【第二十八話】硝子で墓碑銘(エピタフ)を刻み込んでやる(2)
あの最悪の展望台を右折し、なんとか別の道を探ろうと一層慎重になって探索を続けたが、残酷な事実として着実に下がって―下層にいたアイツとの距離が近づきつつあるのが理解できた。
そうした鬱屈とした感情が俺の足首に縄をかけているかのように絶えず追い続けている現状を打破してくれそうなものを探そうとする気持ち―またの名を"焦り"が強まってきたところで、次に俺達が立ち止まったのはまたしても異形の司祭と同じく、変異した元人間だった。
揺り籠に似た安楽椅子に膝を抱えて佇む、とても小柄なピンク色の新鮮な肉塊。その色が全身の皮が剥がされ、真っ赤な肉が剥き出しになっているからだと気付くのに然程に時間はかからなかった。
さっきの司祭は人の体を僅かに留めているだけで、幾つも眼球があったり、全身が引き伸ばされているような様子だったが、目の前のはそれとは違う雰囲気を覚えた。確かに肉塊―だが奇妙なことに確実に"生きていた"と断言できる。生気に満ち溢れている―とか言いたいわけではなく、寧ろ死にかけているような風だ。
"死にかけている"―つまりは"まだ生きている"。そういうネガティブな裏打ちは、今では少しこちらに有利に働きそうな予感がする。
今にも詰まってしまいそうなか細い喉の開きを維持するのに精一杯で、その身の内にある肉の管から吹き抜ける小鳥の鳴き声のような不安になる儚い息吹を垂れ流すのが限界という印象を与える眼前の肉塊に、このままなら如何に奇妙なことが起きようとも負ける気はしない。
フルトーさんは俺の前に立ち、動くなと手で制止しながら様子を見始めた。
俺も彼の邪魔はしまいとランタン ―プラガハのしゃれこうべを利き手とは逆の方に持ち替え、出来るだけ高く掲げた。一応利き手の方で儀剣を構えもした。どうせ俺が攻撃に出ても意味がないので、俺は自分の周辺にだけ注意深く気を配った。最悪プルガハを投げつけよう。
…しかし、今度のやつは動かない。
敵意がないことを証明するように、その見た目からは寧ろ敵愾心を煽って逆効果になるとしても動かない。動けない…のだろうか?
「…」
「…」
一瞬無害なのではないかと思い、警戒を解こうとしたがフルトーさんはまだ堅実な様子見の姿勢を崩さなかったので俺も警戒を続けた。
警戒が続くということは、不動が続くということでもある。それと同様に不動の継続は、静寂の継続でもある。そうして静かになるのは必然的だった。
…それで訪れるのは完全な静寂―というのは、些か簡単に断言しすぎている。俺は訪れた静けさを完全な静寂とは言えそうにもなかった。死に体の肉塊から流れ出す滅亡の名残かのような不吉な死の息吹が、俺の鼓膜を嫌に叩いてくる。
耳障りだ。俺は病人として床に臥した時にも、自分の息の音がうるさくて嫌だったほどに、"こういう音"が嫌いだ。どれほど俺が無事と言っていても、俺の身体から"こういう音"がしてしまうともう俺の身体は不健康な病巣になってしまう。他人の咳の音を耳にした時も、自分とは無関係なのに耳の神経が誤解して妙に喉にイガイガとしたシンボリックな"害"が入り込んでくる。
まったく、癪に障る。
しかし、その攻撃性の発現としてむやみやたらに鋭くなった感覚が俺に気付きを与えた。"音"が"声"に聞こえたのだ。やけっぱちになった俺の精神が周囲の不気味な雰囲気と悪魔合体してできた単なる誤聴という可能性もあるが、今はそんな魔改造された認識すら正しいかもしれない奇怪な現実の中にいる。
…耳打ちしてみる、価値はある…?
