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宵闇仕討人  作者: 神谷主水
9/9

三つ目小僧が化けて出た(二)

またしても勝手に修正させていただきました。また一年ほったらかしにしたこと、誠に申し訳ありません。

 いわゆる三つ目小僧事件から二日後の江戸・小石川。

 口入稼業を営む鶴屋は今日も繁盛していた。

 それも何も、恒例荒川水路の護岸工事に割く人手が圧倒的に不足していたからに他ならない。


 「はい伊助さん、長次さん、弥之吉さん、あと今日はあんた方だね。給金はこの通りだから、今日のところはよく寝て、元気に行けるようにな」


 片手に持つ書面をかざしながら手配を行う鶴屋三十郎はとても忙しい。人間五十年の世の中、三十路に入ったこの男、見た目はまだまだとても若く、とても後先が短いとは思えぬ壮健といえる。

 荒川工事に話を戻すが、天明三年の大噴火に伴う利根川の火砕流被害は当然江戸にも波及し、河床の上昇により関東の治水は崩壊。上州赤堀川の川幅を広げたり、酒巻の流域の堤防という堤防を強化し、さらに江戸川の棒出しと呼ばれる突堤を用い川幅を狭めるなどを行うことで、流通は確保しながら余計な浅瀬形成を防ぐことができた。

 その突堤強化の人足が募集のほとんどを占めるあたり、だいぶ課題なのであろう。


 「残りのお前様方は……。そうだ、高崎公松平右京亮(うきょうのすけ)様のお屋敷が近くだが、そこの奉公人がまた要らしいのでな。案外給金は弾んでくださるそうだが、やってみるか?」


 この言葉に「おう」と応えた者は、残った者のうちほとんどであった。

 いかに大名を含む武士が困窮し、威厳を失いつつあるとはいえ、中間や下士などの身分の魅力や憧れはまだ庶民の中に溢れている世の中。大名参勤ではお抱えの者だけでは足らず、人員の現地調達は必須。それとあわよくば取立てられんと欲する庶民との需要の一致が、武家屋敷の奉公人飽和に繋がっているといえる。

 もちろん、きっちりと大名と繋がりを持っている鶴屋のような口入屋があったればこそだ。

 




 「やあやあ鶴屋の元締、ようこそ起こしくだすった」


 薬研堀の料亭「一文字屋」方にて、一人の男が待ち受けていた。

 名を今戸の銀蔵といい、四十そこらだというにまあ腰の上がでっぷりとしている。江戸の焼物街として六十四州に知られる今戸を含む浅草周辺の香具師(やし)の元締であり、界隈では良心的な人物として知られる御用聞きでもある。

 元締とはいえ殺し屋を囲うようなことはなく、裏稼業の頼みを持ち込まれた時には懇意の鶴屋に仲介して、仕事料の一割二割を「利ざや」として手元に収める仕組みでもって裏社会との繋がりを保ってきた。


 「しかし今戸の元締、これがなぜ?」

 「なぜ、というのは?」


 席について早々、三十郎は聞かずにおられない。また仲介だというならもうこりごりである。みかじめが最近碌に取れず素寒貧(すかんぴん)であることが多いとはいえ、庶民に強請りをかけず、かといって同心からの小遣いも少ないからといってすぐ裏稼業に口を出すのは、本人のためにも問題があると何度言っても聞きやしない。

 なぜ、というのはそういう意味でもある。


 「いやね、ちと面妖なことが起きたのでね。しかもつまらんことに奉行所の旦那衆では手に負えねぇから直接(・・)お頼み申すのだえ」


 笑いながら、懐から少々大きめの袱紗を二つ取り出して見せた。鶴屋に殺しを依頼する際はまず依頼料の半分をもって前金となし、先渡しをもって信任となす。

 銀蔵がおもむろに袱紗を開いてみせると、黄金色の切り餅が一枚に二個。総額にするとなんと二百両という大それた金子(きんす)。この元締にそれほどの金が出せるはずがない。

 しばし首を傾げたのち、


 「これは、ただ事ではない……」


 そう感ずるに至り、三十郎の顔は自然と目の前の脂ぎった男に向けられた。


 「標的(まと)はもしかすると、旗本ですかな?」


 聞かれた銀蔵元締も神妙な面持ちで頷く。


 「ええ。しかもただの旗本でなく、御側御用取次なので」


 いかに三十郎でも、標的のあまりの大きさには開いた口が塞がらぬ様子。

 御側御用取次の元となる御側衆のことから話すと、これが旗本のうち公方の側近となる大変な重職で、各政策の取次などを行う。さらにそこから一人または三人が御側御用取次として取り立てられ、公方の居所である中奥やいわゆる「耳目」となる御庭番の管理はもちろん、諸懸案や公儀の人事、また公方と老中などの諸役人を直接取り次ぐなどの大権を持っている。

