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宵闇仕討人  作者: 神谷主水
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二つ白浪の隠し顔(四)

 子の刻半ばになった。

 三原屋の二つ向こうには頭領の霞の大五郎と二人の黒頭巾の男。

 屋根からは瓦を外して八人全員が入り込む。全員殺して三千両ほどを盗み終えたうえで、裏口の頭領と合流して江戸から一斉に逃げてしまおうという算段だ。

 途中で越後屋殺しのときに清助を捕らえられ、さらに奉行所に一味のことを話したその清助を殺すために遣わした二人も、有村いわく今度は口入屋の鶴屋三十郎に返り討ちを食らった。鶴屋といえば、表では庶民や無宿人にいい顔をしながら、裏では奉行所の役人や幕閣を金で操るといわれる、二つの顔を持った恐ろしい商人と裏稼業界隈で知られている。

 大五郎頭領は年甲斐もなく、脳裏の恐怖を抑えられないでいた。


 「さて、まず無事でいるといいんだがよ。妙な胸騒ぎがするんだよなぁ」

 「お頭?」

 「いや、いいんだ。無事に三千両取り終えたらお江戸とはおさらばさ。ハハハ⋯⋯」


 口でそう言いながら、胸騒ぎとやらの正体をいまだ掴みきれていなかった。








 まんまと三原屋に入り込んだ八人。ぐうぐうと寝息ばかりが聞こえる中、金蔵に辿り着くため、二つに分かれ探索する。

 途中でまだ起きている者を殴りつけて気絶させる、時には持っている打ち刀で峰打ちする、様々な思わぬ妨害を受けながらも二つの組がやっと外の金蔵に着いた。


 「ちっ、なんだこの地図?手こずらせやがって⋯⋯」


 実は別に、蔵に近づくために屋根から入らなくてもよいのだが、裏口から入ろうとして何があるか分からぬし、塀を越えるにも音がたっては気づかれるのも早くなる。しかもなぜか地図が複雑怪奇で、本当に下調べしたのかが分かりづらい。

 考えても仕方がないので、用意しておいた合鍵で鍵を開けるため、鍵穴に嵌め込む。

 しかし、開かない。どんなに嵌めても開かないし、どんなに力を入れてもどんなに大人数で押してもうんともすんとも言わぬ。


 「どういうこった⋯⋯開かねえぞ。お頭に限って間違いなぞあるはずがないんだ!」


 若い男が大声を上げそうになる。もしかしたら、自分たちは嵌められたのではないか。

 答えはすぐに出た。


 「やはり出てきたな盗人ども!」


 突然、三原屋にいないはずの侍たちが大勢やってきて、男たちを取り囲んだ。今は夜だが、男たちにとってこれはまさに青天の霹靂というもので、まさかという事態に動揺をまったくあらわにしていた。

 しかも侍たち、十手を持ってはいるが着流しでないし、しかも捕り方の棒を持っている者も目明しもいない。さらに後ろから、若い男にとっては見たことのある者が進み出た。おでん屋の屋台にいた雇われ者のはずだ。


 「やあ、主人には申し訳なかったが、これも仕事なのでね」

 「ぐぅっ、密偵(いぬ)か⋯⋯」


 盗賊が密偵のことを「いぬ」と呼ぶ。つまり今いる侍たちは火付盗賊改方の与力同心たちなのだ。

 その事実に動揺し混乱する連中に、陣笠を被った火盗改方頭が十手を向け号令する。


 「霞の大五郎一味を一名たりとも残さず捕らえる。神妙に縛につけい!」


 それとともに与力同心たちが一斉に刀を抜き捕らえにかかる。さらに


 「よいか!三原屋のためだ、見せしめに楯突く(ともがら)は斬り捨ててよろしい」


 と言うものであるから、下手に打ち刀で戦っても勝てないどころか本当に切り捨てられる始末。

 驚きと戸惑いに乱れたち、さらにそれこそやたら滅多に振り回すものであるから斬りたてられ盗人たちの体から血飛沫が飛び上がる。

 若い盗人は、捕らえられる直前、自分たちを売ったと思っている清助を恨んだとのちの取調べで供述しているという。



 「ん?向こうが騒がしいな。どうした」


 霞の大五郎はまったく落ち着きを取り戻していなかった。そのときのことだ。


 「おい、誰だいお前さん方?」


 横から粋に渋い声が聞こえた。それに呼応し黒装束の手下二人が懐の匕首を抜き構える。

 大五郎がそれに聞き返す。


 「おめぇこそどこの誰じゃ?」


 すると、闇から現れた浪人姿は答えもせず太刀を抜いたではないか。胸騒ぎが止まらなくなったか、大五郎は少しだけ左足を引いた。


 「お頭、ここはお逃げを」

 「あの野郎生かしちゃおけねえ」


 手下どもが向かってくる浪人にじりじりと近づき、浪人の方も少しずつ、歩みを速めた。

 そのまま三人がひとところに近づき⋯⋯、


 「ぎゃあっ!」

 「がはっ!」


 瞬間、光る曲線と悲鳴を二つずつ、大五郎の目と耳が捉えたのは同時であった。倒れた手下どもの胴体から血がこれでもかというほど流れ出ており、死は確実であった。

 この浪人は中山兵十郎。夜がよく似合う男だ。


 「う⋯⋯、うわあ!」


 年寄りのくせに子供じみた悲鳴を飛ばしてしまう。目の前の浪人に対する恐怖からか、背を向けて走り出した。自身のこれまでしでかしたこと、今しでかそうとしたことを棚に上げ、


