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3-8 真実:断たれた忠誠と、琥珀色の誓い

 深夜の銀鱗の港エリュシオン。


 昼間の喧騒が嘘のように静まり返った酒場『潮風亭』の片隅で、五人の男女が琥珀色の灯火を囲んでいた。


 表の暖簾を下ろし、一日の営業を終えた後の静寂。


 しかし、店内に漂う空気は、外の潮風よりも遥かに重く、緊迫していた。


 アイリス=ローゼンフェルトが、絞り出すような声で「真実を、もう一度聞かせてほしい」と願ったからだ。


 俺は、ゆっくりと蜂蜜酒ミードの杯を置き、語り始めた。


 それは、五歳の幼き日に魔導の片鱗を見出し、世界樹ユグドラシルという巨大な理の心臓に触れた始まりの時から。


 五年間、暗い回廊でポーションを煽りながら、たった一人で世界の崩壊を食い止め続けてきた孤独な戦い。


 そして、その献身をすべて、不具合として着せられ、シグルドによって泥を塗られたまま追放された末路まで。


 話がリーフの正体――世界樹から分かたれた高次記述体エイドスとしての真実に及んだ時、アイリスの瞳は驚愕に大きく見開かれた。


「……そんな、あり得ないですわ。 世界樹の化身が、このような酒場に……」


 当のリーフは、どこ吹く風でアイリスの杯に酒を継ぎ足した。


「この町ではただの看板娘ってことになっているから、あんまり変な顔で見ないでよね。

 外で吹聴するのも禁止。 約束よ?」


 悪戯っぽくウインクを投げるリーフの姿は、あまりに人間味に溢れており、それがかえってアイリスに王都が秘匿していた情報の欠落を痛感させた。


 俺が全ての語りを終えた後、酒場には長い沈黙が降りた。


 メギストスとバナードは、かつての弟子の過酷な歩みを改めて噛みしめるように目を閉じ、アイリスはただ、机の上に落ちた自身の影を見つめていた。


 その沈黙を切り裂いたのは、アイリスの胸元で激しく明滅した特務部隊専用の魔導通信石だった。


 通信の主は、王都へ負傷者を連れて引き返したはずの師団の半数、その代表者であった。


「……アイリス、聞こえるか……? 俺たちだ……」


 石から漏れ聞こえる声は、死の間際にある者のように掠れ、絶望に震えていた。


 語られたのは、王都の城門前で受けた非道な仕打ち。


 シグルドが自分たちを無能な大罪人の加担者として貶め、近隣の村々にまで援助を禁じる布告を出したこと。


 そして、手当も受けられず、戦友たちが道端で家畜のように死んでいっているという惨状。


 アイリスは最初、あまりの衝撃に呆然としていた。


 だが、通信が途切れる頃には、彼女の白い頬は激しい憤怒で赤く染まり、肩は小刻みに震えていた。


「……あの男は……シグルドは……!」


 言葉にならない嗚咽のような叫びが、彼女の喉を突く。


 落ち着いた声で詳細を尋ねるメギストスの問いに、アイリスは震える手でミードを煽り、無理やり感情を押し殺して事の顛末を話し始めた。


 俺が語った組織の腐敗という真実。


 そして、今まさに戦友たちが味わっているシグルドによる切り捨てという現実。


 アイリスの中で、バラバラだったパズルが完成し、一つの巨大な真実が形を成した。


「……申し訳、ありませんでしたの……っ」


 アイリスは立ち上がり、俺に向かって深く、深く頭を下げた。


 騎士としての誇りが、自身の無知を、そして無実の者に剣を向けた非礼を、これ以上許さなかった。


「貴方を『大罪人』と断じた私こそが、真の罪人に他なりませんわ。

 シグルドの独善を見抜けず、仲間を死なせ、救世主である貴方を追ったのですわ……」


 俺は静かに彼女を見つめ、短く吐息を漏らした。


「……頭を上げて。 君もまた、シグルド達の犠牲者だ。

 ……アイリス、君の師団の生き残りたちが今いる座標はわかるかい?

 もし望むなら、俺の転移術式で、君を彼らのもとへ送ろう。

 今すぐなら、まだ救える命があるはずだ」


 俺の提案は慈悲に満ちていた。


 しかし、アイリスの思考はそこで膠着した。


 合流するには、あの忌まわしき荒野を再び越え、あるいは王都の包囲網を突破しなければならない。


 今のボロボロの身体で、何ができる?


 戻ったところで、またシグルドの術中に嵌り、犬死にするだけではないのか?


 アイリスは唇を血が滲むほど噛み締め、顔を上げた。


 その瞳には、かつての盲目的な忠誠ではなく、自らの意志で選んだ戦いの光が宿っていた。


「……いえ。 今の私が行っても、彼らを本当の意味で救うことはできないのですわ。

 ルシ、貴方と共に居させてほしいのですわ。

 王都を、あの腐りきった性根を、根底から書き直すまで……私は貴方の剣となり、この目で真実の結末を見届けたいのです」


 アイリスは真っ直ぐに俺を見据えた。


「しばらくは、この『潮風亭』で働かせて欲しいのです。

 看板娘の見習いでも何でも構いませんわ。

 ……それを支える力が、私には必要なのですわ。

 貴方たちが遺跡で行おうとしている『世界の調律』……それを支える力が、私には必要なのです」


 思わぬ申し出に、リーフは「あら、人手不足だったから大歓迎よ!」と快活に笑い、メギストスとバナードも、若き騎士の決意を静かに受け入れた。


 俺だけは、窓の外の夜の海をじっと見つめ、何やら深い思索に沈んでいた。


 特務師団の反乱、魔導師団の離反、そしてアイリスの合流。


 彼が想定していた最適解が、少しずつ、だが確実に揃いつつあった。

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