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宵闇仕討人  作者: 神谷主水
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三つ目小僧が化けて出た(一)

 ある夜、江戸本所のある堀でのこと。


 「いやあ災難でしたな旦那」

 「んだとこのぅ」


 提灯を携えた小者を伴い歩いているのは、南町奉行所本所掛同心の坂上内膳。ずいぶん酔っ払っていると見える。左手には釣ってきたのか魚三匹が入っている籠がある。

 ある時期に設置されていた本所奉行が廃止された折、江戸郊外であり、しかもお世辞にも柄のよろしいとは言えない本所深川の秩序を守るために両町奉行所に設置された本所掛だが、何故か坂上は本所の人間から冷たい眼で見られているようだ。

 曰く、どこぞの香具師と結託してある長屋を取り潰さんと欲した。また曰く、何故か寺社方の調べにも関わり、癒着が深い、など。誠のことは分からぬものの、彼を面白く思っていない者は何を思っているのか。

 小者は主人に呆れながら


 「だから言わんこっちゃないんですよ、旦那は下戸(げこ)のくせして酒ばっか喰らうもんだから」

 「言うな言うな!大体よう、溝浚(どぶざら)いだの木っ端(こっぱ)役人だの抜かしておるやつばらが、いつも金見せて煽てりゃ誰だって調子に乗らァ」


 奉行所の役人は役目柄死体に触れなければならず、心ない江戸町人や幕閣曰く、


 「溝浚い」

 「不浄役人」


 などと蔑まれ、たまには石も投げられる始末。

 しかし、諸藩の武士が捕らえられようものならば、醜態を隠さんがために日頃から「付け届け」なるものが八丁堀の役宅に渡されるのだ。

 小者また呆れ顔にて、しかし笑いながらなだめる。


 「はいはい、言わない言わない」


 そのとき、奇妙な声が二人に届く。低く、どもっているようにも聞こえる。


 「ぉぉぃ……」

 「ん、なんだぇ?」

 「ちぇっ、まだ言ってらあ」


 小者だけが、気がついていない。それを知ってか、また


 「おおい……」


 今度ははっきりとした、そして大きな声だ。


 「?……まただ!」


 まだ耳の遠い小者の前に出て辺りを見回す。しかし小者以外は誰もなし。


 「ん~、……なにやつ!?」


 酔いが覚めてはいないものの、坂上内膳は籠を置き太刀を抜いて構える。どうにも酔っ払いのそれには似つかわしくないほどの正眼の構え、立派なものである。


 「殿、それ抜いたらもう同心じゃいられなくなりますよまったくぅ」

 「あほう!我が大事だってのにんなこた言ってられるかよぅ!」


 しかしまだ千鳥足の様子。足元は覚束なく、せっかくの正眼も台無しである。そこへ


 「置いてけ~、置いてけ~……」


 そう言いながら声の主は、


 「置いてけ~、置いてけ~……」

 「うっ!……」


 声に気付かぬ小者の命を「置き去りに」しながらゆっくりと坂上に迫る。がっくり倒れた音を聞き振り返った坂上、しかし見るとうつ伏せの小者の首に銀色の()()が深々と刺し込まれているのみであった。

 なお声は聞こえるものの真っ暗闇、しかも酔っているものであるから誰が主か分かるはずもない。そして恐怖に屈して太刀を振り回さんとしたまさにそのとき。足音を聞くと同時に