俺は儀剣をしまい、手を開けてから彼の耳 ―仮面を被っているので大まかな位置― に少し口を近づけ、こう言った。
「フルトーさん、ちょっといいですか?」
「ロゥ、どうした」疑問符をつけることもなく、警戒心を緩めずに俺の使っていない儀剣を開いていたもう片方の手に持ちながら答えるつもりらしい。
「フルトーさん、なんか…あいつ、声で…喋ってません?」
「ホントか?」
「確証はないですけど…ただの呼吸音じゃない気がして」
「…内容は?」
「わかりません、その…多分古い言葉で、俺の知らない言語だと思います」
曖昧も曖昧で、こんな曖昧模糊な助言が何の役に立つのかという感じだが、フルトーさんは検討はしてくれているようで、五秒の沈黙を経た後「少し静かにしてろ、聞いてみる」。
彼は武器をしまうと腰を据えて胡坐をかき出した。座ると頭の下、腹の前で手を軽く祈るように組んだ。どうやら瞑想の姿勢らしい。
「プリニェス メァス ソアシォス、イニェス メア(いつかの盟友よ、許したまえ)」
俺の知らない言語―言う時の慣れた様子から見るに、おそらくエルフ語だろう。意味は分からないが、そう呟いた後に思いっきり息を吸い込んで、自身の呼吸音すらほぼ無くしたことから考えると、精神統一に関する儀礼的な祈りの言葉かなにかなのだろう。
フルトーさんは祈りの言葉を呟いた後、最初の二分はなにもせず、途切れそうな声を出す肉塊に同調するように彼自身の呼吸のテンポを合わせていた。同調を試みてから三分が経った頃には既に彼の身体の旋律は壊れかけの骨董品と同じものに調律を完了させていた。少しずつ、一つ一つ段階を経て身体の動きを同調させていった彼は次第に声を出していく。死に体の声がよく注意を払って聞かないと一つだと思ってしまいそうな完成度になったら、ようやくフルトーさんの声だと認識できるようになった。
『トヴル ラフェニ クエラァ(いつ終わるのでしょう)』
『 ウェランツェ ナアジ クエラァ(どうして終わらないのでしょう)』
…?…
僅かな時間だが、一瞬彼は何かに戸惑ったような様子を見せた。
『ペクトヴェ アンツェ ゴーフ デェヴィーパス(あなたに懺悔の歌を捧げます) 』
『イェクトヴェ アンツェ ロッセェ、 オーヴァル トーチャ ダースク トァ デェヴィーパス (あなた―《我らの痛みを知る救い主》に、我らの啼き声で奏でる懺悔の歌を捧げます)』
『ダァート イェクトヴェ(嗚呼、救い主様)、ダァート イェクトヴェ(嗚呼、救い主様)』
『クレスティオ デェラ クレスティオ、レヴェラァ―ト ファ オーヴァル(どうか、どうか、お応え下さい)』
『カミッティエ トーチェル オーヴァラ (苦痛に身を委ねる我らの)ヘラーケ ソルオーティエ(偏愛の喘ぎ―《白い魂の雫》が)ファ ヴェギナ デェスクレトムニ(絶望の女王に注がれ)、クラァ トァ サーナム ゲーダァド セーメル イナ セメロ デェラ セメロォラ ダーツェイ(深い、深い海に眠る穢れた聖女を呼び覚ます)』
『ダァート イェクトヴェ(嗚呼、救い主様)、ダァート イェクトヴェ(嗚呼、救い主様)』
トヴル ラフィニ クエラァ…やはり繰り返しか」
傍から見たら呪文の詠唱としか思えない未知の言語の羅列をフルトーさんは言い終えた。繰り返し、と言うのなら眼前の肉塊は無制限にレコードをかけるように同じ一節を言い続けているのだろう。
…死にかけだというのに、同じ言葉を繰り返すなんて、そんなに言葉が大切なのか?
