14-6 神殺し(旧き記述のデリート)
全世界からのYesという承認の奔流が、俺の右腕に集束し、惑星を震わせるほどの黄金の輝きを放っている。
世界樹ユグドラシルの根幹は塗り替えられ、新しい理が隅々まで行き渡ろうとしていた。
だが、その光り輝く新世界の入り口に、最後にして最大の拒絶が立ちふさがる。
「……愚かな。 これほどまでの奇跡を積み上げながら、貴様は未だ理解せぬか」
霧散したはずの『旧き理の化身』が、砕け散った残滓をかき集め、どす黒い執念の塊となって再構成されていく。
それはもはや神の威厳など微塵もない、ただ支配を失うことを恐れる旧きシステムの断末魔だった。
「神なき世界など、ただの混沌だ!
意志を持つ者たちが交われば、そこには必ず衝突が生まれ、憎しみが生じ、やがて自滅を招く!
私の管理という名の慈悲こそが、この星を繋ぎ止める唯一の鎖だったのだ!!」
化身が叫ぶたび、空間には黒いノイズが走り、俺たちが繋いだ黄金の回路を侵食しようとする。
それは数千年の間、この星を縛り付けてきた絶望的なまでの確信だ。
だが、俺の心は一ミリも揺らがなかった。
俺の視界には、いまや絶望など映っていない。
ただ、共に並び立つ六人の仲間たちの姿だけが、眩しいほど鮮明に見えていた。
「混沌、上等じゃないか」
俺は静かに、けれど化身の叫びをかき消すほどの確かな声で告げた。
「衝突があるからこそ、話し合う必要がある。
憎しみが生まれるからこそ、許し合う価値がある。
神様が用意したあつらえ向きの平和なんて、もう誰も望んでいないんだ」
俺の呼びかけに応えるように、仲間たちが一歩、俺の隣へ踏み出してきた。
「ルシ。
お主の言う『不自由な自由』とやら、年寄りには少し荷が重いが……それを見届けずに死ぬわけにはいかんからな」
メギストス師父が、老体に鞭打ち、全知を込めた杖を掲げる。
「混沌が来ようが嵐が来ようが、俺の剣はお前たちの道を切り拓くためにある。
……行くぞ、ルシ!」
バナード師匠が、折れた大剣の先から凄まじい闘気を噴き上げ、俺の肩を叩く。
「貴方が信じた世界を、私も信じますわ。……王国の騎士として、人として。
この一撃に、私のすべてを乗せますわ!」
アイリスが聖剣を真っ直ぐに構え、その白銀の刀身に王国の祈りを宿す。
「ボクも一緒だよ、ルシ兄ちゃん!
未来が怖いなら、ボクたちがもっともっと強くなればいいだけだもんね!」
ネロが小さな拳を握りしめ、その全身から溢れ出す無垢な魔力を俺の回路へと叩き込んできた。
「お兄さま、見ていてください。私たちが手を取り合えば、どんな暗闇だって照らせるんです……!」
エルフィが慈愛の光を放ち、俺たちの魔力を一つに束ねるための、清らかな「和」の術式を編み上げる。
そして。
「……さあ、終わらせましょう、ルシ。 私たちの、新しい誕生日のために」
リーフが俺の手を強く握り、彼女の中に眠る世界樹の権限と、人としての心の熱を最大出力で俺に託してくれた。
七人の魂が、俺という一点を介して完全に同期する。
それはかつて特権階級と呼ばれた連中が独占していた力ではなく、共に歩むことを誓った俺たちが生み出した、唯一無二の共鳴。
「これで……消えろ。 神という名の、古びた呪縛ッ!!」
俺の右腕から、七色の閃光を帯びた絶滅にして新生の一撃が放たれた。
メギストスの智、バナードの剛、アイリスの誇り、ネロの希望、エルフィの優しさ、リーフの愛。
そして俺が世界から集めた生への承認。
そのすべてが凝縮された黄金の光柱が、化身の核(旧き記述)を真正面から貫いた。
「な……な……あああああああああッ!! 私は……管理を……正しい絶望を……ッ!!」
化身の呪詛は、俺たちの温もりを帯びた光に飲み込まれ、かき消されていく。
神の権威を象徴していた黒い記述が、俺の放つ純粋なエネルギーによって一文字残らず消去されていく。
それは、世界を支配していた管理者という概念の完全な消滅。
一方的な命令を下し、生命を選別し、未来を固定していた特権的なシステムが、ついにこの星から完全に排除された瞬間だった。
眩い閃光がエリュシオンの空を焼き尽くし、やがて静寂が訪れる。
空を覆っていた重苦しい闇の雲は晴れ、そこには見たこともないほど澄み渡った、満天の星空が広がっていた。
世界樹ユグドラシルは、もはや光り輝く巨塔ではなく、ただの巨大な、けれどどこか慈愛に満ちた一本の樹として、静かに大地に根を下ろしている。
神殺しは成った。
俺の背中の翼が、ゆっくりと光の粒子となって溶けていく。
俺は、震える手で隣にいたリーフの肩を抱き寄せ、そして俺を支えてくれた仲間たちの顔を一人ずつ見つめた。
誰もが限界を超え、満身創痍だったが、その表情には、神に与えられた安らぎなどより遥かに美しい、自らの力で生き残った者だけが持つ誇り高い輝きがあった。
「……勝ったんだな。 俺たちは」
俺の呟きに、誰かが深く頷き、誰かが涙を流し、誰かが声を上げて笑った。
世界から神という名の絶対的な脅威は消えた。
だが、これで全てが解決したわけじゃない。
明日、何が起きるかは誰にもわからない。
争いが起きるかもしれない。
新たな壁が立ちふさがるかもしれない。
けれど、この星の誰もが、自分の意志で悩み、自分の足で一歩を踏み出す権利を手に入れたんだ。
黄金の光が降り注ぐ新世界の夜明け。
俺と六人の仲間たちは、神なき空の下で、自分たちがこれから描いていく「新しい歴史」の続きへと、次の一歩を踏み出した。
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