 ゆえに公儀で最高の職権を持っている老中や若年寄ですら、事と次第により


 「かようなこと、お上にはお取次ぎできませぬ」


とか、公方の言葉ですら突っぱねる権利があるので、幕内で文句を言えるものがいないのが現状。

 その御側御用取次の名は斎藤伊賀守利亮(いがのかみとしあき)。さらに今戸の銀蔵が標的に指名したのは、その嫡子主水介(もんどのすけ)。これがまたなんとも面倒くさい親子であった。






・・・


 斎藤伊賀守は六千石もの大身で、屋敷は浅草の元鳥越町にあるという。銀蔵が縄張りにしている今戸にも近い。

 その銀蔵が鶴屋に頼み込んでいるのは、主に息子の件からである。

 大身旗本の嫡子であるという自覚がまったくなく、夜な夜なお十夜頭巾を被り、わざとみすぼらしい格好で辻斬りを仕掛ける、どこぞの金持ちそうなものに金を無心してはいかがわしい友人と豪快に飲み明かし、またある時は旗本家の分際で金も払わず吉原(よしわら)の女をかっさらって一発仕掛けるなど、全ての身分からの不評著しい。

 

 「だがな、主水介の野郎はそれだけじゃ収まらなかったんだよ……」


 銀蔵が悔しそうに続けたのは、武家の世界とは言え残虐に変わりない出来事。

 江戸の某所に、榎戸清右衛門という侍がいた。家禄百七石で徒目付(かちめつけ)を務めてい、御目付配下としてあらゆる影の者を動員して公儀役人や江戸市中の監視を行う。

 ある日、市中で町人たちにいらざる因縁を吹っ掛け、そのまま斬り捨てようとする主水介ら三人を見かけた。いくらなんでも旗本の体面にも関わる仕儀、とりあえず


 「まあおやめなされ。まかり間違ってあんたが切腹なんぞになったらご親族が悲しみまするぞ」


とあくまで主水介の側に立って彼をなだめてやると、これを屈辱に思ったのか主水介


 「貴様ッ、俺を愚弄するか!?」


などと剣幕を立てる。しかし清右衛門はあまりにもひょうひょうとしていた。


 「愚弄などとはとんでもない。しかしね、誰が見ても悪いのはあんただ」

 「なんだとっ!?」

 「あのね、斬り捨て御免というのはお調べが厳しいのですよね。あなたからぶつかっておいて斬り捨てようなんて町方どころか私のお上方ですら成立には難儀すると思いますよ。あなたおそらくどこぞの大身の息子様であらせられる」

 「だ、だからなんだ?」


 はじめて主水介が動揺した。お十夜頭巾で顔を知られないように、おんぼろで身分を知られないようにしているというのに、なぜそれを?

 これを聞く前に清右衛門が捲し立てた。


 「つまりあんたのせいでお家が真っ二つになるか取り潰しかのどっちかになるというんだ。そうしたらお父上がどう迷惑するかまだ分からんのか?さあ分かったら金でもやるからとっとと失せるんだ!」


 と言うや否や、胸元から小判を荒々しくつまみ出して投げつけた。

 ここでは流石に頭巾の中を赤らめ、小判を無視して三人は退散したが、その二日後のこと。


 「なに、謹慎!?」

 「ううむ。わしにもよく分からぬが、まあ謹慎の体をして身構えておればよかろう」


 御目付から謹慎を申し付けられた。あのバカ息子が親に言いつけたのであろう。

 本番はその夜。いきなり屋敷に見覚えのある三人が襲い掛かってきた。頭巾から服袴の類から全く同じだ。

 二人が清右衛門を取り押さえると、主水介が頭巾を外して大笑いしながら


 「ハハハハハ、なんでお前様が謹慎になったか教えてやろうか?」

 「なんだとぅ……?」

 「それは俺の親父が御側御用取次だからだよ!」


 合点がいった。いかに御目付のお調べとはいえ、取り次ぐのは御側御用取次である。告げ口でもして握りつぶしたのであろうが。

 得物は全て取り上げられ、叫ぶよりも唇を嚙み締めるしかできない。


 「それじゃ、あばよ」


 一刀のもとに、榎戸清右衛門は命を落とした。

 そして、これはなぜか斎藤伊賀守から病死として届け出がなされるのであった。


 全て聞いた三十郎は、ただ黙って袱紗を我が方に引き寄せた。銀蔵元締もその時こそ驚いたが、ややしたら頬をわずかに緩めたのみで後は頷きもしなかったようだ。

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