肉塊の小さく蹲る姿も相まって、俺にはその繰り返しが被虐退者に悲痛な叫びに見えてしまった。そうではないと―お前は俺にとってのただ襲い来る敵の一体だと思わせてくれ。背景のある人間の一人だと思わせないでくれ。たとえ俺のすることが弁護の余地もないただの殺人だとしても、しょうがないと許されるものであってほしい。胸糞悪いんだよ、このままじゃ…
フルトーさんは迷走の姿勢の形は保ったまま少し背を伸ばすと、腕を前に出し、石造りの床に何か書くような仕草をした。それから「…概ね、内容は把握した」と言った。
「ロゥ、プラガハ連れてこい」
「こいつを? …分かりました」
少し不思議に思いながらも、俺は動くプラガハのしゃれこうべを彼の元に持って行った。
プラガハは今動いている骸骨だ。見えているらしいが、目はない。しかし瞼もない。なのでその場に持って行ってすぐに彼は現状を把握したらしかった。
フルトーさんにプラガハを渡すと、骸骨の彼は骨をけたけたと震わせながら動いて、目の前のものと向き合った。
「ふうむ…私にこれを読めと言うんだね?」
床のぬめりとした粘液をかき分け、周囲に凍結魔法を施すことで浮かび上がったそれはなにかの模様の体をしていた―だが何も知らない俺でもそれが言語で、先ほどフルトーさんが唱えていた内容を書き写したものであるのは直感的に理解できた。
「あぁ。俺が学問としてはこの言語を知ってるが、それは知識としてだけ―実際に使ってる訳じゃないから、合ってるのか確証がない…」
「それで、この言葉を使っていた時代の人間である私なら解るかもしれない…といったところかな?」
「ご明察」
自分に求められていることを理解したプラガハは三十秒ほど見つめた後、ふとまたけたけたと口を開き、言葉を発した。
「…内容を、貴殿はどう見るかね?」
「イェクトヴェ(救い主様)だのゲーダァド セーメル(穢れた聖女)だの、抹香臭い感じはする。あんたの任務は確かここでの『異端狩り』だった筈だから、差し詰めあんたお求めの異端者式の祈りじゃねぇのか?」
「ふうむ…」
「どうよ?」
フルトーさんは自信はそこそこ、あくまでもプラガハの反応を窺った。
まさか今までのカニバリズム的な光景が全て宗教によるものだった、なんてオチなのか? もしそうだとしたら、その宗教はとっておきのカルト教だな。俺は少し予想した未来に呆れた。
「まず、書いてある内容に文法的な間違いはなく、内容も概ね一貫して意味が通じる。『合っている』と断言していいだろう。だがしかし、欠けている部分がある…分かるだろう?」
「そうなんですか?」なんのこっちゃ分からないけど、とりあえず訊いておく。話についていけていないが、仲間外れは御免だから。
「聞き取れなかったからな。部分で言えば初めの頃のペクトヴェ アンツェ ゴーフ デェヴィーパス―『あなたに懺悔の歌を捧げます』って言う意味の前あたりだ」
「『あなたに懺悔の歌を捧げます』? その…聞き取れない部分の前にある言葉の意味はなんですか?」
「その前となると問いかけだな。『いつ終わるのか』『何故終わらないのか』って具合のな」
「そうですか…」
問いかけ、その後には『あなたに懺悔の歌を捧げます』…変化が唐突だな。
多分それには二つの違和感があるからだろう。
まず問いかけの後に『何が終わらないのか』が分からない―繰り返しかって言ってたから、最後の部分と繋がってるのかもしれない。次に歌を捧げられる"あなた"って誰なんだか分からない。その前になにかキーワードがあって、その言い換えが"あなた"なら納得できる。きっと欠けている部分にはそのどちらかが触れられているんだと思うけど…。どちみち、入るのは固有名詞な感じがするんだよな…
「前後から考えると、欠けてる部分には固有名詞が入る気がするんですけど…」
