4-4 死闘:壊壊する荒野(デストラクション)と、不屈の再起動
連続する「短距離跳躍」の衝撃が収まった直後、視界に飛び込んできたのは、地平線を黒く塗り潰す絶望の奔流だった。
かつてアイリスが仲間を失った東の荒野。
そこは今、理の乱れによって生じた魔物・魔獣の大氾濫の渦中にあった。
「……っ、ああ……あああ……!」
アイリスの喉から、震える悲鳴が漏れた。
水平線を埋め尽くさんばかりの異形の群れ。
その咆哮が空気を震わせるたび、彼女の脳裏には、自分を庇って肉塊へと変じ、泥にまみれた戦友たちの末路が鮮明な残滓となって蘇る。
膝がガクガクと震え、握りしめた剣の重さが、まるで世界の重圧そのものであるかのように彼女を苛んだ。
俺は、そのスタンピードの発生源を瞬時に見抜いた。
(……シグルドの的外れな世界樹の眼の余波か。
あるいは、野に打ち捨てられた特務隊の骸が放つ怨嗟の魔力が、捕食者共を呼び寄せたのか)
原因が何であれ、このスタンピードは一刻も早く消し去らないといけない。
俺は静かに天へと指を差し向けた。
「……理の記述を書き換える。
空よ、怒りの雷を『全域指定』で実行せよ」
俺が指先を地面へと振りかざした刹那、天が割れた。
神話の雷撃に匹敵する極大の雷光が、何百、何千という条となって荒野に降り注ぐ。
それは精密な自動追尾の如く、魔物の心臓部のみを正確に穿ち、一瞬にして数千の命を塵へと還した。
広域殲滅魔導――その膨大な魔力リソースの再充填のため、ルシの動きが一時的に止まる。
だが、その隙を埋めるのは、伝説の二名だった。
「ルシよ、老兵の予唱を侮るなよ」
メギストス師父が、俺の発動と同時に構築していた二重詠唱を解き放つ。
ルシの雷撃を免れた残党たちが、師父の放つ氷結の嵐によって、叫ぶ暇もなく結晶へと変じ、砕け散っていく。
同時に、最前線では拳聖バナードが吠えた。
「理屈はいらん! 拳を振るえば、空間ごと叩き割れるだけだ!」
バナードが拳を一つ繰り出すたび、大気が物理的に爆ぜ、衝撃波が魔物の肉体を、そして大地そのものをクレーターへと変えていく。
まさに、錆びつくことのない最強の武。
しかし、戦火のただ中で、アイリスだけが動けずにいた。
恐怖の記憶が彼女の精神を縛り、再起動を拒んでいる。
ルシは、彼女の傷口に触れるような行為だと自覚しながらも、あえて容赦のない檄を飛ばした。
「アイリス! 目を逸らすな!
君を信じて散った戦友達が、そして今も王都の門前で飢えている生き残りたちが、君の背中を待っているんだろう!?
こんな掃き溜めのような場所で、君は終えるつもりか!」
「……っ!?」
ハッとしたアイリスの視界が、涙を突き抜けて鮮明になった。
その時、一匹の凶悪な魔獣が、ルシを庇いながら後衛を守っていたリーフへと牙を剥こうとしていた。
「――させるものですかッ!!」
アイリスの叫びが荒野を裂いた。
トラウマという名の枷を、彼女の誇りが叩き斬った瞬間だった。
一閃。
抜刀の速度は、かつての特務隊精鋭としてのそれを遥かに凌駕していた。
リーフを襲おうとした魔獣の巨体が、一瞬にして左右に分かたれ、血飛沫を上げて倒れ伏す。
「……あなたの言う通りですわ、ルシ。
私は、こんな所で立ち止まるわけにはいかないの……!
私が彼らの証となり、この悪夢を終わらせますわ!」
再充填が明けた俺が、再び指を鳴らす。
第二波、第三波の雷撃。
そして、覚醒したアイリスの鋭い剣筋。
数分前まで地平線を覆っていたスタンピードは、もはや組織的な群れを成すことすらできず、散り散りになって荒野の闇へと逃げ去っていった。
静寂が戻った戦場。
俺は、乱れた呼吸を整えるアイリスの隣に歩み寄った。
「……アイリス。 リーフを助けてくれて、ありがとう」
「いいえ。 私は、私にできることをしただけですわ。 礼なんて要らないですわ」
アイリスは剣を鞘に収めると、王都の方角を見据えた。
その瞳からは、もはや迷いは消え去っていた。
「それより、先を急ぎましょう。 ……皆が、待っていますことよ!」
「ああ。 そうだな。 ……王都へ行こう」
俺は再び空間の記述を紡ぎ始める。
荒野の死闘を経て、五人の結束はより強固な絆へと昇華された。
次の跳躍の先にあるのは、崩壊を待つばかりの「諸悪の根源」――王都であった。
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