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2-2 弟子入り:理の継承、あるいは異分子の混入

「……弟子、ですか? 一体、それは何の仕事をするんですか?」


 俺の問いに、老魔導師メギストスは深く刻まれた目尻の皺をさらに深め、穏やかに笑った。


 その瞳には、救い主としての慈愛と、未知の現象に対する研究者としての鋭い光が同居している。


「魔導師という職業を聞いたことはないかの?

 儂らは、その魔導師じゃ。

 ……主たち平民には、『魔法使い』と言った方が、通りが良いかもしれぬな」


「僕が……魔法使いに?」


 その言葉の響きは、空腹と寒さに震えていた五歳の俺にとって、あまりに現実離れしていた。


 だが、その夢想を切り裂くように、傍らに控えていた少年が冷ややかな声を投げかける。


「師父、私は反対です。

 このような出所も知れぬ、気味の悪い平民の子供を弟子にするなど。

 魔導の血筋も、素養の証明すら持たぬ者に、我らファーレンの奥義を汚させるおつもりですか」


 シグルド。


 彼の言葉には、特権階級としての矜持と、俺という異物への生理的な嫌悪が混ざっていた。


 メギストスはそんな愛弟子の反論を、楽しげにいなす。


「ほう。

 シグルドよ、主はこの稚い子供に追い越されるかもしれぬと、そう危惧しておるのか?」


「なっ……そんなことはありません!」


 シグルドは一瞬、図星を指されたように言葉に詰まった。


 白皙の頬が屈辱で赤く染まる。


 その反応こそが、彼がルシの内に潜む底知れぬ何かを本能的に察知している証拠だった。


「ならばよかろう。

 兄弟子として弟弟子の面倒を見るのも、また立派な修行の内じゃ。

 自分が習得した術を他人に教えることは、己の理解を深める調律作業にも似ておる。

 ……シグルド、主がルシに基本を叩き込むのじゃ」


「……ぐっ、わかりました。

 魔術の基礎だけでなく、王都の貴族としての最低限の作法も、この泥まみれの体に叩き込んで差し上げます」


 シグルドは諦めたように、けれど憎々しげに俺を一瞥した。


「ふむ、それは良いな。 では午前中はシグルドがルシの面倒を見よ。

 午後からはルシ、汝の体を詳しく調べさせてもらうぞ。

 ……世界樹との同期が、お主の肉体の設計図をどう書き換えたのか、突き止めねばならん」


「はい、お願いします……」


 俺は促されるまま、深々と首を垂れた。


 メギストスは満足げに頷き、正式に宣言する。


「これからは儂のことは『師父』と呼びなさい。

 この少年は主の『兄弟子』だ。良いな?」


「はい……。師父、……兄弟子」


「よし。

 では、この場を撤収して、北にある険しい山脈の麓へ向かうとするかの。

 岩壁を穿った儂の隠れ家がある。

 シグルド、道中ルシの世話を怠るなよ」


「はっ。 承知いたしました。

 ……おい、ルシ。 こっちに来い。

 まずはその薄汚いボロ布をどうにかしないとな。

 ファーレンの名を汚されてはたまらん」


 シグルドはそう吐き捨てると、俺の前に立ち、優雅に指先を動かした。


「『清浄なる風よ、不浄を排せ(クリーン)』」


 彼が紡いだ短い詠唱と共に、柔らかな光の渦が俺を包み込んだ。


 瞬時にして泥汚れや体臭が消え去り、肌が磨かれたように清潔になる。


 生活魔法『クリーン』。


 シグルドは慣れた手つきで、予備の小さなローブを俺に着せ、その上から仕立ての良いトーガを被せた。


「杖は、私のお古で我慢しろ。 ……ルシ、これを使え」


 渡されたのは、長年使い込まれた短い木製の杖だった。


 先端には小さな魔石が埋め込まれている。


 俺はその杖を握り、先ほどシグルドが見せた魔法の実行プロセスを脳内で反芻した。


 シグルドの詠唱。


 それは冗長な手続きに見えた。


 俺の視界には、彼が干渉した大気の魔力の流れが、一本の簡潔な記述として浮かび上がっている。


 ――これなら、わざわざ声を出す必要なんてない。


 俺は無意識に、杖の先端に意識を集中させた。


 詠唱という名の魔術式入力を全てバイパスし、結果だけを世界に要求する。


(実行――クリーン)


 瞬間。


 天幕の中に、シグルドが放ったものよりも遥かに高密度で、透き通った洗浄の波動が吹き荒れた。


 塵一つ残さない完璧なまでの清浄。


 それを俺は、一言の発声もなしに行ってみせたのだ。


「……なっ!? ば、馬鹿な……! 無詠唱だと!?」


 兄弟子シグルドの顔が驚愕で歪み、息が止まる。


 一方で、師父メギストスは、まるで掘り出し物の宝物を見つけた子供のような、無邪気で恐ろしいほどの好奇心をその瞳に宿した。


「ほう……!

 主、教えもせぬうちに『無詠唱ショートカット』を使いおったか。

 ……ククッ、これは想像以上に面白いことになりそうじゃ」


 師父の笑い声が天幕に響く。


 だが、隣に立つシグルドの拳は、白くなるほどに強く握りしめられていた。


 彼が何年もかけて習熟した常識が、出会って数分の、字も読めぬはずの子供によって一瞬で否定されたのだ。


 これが、のちに修復不可能となる兄弟子との深い溝――決定的な致命傷の始まりであることを、五歳の俺はまだ知る由もなかった。

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