「固有名詞ねぇ…」
もし固有名詞が入るとして、話されている内容は宗教関連っぽいからかなり知識がないと抑々辿り着けない類の単語の可能性があるのだ。…こういうことこそ、プラガハに尋ねるべきだと思う。
「ここで発見された物品―緋鈍連鋼から考えるとこの場所の時代は概ね現在の二千年前相当。前後する可能性もあるから、ほぼほぼ混世紀頃と考えなきゃな…なぁプラガハ、あんたの追ってた異端が何教系なのか知ってるか?」
「何系か…」
彼はもう無い瞼がもしあったら閉じただろうほどによく思い出そうとした。
「……貴公すまない、詳細な部分は分からない。人身御供をする異端の密教としか、伝えられていなかったものでな…」
「詳細な部分じゃなくても、例えば発端でいい。どこらへんを活動拠点にしてた?」
「…奴らは、西オーレリア域の方面から流れたと聞いていたが…」
「西オーレリアか…西方で人身御供となれば豚人の食人文化が変質したと考えられるが…あいつらの食人には儀式的な側面は…良くも悪くもただの食事だしなぁ…」
フルトーさんは考え込んだ。
ずっとそうだけど、俺は地理とか文化風俗とかは分かんないからこれといって意見を出せない。もう考察が必要な時は毎回こうなんだから、いい加減俺も慣れたいんだけど…疎外感には慣れないんだよな。
だからまぁ、俺から知識を引き出そうとしてもどうしようもない。フルトーさんやプラガハから知識を引き出して、なんとかになるようになればいいなと…お祈りでもしとく?
「そもそも質問なんですけど、西オーレリアってどんなところなんですか?」未だにただ蠢くだけの死に体の肉塊の周りをブラーっと歩きながらそう呟いてみた。
改めて見ると肉塊が身を収めている椅子はかなり粗雑なで簡素なものだし、肉塊は皮膚が剥がれている上に体育座りみたいな姿勢だから判別し辛いけどかなり若い。体格的には…女の子だろうか?
「そうか、言ってなかったもんな」
彼は思考を一度止めて、俺の方を向くと呆れたような、だが少し申し訳なさそうに呟いた。
「かいつまんで言うとだなロゥ、西オーレリア―というか南西の方角は過酷な地として知られている。小型の龍や大毒虫の生息する熱砂舞う砂漠。かと思えば《暗い大沼》。あまり人が住むのには適した土地じゃないんだ」
「でもその豚人は住んでるんですよね?」
「あいつらは強靭だからなぁ…、砂漠に生息してる強い生物に負けなかったから住んでるんだよ。その他だと一部の獣人くらいじゃなきゃ、淘汰されて終わりさ」
なにか嫌な記憶でもあったのか、そう語る彼の口調からは若干厭厭きれたような様子が感じ取れた。
そう、そこまではなんとなく理解できる。既に出た話にディテールが加わっているだけだ。問題はここから。
「砂漠…はそうなんですよね。じゃあ大沼の方は違うんですか?」ポケットに入れておいた焼きキノコの残りをちゅーたに食わせながらそう言った。なんでこんなもの残ってるんだろう…
「まるきりな。大沼の方は砂漠と違って、脅威は寧ろ"人"だ」
「人?」
「文化が奇妙というか、全く別の価値観が生活の下地にある感じだな。『肉体崇拝』とでも言えばいいのか、大沼に住みつく奴らにとって言えば生と死は限りなく薄い―だが明確な境界線を以て隔てられている。奴らが脅威たる由縁は、その一線を越えてあれこそする技術を持っていたことから来る」
「…『死なない』ってことですか?」生と死のラインを超えられると聞いて、俺はそう考えた。
「というより、『死んでもどうにかできる』って感じだな。肉体はより高位の次元で超常的な可能性を秘めていて、例え死んでもその可能性があれば再び生を見出せる…とかなんとか。代表として一度死体を恣意的に改造して『生まれ変わる』技が存在したりする。一部の死霊術や傀儡術はその《暗い大沼》を源流とするものが多く、その様をして『呪術』―と呼んだりする……な?」
