、救世主ルシの帰還を希求する王の名誉回復宣言が、黄金の文字となって踊り始めた。
シグルドという致命的なバグが組織から切り離され、王都というシステムがようやく、正常な動作を取り戻そうとしていた。
だが、追い詰められたシグルドが、最後にどのような暴走を見せるか。
その決着をつけるために、ルシたちは今、荒野を短距離転移で駆け抜けていた。
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