表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/30

2-0 発現:特異点の同期と、魂の初期化

 意識の底に沈殿している、最古の記憶を紐解く。


 そこにあるのは、冷遇された親戚への恨みでも、物心つく前に亡くした両親への思慕でもない。


 視界を焼き尽くす白と、神経を凍りつかせた青の閃光。


 そして、それまでの人生という名の短き記録が、一瞬で上書きされていく剥き出しの絶望だ。


 五歳の俺にとって、世界はまだ、触れれば壊れてしまうほどに曖昧な、色の付いた画用紙のようなものだった。


 村の境界。


 大人たちが神の依り代と呼び、決して近づいてはならないと禁じていた場所。


 口減らしのために、追放同然に置き去りにされた禁忌の森。


 そこには、地表に露出した世界樹ユグドラシルの枝――端末コンソールが、脈動する巨大な宝石のように鎮座していた。


 幼い好奇心か、あるいは避けられぬ運命の引力か。


 俺は、その深淵へと足を踏み入れた。


 静寂が重く圧し掛かる森の奥。


 地を這う銀色の根が、まるで血管のように脈打っている。


 その中心で、淡いサファイア色の光を放つ結晶体が、世界そのものを支える重厚な低音を響かせていた。


「きれいだ……」


 伸ばした指先。


 それが冷たい結晶の表面に微かに触れた、その瞬間――。


 ――ッ!?


 絶叫すら、喉を通る前に魔力の不協和音へと変換された。


 五歳の子供の未発達な神経系に、世界樹が保持する全事象・生のデータが直接、並列で流し込まれたのだ。


 それは情報の洪水という生易しいものではなかった。


 村の土壌に含まれる養分比率、明日の昼過ぎに降る雨の確率、南から吹く気流が木の葉を揺らす角度の演算式、そして――いまこの瞬間、大陸の裏側で死にゆく命が撒き散らす、絶望という名の波形データ。


 それらは現象ではなく、冷徹な数式と論理の羅列として、俺の脳を蹂躙した。


『……適合マッチング……開始。 個体識別:ルシ。

 これより……全記述の同期フルシンクロを実行します……』


 頭蓋の内で、自分のものではない無機質な意思が響く。


 五歳の俺の体は、世界樹という巨大な演算系の末端端末として、強制的に再定義されていく。


 血管を流れるのは血液ではなく、高純度の魔力流マナ・ストリーム


 心臓の鼓動は、一秒間に数億の演算を刻むクロック周波数へと変質していく。


 自我が、底なしの情報の海に飲み込まれていく。


 僕という存在が、世界を維持するための膨大な定数の中に埋没し、消えていく。


 昨日まで大好きだった花の匂いも、微かに覚えていた母の手の温もりも、すべては再現性の低い不要なノイズとしてパージされていく。


 意識が、白く塗り潰される。


 このまま同期が完了すれば、俺は肉体を持ったまま、ただの演算器として世界樹の一部になり、永遠にその場に固定されるはずだった。


 ――だめだ。


 ――ぼくが、きえちゃう。


 五歳の俺の、最後のか細い生存本能が、真っ白な世界で無音の叫びを上げた。


 その瞬間だった。


「――馬鹿なッ! 人間の子供が、端末と直結ダイレクト・リンクしているだと!?」


 ノイズにまみれた視界の端。


 地獄の底から響くような、驚愕の声。


 銀髪を荒々しく振り乱した老魔導師、メギストスの姿がそこにあった。


 そしてその隣には、俺と同年代か、少し年上の少年が立っていた。


 のちの兄弟子シグルドは、怯えたように、けれどその瞳の奥には、どす黒い好奇心と、自分より優れた素材を見つけた時の嫉妬を宿して、俺を凝視していた。


「メギストス先生!

 この子供、世界樹のことわりを直接書き換えています!

 逆流フィードバックで死ぬはずなのに、耐えている……!」


「黙れ、シグルド! 今すぐ救出を試みる。

 ……だが、既に神経系の七割が同調シンクロしている。

 普通に引き剥がせば、この子の魂は砕け散るぞ」


 メギストスが空中に巨大な術式を構築し始める。


 それは、五歳の俺を人間として救うための魔法ではなかった。


 世界樹の暴走を止めるための、極めて高度で非情な、緊急遮断術式だった。


 メギストスの杖が地面を突くと、俺の体に繋がっていた無数の銀色の根が、火花を散らして弾け飛んだ。


「――ぐ、あ、あああああああッ!!」


 初めて、声が出た。


 それは魂を半分に引き裂かれるような、根源的な痛み。


 世界樹から無理やり切り離された衝撃。


 だが、メギストスの術式は、俺の肉体の中に世界樹の一部をあえて残したまま、外部との通信を物理的に遮断した。


 俺の体は、世界樹の記述を宿したまま、人間としての輪郭を無理やり縫い合わされた、歪な半端末ハイブリッドへと変貌を遂げたのだ。


 崩れ落ちる俺の小さな体を、メギストスが抱きかかえる。


 俺は薄れゆく意識の中で、自分の指先を見つめた。


 そこには、もはや人間らしい血色はなかった。


 透き通るような白。


 そして瞳の奥に焼き付いたのは、数字と論理の奔流。


 この日を境に、俺の時間は凍結された。


 成長という名の変化を拒み、老いという名の劣化を許さない。


 世界樹の理を綴り続けるための永遠の少年。


 これが、ルシという存在の、真の初期化イニシャライズ


 愛も、温もりも、未来も。


 すべてを、世界を構成する術式の等価交換として差し出し、俺は魔導師となったのだ。

 もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!


 皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。

  よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