「『な?』…?」成功の予感にこの疑問符を取っ払い喜んでいたくらいだった。
「『呪術』か…異常遺跡だから例の異端者の影響で起きた凄惨な奇跡がこの異常遺跡を動かしていると思ってたが、その異端者達が呪術を使った人体改造を出来る可能性があるのなら…話は変わってくる」
「何が変わるんですか?」俺は歩き回るのを止め、思案する彼の視界内に座った。
「抑々の、俺の考えの前提が変わるかもしれない。…今まで俺はここが誰かの想いに呼応した超常的な奇跡の産物が、この遺跡の本質だと思って考えを巡らせていた。だからスライムが発生していても、亡者や毒沼があっても『そういう形をとった』のだと考えていた。プラガハが突然現れたのも、混じった思念が奇跡で形を得た程度だとな…正直、楽観視していた部分もある」
フルトーさんはそういうと俺から儀剣を引き抜き、目の前に置くと自身の仮面を脱いで肉眼でそれを凝視した。
「これ拾った時点で分かったのかもな…穿って見れば、力の流れが異質過ぎるが、独特ってだけだな。説明はつく」
心底無念そうに、彼はふと重く息を漏らした。
「…もし今まで出会ったものが呪術によるものだとすれば話が違う。今まで常識で考えすぎていた…これは俺の落ち度だ。すまなかった」
フルトーさんは気が晴れるまでこれを使って攻撃してくれても構わないとばかりに持っている武器を全て身から離し、正座をして深々と首を垂れた。
彼の謝る姿を見るのは初めてだった。出会ってからの日数が少ないというのもあるが、今まで感じ取った彼の人物像からは、『自分の落ち度で謝罪する』という行動を想像できなかった。だからその―"ギャップ"というんだろうか、到底予想できなかった分、衝撃は大きかった。昨日口喧嘩した時には見えなかった姿だ。
そういう場面があった訳ではないが、いつものフルトーさんなら軽く口で「悪かった」とか、そういう簡単な自分の非を認めるだけですぐに挽回の行動に移す―"俺を自分の付属物として考えたフルトー・アダリオンとしての行動"だった気がする。しかし今のは"俺を自分についてこさせた存在として扱う人間としての行動"だった。
―既に、彼が頭を下げてから二十秒以上が経つ。こんなに長く、丁寧に彼が俺に対してなにかをしたのは初めてな気がする。
次第に俺―ラク・ロゥという人間が巻き込まれただけの他人として扱われたような気がして、こっちが申し訳なくなってくる。…嫌なことだけど、こんな時になってフルトーさんの新しい側面を見たような気がして、少し嬉しかった。奇妙なことだが。
「…そんな謝るべき人間でもないですよ、俺」彼に対してなにか言うのも、彼なりの仁義のようなものを踏みにじってしまう予感がしたので、思いついた言葉の中ではこう言うしかなかった。
「…わざわざ言うのも気が引けるが、俺とお前の認識のすり合わせをしておくべきだと思う」
「敢えて言うが、俺はお前とは比較にならない程強い。経験、実力、発想。一朝一夕で覆しようもない力の差が確かにある。お前には感謝してるし、助けられたと考えている。だが― 不義理で浅慮な発言だと思うが ―それでも俺はお前のことを最初から戦力外だとも考えている」
「それは解ってます。まったく力になれてないし…」
「そうじゃない」
彼は俺の言葉を―言い訳じみた形態の考えを遮った。きっと、いつもの彼ならば受け入れるかはさておくとして、聞いてはくれたのだろう。しかしそうじゃないということは、それほどまでに俺は"考えの次元から論外"ということすら意味していた。
