【第二十七話】硝子で墓碑銘(エピタフ)を刻み込んでやる(1)
違和感は尽きない。それがこの『オルハ地下水路』という場所から来る異界感が原因だとすれば、尽きないのにも多少の説得力がある。
階段を下りる度に、景色が変わる。現れる敵も鼠から異形の亡者、とうとうもうなんと形容すればいいか分からない奇形の肉塊まで様々になってきた。基本は生溶肉が相手なので、俺も儀剣を持っているから火力貢献できている感覚がして嬉しい。だが、如何せん自分が戦っているのがゴリゴリと正気度を削られるような相手だから戦う度に心が疲弊している。
人体を大釜で煮られていたのを目撃したことが遠い昔であるように錯覚するほど、瞳の水晶体に映るものは異常さを隠さずにいる。そこら中に倒れている腐乱死体。両足を鎖で繋がれ股裂きされるように吊るされているミイラ。手錠をされて誰かに連行されていたのだろう白いローブを着た複数人の名残。そしてそれらを食む壁や床や柱など所かまわず侵蝕する生溶肉未満の蠢く肉塊…
「あー…」
口を閉じたつもりでも、唇の間を通り抜けて俺の項垂れた声は漏れてしまう。
「…フルトーさんは大丈夫なんですか? こんな景色見続けて」俺は自分の前を行くフルトーさんに気を紛らわす為に訊いた。
「今更何言ってんだよ。なんだよ、慣れたんじゃなかったのか?」
「慣れてもどんどんおかしな感じが更新されていくから間に合わないんですよ、俺の適応力はとっくの昔に負けてます」
降伏を告白しても状況は一片も改善しないし、寧ろ他の人の志気を下げかねないけれど、愚痴はしないと俺の精神が崩壊する確信があった。
悪鬼羅刹に襲撃されてそのまま百年ほど経過してしまった拷問部屋のような様子が延々と続くこの地獄も、一つ地獄変が現れたようで、俺達はようやくこの異常遺跡の終わりに近づいた証拠を掴んだ気がした。
歩いた先で俺達はとても広い開けた空間を見た。石レンガで囲まれた立方体と呼ぶべき整った空間で、その隅に聳える四つの大きな立派な柱から言って、利用目的はおそらく特別な用途―儀式的な雰囲気を今まで嫌というほど感じてきたが、ここは別格だ。
「…なんか、いますね」
なんか、いる。これは俺の語彙力が足りないからこう言ったのではなく、目の前の事実があまりに俺に対して情報を開示していなさすぎるからだ。レベルとしては一々視界の隅の影に名前を付けて識別することに等しい無駄なレベルだ。正体不明の存在には"なんか"としか言いようがない。
得体の知れない。辛うじて見えるもので言えば、枯れ木のような翼を幾つも持ち、朽ちかけた枝のように鋭い爪を光らせるその様は不気味な森を思わせた。
蛇か蜥蜴のようであり、ナメクジのようであり、またはウナギ…いや、突拍子もなく聞こえるかもしれないけどこれは無関係の独り言ではなく、同一の存在の特徴だ。
つまり『枯れ木のような幾つもの翼と朽ちかけの枝のような鋭い爪を持った蛇か蜥蜴やナメクジやウナギ』のようなヤツが俺達の見下ろす立方体の中に見える ― ということだ。
全部、事実だ。
「…あれ」俺は当然言葉を失った
指差すだけでも呪われそうなオーラを感じたので特に指定するような動作はしなかったが、もうアイツしか目につかないし、多分俺の言いたいことは他の二人にも伝わっていると思う。
「多分…遺跡の主だろうな」
「戦うんですかね…?」
「今まで戦闘回避できた敵がいたか? 裂かれて咲いた大鼠然り、変わった女然り―言う必要あるか?」
「やっぱり…」
これでヤツがただ変な形なだけの怪物ならまだしも、かなりデカい。見下ろしても全貌が見切れないほど大きい。高さは五メートル以上、全長に関してはその倍はあるだろうことを考えると、もう嫌になる。…そんでもって、なんか浮いている気がする。
「まぁ…一度見なかったことにするか?」
「そうしてください…考えてるだけで頭おかしくなりそうです」
俺達は現実から逃げたい恐怖をそのまま速度に換算したかのようにひどく足早にその場を後にした。
【あとがき】
数か月間書き溜めてた分を一気に出そうと思いましたが、長くなりすぎたのでせめてのも足掻きとして二話に分けます。
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