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【第二十九話】硝子で墓碑銘(エピタフ)を刻み込んでやる(3)

 立ち上がって、そしてなにかをするか―それはもう、実のところ最初から決めていた。早く決め過ぎたせいでずっと意識がそっちに引っ張られていたくらい、"俺"が"なに"を"どうするか"は行動の第一候補として常に目に入っていた。

 正直、これからすることで俺が彼の言葉の意味を理解しているかはあまり伝わらないと思う。彼が総括として言った『死ぬな』という使命のような方針からズレる気さえする。それでもやっぱり、俺にとっては"今を進める"にはこうするしかないと思えた。


 俺は、安楽椅子で身を抱える肉塊に手を突っ込んだ。

 彼女は蹲っている。膝を抱えて、身を縮めて、自分自身を抱え込もうとしているかのようだ。その姿勢で祈りの言葉を囁いて助けを求めているだから、それになにかしようとするだけで俺は多少の被害者意識を持つだろう。当然だ。俺だって―いや、誰だって、辛いときがあれば一人で小さくなっていたい、自分の世界に引きこもっていたい。俺がするのはその世界の破壊だ。目の前の―肉や骨が剥き出しになった裸の彼女の苦痛に寄り添うことなく、ただ己の都合で破壊する。


 きっと俺が彼女なら怒るだろう、それ以上に深い絶望を抱えてしまうだろう。自分の世界の破壊は、即ちまた苦痛が続くことを意味する。そんなの辛すぎる。そんなの嫌に決まってる。だから俺は引きこもってしまった。苦しさから逃れる為に、外の世界から逃げたかった。

 一週間二週間は逃げられる。だけど三週間には―一ヶ月に迫るとまた苦しくなってくる。虚しくなってくるんだ。『何も成し遂げられていない』という事実が嫌でも目について、虚しさを覚えるんだ。心地良く思えた自分の世界が次第に陳腐に思えていく。自分の世界がミニチュアに見えてくる。その中で自分を作り上げようとしても、延々と積み木をするだけの賽の河原でしかなくなる。誰にも褒められない。誰にも認められない。だってその世界は―自分で隔絶してしまったその小さな世界は、"逃げてしまった自分"しかいないのだから。登場人物は自分だけ、動くのも自分だけ。そんなものを幾ら深みを出そうとしても、自分を傷つけているだけだろ。

 自分を掘り下げると、当然自分にスコップを突き立てなければならない。


―なんでそれが分からなかったんだろう。


 最近ずっと寂しい時は昔の自分を思い出そうとする。異世界だから、帰れるという保証もないから切り替えられずに、捨ててしまえば二度と拾えない過去を自分の中に留め続ける。その度に自分が哀れで辛い。なにもできずにいた自分が、見ていて痛々しい。エゴイスティックな考え方なんだろうけど、そんな思いをしたくない為に―また未来に進めなくなった時に、『この時の俺は乗り越えたんだ』と、胸を張って言えるようになりたい。

 今もこんな後悔するくらい、苦痛が続いている。痛いよ、お前も痛いんだろ。だから祈って、誰かの助けを待ってるんだろ?

 わかるよ、わかってるつもりだよ。だからここでこの被害者意識に勝たないと、自分を超えられない気がするんだ。


 俺は固く蹲った彼女の脚を真ん中から手を入れて、切り開こうとする。筋繊維が爪に詰まる、当たる骨で指が痛い。生温かい血の生きているという実感が死の輪郭をまだ引っ張る俺の足首を掴んでくる―死にたくないと、まだ思ってしまう。

そんなのは関係ない、と言いたい。

死も生もどうでもいいから、今この瞬間、少しでもいい世界にいさせてくれと願う。

そして、そんな他人本意の自分が嫌になる。

言ってただろ、聞こえただろ、なんなら自分で言ったろ!

言葉で言うな、誰かに願うな、俺が、動け!


暴力的な衝動がどんな言葉よりも自分が身体の動きを―自分を肯定してくれる気がして、指の神経が感じる不快を無視できて、浅い気楽な俺にしてくれる。


 他人事なんだよ、お前は結局!


 もう肉や骨の感覚はない。倉庫の奥でずっと眠っていた本の、時が経ってくっついてしまったページをべりべりと剥がしていく。そんな感覚だけが手先を覆った。


そして俺は、ようやく彼女の全貌を見た。

【あとがき】

 余裕があれば、これも出すと思います。


至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いします。


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