 「ああ、……」


 金縛り。そう、身体が硬直してしまった。また坂上も小者と同じように倒れ込んでしまう。

 これを見た声の主と思われる影は二人から()()を首から抜き取る。

 そして、籠はいつの間にか、空っぽであった。






 ・・・


 翌朝、その堀近く。死体の引き上げと捜査が行われた。

 ちなみに小者というのは、本所界隈でそこそこ知られた御用聞きであった。要するに人手の足らない与力同心の手伝いをやるろくでなし共である。


 「さ、坂上さん……」


 成川聖二郎は呆気にとられていた。よもや本当に起きてしまったかと、心配よりそちらの驚きである。相方の同心平田も呆れながら悪態をつく。


 「だから言わんこっちゃないのだ馬鹿が。恨みを買うような真似をしでかしたばかりに」


 納得しつつ、成川の中に燻る疑念を吐露する。


 「しかしなんですな、魚籠までこしらえて亡くなっておるのは何とも……」

 「おいおい、まさかお前、あの狸が三つ目小僧に化けたとかいう(はなし)を信じるんじゃないだろうな?」

 「三つ目小僧って、下谷(したや)のアレ?」

 「そうだ、その三つ目小僧だよ」


 三つ目小僧。江戸下町の一角である下谷のある寺から伝わる、狸が化けて出たとされる妖怪。寺にいた和尚の寵愛を受けていたその狸が、寺を荒らす者に対し身体を大きく見せたり溝に放ったりと、なりふり構わず襲いかかるという。

 またこの堀には、魚を釣る町人に物の怪が襲いかかり、町人が逃げ続けて気が付いたときには魚籠が空になっていたとかいう怪談もある。これもこの三つ目小僧の仕業とされている。よくよく考えれば、この怪死はその怪談をなぞっているようにも見える。


 「たしか高厳寺でも似たような死体が上がったことありませんかね?」


 高厳寺の死体は背中をバッサリなので少し違うが、手口はどうみても怪談である。

 平田は思案の末、


 「……思えばたしかに似たような感じだな。まさかな」

 「どうもね平田さん、快楽で真似た野郎でもここまで上手くできる奴はいかにお江戸八百八町といえどもいませんよ。しかも魚籠まで」

 「すると、前に村野様がおっしゃった殺し屋が見せしめに。そんな馬鹿な!」


 成川がなだめて曰く、


 「そんなに上手い話があるかよ、と言いたいのは分かりますよ私だって。だけどよく考えて見たら今までが今までじゃありませんか。最後まで下手人が分からずじまいの件もあるし」




 南町奉行所。


 「すると、巷に伝わる怪談を利用した殺しで、しかも素人やただの怨恨沙汰ではできぬ芸当であると申すか?」


 一通り報告を聞いた筆頭同心村野が前に寄って詰問する。あまりの眼力に気圧されながら成川が言う。


 「は。あの、正直に申しますと私などは辰巳屋前の殺しからおかしいと思っておりまして、なにか殺し屋が絡まねば筋が一切通らぬことばかりであると」

 「皆まで言うな」


 遮って、しばし考える。そして言うには、


 「分かった、三つ目小僧だな。すると次は大坂だな」

 「「なっ!?」」


 三つ目小僧の怪談、実は大坂にもある。

 見世物小屋の元締が客の来ない現状を嘆き、ある子供に作り物の眼球を付けさせ三つ目小僧に仕立て上げようと企てる。しかしそれに不安を抱いた子供は、眼球を作っている仏具屋に頼み込み店員たちにも三つ目小僧になってもらい、元締には


 「洞窟で三つ目小僧を見つけて捕まえる」


 などという演出を頼んだ。

 その言を信じ子供に眼球を付けて三つ目小僧とし、洞窟に隠したうえで見物人を率いて洞窟に入ったらば、何と三つ目小僧が何人もいたではないか。その小僧共が一斉に襲いかかり、元締はからがら逃げ帰ったので子供が見世物になることは避けられた。

 大筋はこの通り。まさか……

 平田が動揺して問う。


 「そ、そんな!」

 「しかし、大坂では我らが出る幕などない。一応御目付越しに注意を働きかけてみるが相手にされんだろうな」


 実例があるとはいえ、公儀では怪談の真似事など迷信の類いとしか思われていないような節がある。

 そうでなくとも、夜魔一族なる行状の悪い連中を一同心が江戸に引き入れた時点で、公儀は町奉行所を一切信用しなくなった。南町奉行の「桜吹雪の金四郎」こと遠山左衛門尉(さえもんのじょう)景元が心労たたり五日間寝たきりになってしまったほどの大事件だ。実際数人の与力同心が武門不行届で腹を切らされた。

 このことを思うと、三人は沈黙を貫かざるをえなくなった。

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