「お前は協力すらできていない。…別にお前を責める訳じゃないし、さっきも言った通りお前は何度も俺を助けてくれた。それは称賛に値する。だからこれはお前の問題じゃない。お前がいる、この場所の問題だ。分不相応なんだよ、お前の―素人と大差ない能力からはとても適切じゃない。挑戦者にすらなれていない、ということを言いたいんだ」
彼の言葉は俺を責めるものではない。けど、それでも少し、落ち込んだ。
「お前が今まで致命傷―少なくとも五体満足でいられているのはお前の実力じゃなくて、儀剣や雷炎瓶といった"外部から供給された手段"によるものだと考えてくれ。だからそれらがなくなった場合、もしくは通用しなかったとすれば、お前はすぐに死ぬ。俺はこの異常遺跡を―お前が何の力もなくても、俺一人で充分対処できる範囲のものだと考えていた。ちゃんとした確証ができてからじゃ遅いから今のうちに言っておくが、ここは俺の想像以上に厄介だ。俺の見通しが甘かった」
もう俺には彼の話す言葉が他人事のように思えてしまって、『律義な人だな』程度しか考えることが出来なかった。本当はもう少し、いや、全身全霊で引き締めるつもりで緊張感を持つべきなんだろうけど、俺は彼の淡々とした告解のような謝罪に、なにを以て向き合うべきか分からなかった。
「…とどのつまり、何が言いたいかというと『お前は死ぬかもしれない』」
俺は唖然とした。そうしている自分の様を知覚するまでの数秒は本当に立ったまま気を失っていたのだろう。これを表す言葉を知らないが、俺は数秒、"無"になっていた。
「そうですか…」まともに思考を働かせることなんて勿論できず、やっと口を開けたと思うとそんな要領を得ない相槌のような言葉しか出なかった。
分かっていた筈の死の気配が俺の理性を撫でる風のように吹き抜け、神経を沈黙させた。俺の身体にピンと張られた意識の糸が、二秒間黙り込んだ。
だからしょうがないなんて言うつもりもないけど、改めて言われることで都市伝説が事実だったとどうしようもなく認めざるを得なかったような、遠いなにかを"実感"してしまった。鼠に向けた怒りや、人食いに向けた悍ましさと陽探向の華への憐憫とも違う。なにも目の前に見えていないのに、今まで感じたどんなものよりも強烈に鮮明な恐怖の輪郭を実感してしまった。
「…でも…それって、今言ってもどうしようもないことじゃないですか…?」
必死で目を逸らすように、よく理解できてしまった彼の言葉を否定する。
「今更死ぬかもしれないなんて、改めて言われても…ですよ。…だから、今すべきなのはそういう言葉じゃなくて、もっとなんか…」どうにかして恣意的な希望への誘導をできるような言葉を待ったが、一向に俺の口からそんなものが出てくる気配はなかった。寧ろ口を開き続けると死への恐怖を吐き出してしまう様な気がして焦りの脂汗が流れてしまった。
「まぁ、お前の言う通り。今言った言葉にはなんら現状を挽回する能力はない。開き直っているように見えるかもしれないが、見誤ったのなら己の全知全能を使って行動で示すべきだ」
フルトーさんって律義だし切り替えの早い人だな…と若干呆れた。しかし、そうできる分だけ、少し余裕が生まれた。
「だから言いたいことは、結局前も言ったかもしれないが…『死ぬな』というただの一言に尽きる」
わかってますよ、と言うのも彼の美学を汚すような気がしたので結局何も言わなかった。何も言わずに、ただ彼が言ったように現状を挽回する為に言葉ではなく行動で意思を伝えようと、俺は立ち上がった。
【あとがき】
これで書き溜めしておいた大半は出せてる…筈です。ぜんぜん区切り悪いんですけどね。
至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いします。
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