 「た、助けてくれ!人殺しだ、ひとごろ⋯⋯」


 という間もなく肩を止められた。そして、


 「うわあ!」


 その手で突き飛ばされ転倒。そのまま顔を上げると、まるで巨人かといわんばかりの大男が、目を怒らせて胸元にある針袋から殺し針を抜いた。大男—やいとや又吉—の体が圧し掛かり、


 「お前まさ⋯⋯か⋯⋯」


 針が、額に突き刺さった。










 ・・・


 「さて有村、呼ばれたわけが分かるか?」


 翌日の南町奉行所。火盗改と奉行所同心が霞の大五郎の死体を検分している最中のことである。村野に呼び出された有村同心。当然本人に呼び出された理由など分かるはずもない。


 「い、いえ。お聞かせいただきたく」

 「そうか、では別の聞き方をしよう」


 次の問いに有村の背筋が凍った。


 「そのほう、三原屋が襲撃されたときの夜だ。どこにいた?」


 なぜそれを知っているのか?有村の頭に浮かんだ疑問はそれであった。


 「そ、それとその件とは具体的にどのような」

 「次にそのほう、あるところのおやじからの証言によれば、その夜にそのほうが行った場所には前から右頬に横一文字の傷の男とともにいたというではないか」


 反論を遮った村野の追及は、彼の首に刀身を向けられているかのようであった。

 村野はついに、


 「では、事件当夜にそのほうとともに酒を飲んだという者から直接ここで話を聞こうではないか」

 「!そ、それはまさか⋯⋯」

 「そのまさかだ!」


 村野に招かれて隣の戸から入ってきたのは、


 「な、成川さん⋯⋯」

 「有村さん、まさかあなたが⋯⋯」


 成川聖二郎。昨日組んだばかりの少し間抜けな同心であった。

 驚いた有村、我を忘れ


 「これはどういうことでございます村野様!私めにありもしない罪をなすり付けるための謀略でございましょう!?」

 「黙れ慮外者!こういうことがあろうかと、赴任してすぐ火盗改と連携し今回の内偵を行っていた。さらに成川に命じ⋯⋯」


 成川をわずかに見た村野、すぐに振り返り、


 「霞の大五郎に関する調書すべてを読み込ませ、そのうえ昨夜までそのほうと組ませたのだ。成川答えよ」


 ひととおり言い切った村野の視線がまた成川同心を射抜いた。少し肩が震えているように見受けられる。


 「まず一つ、そのほう昨夜飲んだ場所で何を見た」

 「は、はい。向こうの席で人相の悪い男が二人」

 「よし次、有村との話で有村が一番食らいついたことはなんだ?」


 有村の額に冷たいものが流れる。


 「はい。うろ覚えの三原屋の鍵の話です」


 そして有村は悟った。悟らざるを得なかった。


 「次、その話をしたとき、そのほうが見たという男たちはどうした」

 「代金を置いて向島の方角に行ったと記憶しています。確か有村さんも八丁堀方角ではなくそちらに⋯⋯。しかもその話の途中しきりに男たちを見ていましたし」


 膝の震えが全く止まらない。全身がまるで死を恐れている。小鹿が外敵の視線を受けたときのように。


 「最後だ。あえてまだ飲んだ場所と言おう。その主人から何を聞いた」


 この問いに成川、全身が震えた。仲間をここで売るのか、奉行所を裏切るのか。しかしその震えはわずか二秒で止まった。


 「右頬に一文字の傷の男とやけに親しそうに、しかも重要な話ばかりを話していたとか。しかもそのすぐ後に盗みが起きていたとも。また見回りのときに、ことが起きる前のその現場をよく行っていたとか言っていました」


 これが決定打になった。少なくともこれで有村の居場所はなくなった。

 村野が声を張り上げた。


 「よし分かった!有村弥平次、そのほうお奉行からの沙汰があるまで自宅謹慎を命ず!二度と日の目に当たれると思わぬことだ」





 その後の有村は役宅にて切腹、火盗改方の取調べも終わり、有村との繋がりを除いた調書を評定所に提出。その裁きが下される日は近い。

 後日、成川に報奨金が支給された。しかしこれで事件捜査は終了。霞の大五郎の死因はろくに調べられることなく、また有村の前科も掘り下げられぬままだ。

 成川にとって、苦い報奨金を受け取るしかなかった。奉行所の闇は一切晴らされぬままである。

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