13-7 古の守護者との再会
黄金の水平線を渡る俺たちの前に、それは音のない落雷と共に現れた。
鏡のような海面が突如として隆起し、物理的な質量を持たないはずの空間に、巨大な影が受肉していく。
それは、幾重もの幾何学的な紋様が刻まれた白銀の円環を背負い、無機質な水晶の皮膚を持つ巨像だった。
かつて集積所の回路に生じた致命的な異常を修正したあの日、暴走する魔力の奔流を鎮め、二度と街が危機に晒されぬよう俺が全神経を研ぎ澄まして組み上げた、自動防衛術式の具現――『古の守護者』。
「……皮肉だな。 まさか、あの日、この街を救うための盾として施した最高傑作に、ここで出迎えられるとは」
俺の右腕が、激しい警告の律動を刻む。
守護者の眼窩に灯った冷徹な蒼い光が、俺たち一行を精密に走査していく。
あの日、俺はこれを外敵から街を守るための、慈悲なき番人として完成させた。
だが今の俺は、身体の九割を世界樹の術式に侵食された、理を乱す異端の存在。
そして仲間たちは、世界の記述を書き換えようとする不確定要素だ。
かつて俺が最善として定義した正義は、今の俺たちを、真っ先に排除すべき最大の毒として認識していた。
『……対象、記述外の異常個体と断定。 理の浄化プロセスを開始します』
感情を排した無機質な声が響くと同時に、守護者の背負う円環から、空間そのものを融解させるほどの魔力砲が放たれた。
「させるかよッ!」
先陣を切ったのは、バナード師匠だった。
彼は魔導の理すら力業でねじ伏せる、武の極致を往く者。
魔力砲が着弾する直前、彼が放った一閃の風圧が、本来なら直撃を免れないはずの熱線をわずかに逸らし、海面を派手に爆ぜさせた。
「ルシ! 自分の造った玩具の機嫌取りは、後でたっぷりやってくれ!
今はこいつを黙らせるのが先決だ!」
「バナード殿、左を。 ……アイリス殿、ネロ殿、私に続け!」
メギストス師父が、杖を高く掲げる。
彼の周囲には、守護者の攻撃を予測し、その術式の構成を打ち消すための反転魔導が瞬時に展開されていく。
アイリスは、ローゼンフェルトの誇りを胸に、家門の秘剣を抜いた。
彼女の剣先からは、純粋な闘気が光の尾を引いて伸び、守護者が放つ無数の追尾光弾を一つ一つ撃ち落としていく。
その隣では、ネロが静かに右手をかざしていた。
古代の魔導兵器である彼は、守護者が依って立つ記述の隙間を突き、敵の動きを強制的に鈍らせていた。
「ルシお兄さま……!」
背後でエルフィが俺の裾を強く握る。
俺は、激痛に震える右腕を左手で押さえ、眼前の光景を凝視した。
守護者が振るう力の一片一片に、見覚えがある。
それはあの切迫した集積所での作業中、俺が最も効率的な防衛手段として書き上げた術式の構造そのものだ。
「……っ、やめろ……。 そいつは、俺たちを殺すために造ったんじゃない……!」
かつての善意が、牙を剥いて愛する者たちを襲う。
アイリスの鎧が砕け、メギストス師父の結界に亀裂が入る。
ネロでさえも、格上の出力に押され、その幼い掌から火花を散らしている。
俺が世界を守るために残した意志が、今や世界を救おうとする最後の希望を、合理的に、確実に削り取ろうとしていた。
「ルシ! 迷わないで!」
リーフの声が、俺の意識を強引に引き戻した。
彼女は、俺の右腕から溢れ出す暴走気味の魔力を、自らの世界樹の娘としての力で必死に抑え込み、精神の崩壊を食い止めてくれていた。
「あれはもう、あなたの作品じゃない。
……今の世界を終わらせようとしている、ただの残骸よ。
あなたが描くべき未来は、あんな冷たい場所にはないでしょ!」
「……ああ、その通りだ。 リーフ」
俺は、右目に宿る管理者としての視覚を全開にした。
守護者の核に刻まれた、あの日、俺自身が残した署名。
それを強制的に上書きし、この免疫機能を沈黙させる権利が、今の俺にはある。
いや、俺にしかできない。
「師父、バナード師匠! アイリス、ネロ! 三十秒だけ、あいつの核を剥き出しにしてくれ!」
俺の叫びに、仲間たちが呼応した。
バナードの大剣が守護者の足を止め、メギストスの禁呪が円環の回転を凍りつかせ、アイリスの剣がその胸部装甲を貫く。
そしてネロが、全身の出力を一点に集中させ、守護者の守護術式を強引にこじ開けた。
「……今だ、ルシ!」
俺は一歩、虚無の海を踏みしめた。
右腕に刻まれた九割の術式を、攻撃ではなく対話へと転じる。
かつて愛した、そして街を救ったシステムへの、これが最後の手向け。
俺は、剥き出しになった守護者の核へと、自分という存在のすべてを叩きつけた。
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