表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/32

2-1 師匠・シグルドと対面:世界は不協和に満ちている

 魔導師として再定義された直後、俺の意識は深い闇へと沈んだ。


 次に目を覚ましたとき、どれほどの時間が経過していたのだろうか。


 まぶたの裏側を焼くような白光が収まり、ようやく視界が焦点を結んだ。


 そこは、禁忌の森の湿った地面ではなく、天幕テントの天井だった。


「……う、あ……っ」


 身を起こそうとした瞬間、脳髄を直接針で刺されるような激痛が走った。


 目覚めたばかりの脳に、かつては聞こえなかった世界の不協和音がなだれ込んでくる。


 風が空気を震わせる音、焚き火の爆ぜる音、土の下で蠢く虫の気配……それらすべてが 純粋な音ではなく、処理しきれない膨大な非構造化データとして俺の聴覚を蹂躙した。


「あああッ! 頭が、頭が割れそうだ……!」


 とっさに両手で耳を塞いだが、その不快なノイズは鼓膜ではなく、脳内の術式階層から直接響いてくる。


 止まるはずがなかった。


 パニックに陥りかけたその時、誰かの温かな手が、そっと俺の頭に触れた。


 ――静止ミュート


 嘘のように、脳内をかき乱していたノイズが凪いだ。


 嵐のあとの静寂のような穏やかさに息を整え、俺はゆっくりと顔を上げた。


 そこには、慈悲深い眼差しを向ける一人の老人と、その背後で腕を組み、冷徹な観察者の目で俺を見下ろす一人の少年がいた。


「……あなた様は、一体。 ……僕は、どうなったんですか」


「自己紹介がまだじゃったな。 儂はメギストス=ファーレン。

 王都から調査に来た魔導師じゃ。 そしてこちらにいるのは、儂の弟子でシグルド=アイズベルク。

 ……主、名はなんと申す?」


「……ルシ、です。 ……お貴族様」


 この世界で苗字を持つのは貴族だけだ。


 名無しの平民である俺は、本能的に萎縮してそう答えた。


 だが、メギストスは穏やかに首を振る。


「貴族かどうかは気にするでない。 それよりも……何故、あんな禁忌の場所に一人でいた?」


「……食べ物が無いからと、森に捨てられました。 口減らし、だそうです。

 そのまま森を進んだら、地表に巨大な宝石があったので、綺麗だと思って、つい触れてしまいました」


 俺の告白を聞いて、メギストスは「なるほどの」と痛ましげに呟いた。


 一方で、少年のシグルドは鼻で笑うように吐き捨てた。


「ふん、口減らしか。 無知な平民の子供が、世界樹の端末に指を突っ込んだというわけか」


 シグルドの向ける視線は、憐れみのようでいて、その実、自分たちの領域を汚されたことへの不快感が混じっていた。


「ルシよ。 主が倒れてから、既に三日が経過しておる。

 ……先ほど、世界の不協和音が聞こえると言っておったが、それ以外に何か変わったことはないかの?」


「……何だか、僕が僕じゃなくなった感じがします。

 上手く言えませんが、世界が前とは違って見えるんです」


「ほう。 どのようにじゃ?」


「人や物に……見たこともない文字が、複雑に絡まって見えます。

 あのシグルドの周りにも、貴族様の周りにも、変な文字が浮いていて……」


 メギストスは眼を細め、懐から一冊の本を取り出した。


 古びた、重厚な装飾が施された魔導書グリモワールだ。


「それは、こんな字かの?」


 彼が指し示したページには、魔法の構成式――魔術文字が記されていた。


「……はい。

 その本の表紙や中に書かれているのと似たような、不思議な形をした字が見えます」


「ほう、それは興味深いな。

 世界の『記述』が肉眼で見えておるというわけか……」


 メギストスが何事かを考察しようとした、その時。


 天幕の外から、聞き覚えのある嫌な声が響いてきた。


「ルシは目が覚めたのですか! ならば返していただきたい!」


 現れたのは、俺を森に捨てた叔父を筆頭とした、村の大人たちだった。


 村長までもが同行している。


 彼らは俺が「生きて見つかった」と聞き、何らかの利権、あるいは再び無償の労働力として回収しにきたのだろう。


「ほう。

 口減らしに捨てた子供を、もう一度捨てるために引き取るのか?

 それとも、また無償で村に奉仕させる気かの?」


 メギストスの冷徹な問いに、村長たちは言葉に詰まった。


「そ、それは……村の決まりでして」


「残念ながら、それは叶わぬ。

 この子供は、禁忌の森で不治の病に侵された。

 放っておけば、村中に感染するかもしれんぞ」


 メギストスが嘘をついた。


 隣でシグルドが何か言いたげに眉を寄せたが、老魔導師の鋭い一瞥に黙り込む。


「ひっ、疫病(えきびょう)!? そんな疫病神やくびょうがみ、村には必要ありません!」


「ならば、儂らが引き取っても問題ないな?」


「はい! もちろん! おい、帰るぞ! 病気をうつされてはかなわん!」


 叔父は「はひっ」と情けない声を上げ、大人たちは脱兎のごとく、逃げるようにその場を去っていった。


 彼らが去った後、メギストスは再び俺の方を向き、真剣な顔で告げた。


「さて、ルシ。 主が不治の病に侵されているというのは、半分は本当だ。

 もっとも、他人にうつるような類のものではないがな」


「……どんな病気、なんですか? 僕は、死ぬんですか?」


「世界樹ユグドラシルは分かるか?

 この国、いや、この世界の理を司る、なくてはならない基盤じゃ。

 ……主は、その世界樹の核と半分繋がってしまった。

 いわば生きた根っこになった訳じゃな」


「……どうすれば、治りますか?」


 不安で震える俺に、メギストスは静かに、けれど力強く答えた。


「それは儂にも分からん。

 これから詳しく調べてみなければな。

 ……そこで提案があるのじゃが、ルシ。

 主、儂の弟子にならぬか?」


 その言葉は、俺の……ルシ=ファーレンの運命を、根本から書き換える決定的な一言だった。

 もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!


 皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。

  よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