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宵闇仕討人  作者: 神谷主水
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二つ白浪の隠し顔(三)

 「なんでこんなところに大五郎一味の死体があるんだ⋯⋯?」


 鶴屋が襲撃された翌朝、第一発見者を装った丈太郎の証言により同心たちが駆けつけたが、黒頭巾の胸の上に「霞」の字の紙がある死体が河原に置かれていた。

 同心たちには皆目見当のつかないことである。


 「大方仲間割れでも起こしたんじゃないんですかねぇ」

 「そうであれば嬉しいのだが、多分()()()殺されたのではないと思うなあ」


 実は丈太郎、そうした検分の最中に姿を消していたのであるが、別にその所は番屋ですでに聞いていたのでさしたる問題はない。問題はなぜわざわざ河原なのか、だ。

 恐らく死体が見つかっては困るような連中の仕業に違いない、この同心は少なくともそう感じた。


 「うーん、村野様に聞いてみるか⋯⋯」


 ところが、


 「骸は河原なのであろう?それで処理しておけ」


 どんなに聞いてもその答え一辺倒で取り付く島もない。


 「し、しかしですね村野様。大体河原に浮かんでいる死体というのは大半が別の場所で殺され、その証拠を隠すために捨て置かれたというのは多数の犯科帳にある通りでございます」

 「それはそうだ」

 「それに、どう考えても仲間割れとはどうしても思われませぬ。二日ほど前には清助を百叩きで放ったばかりですし⋯⋯」

 「つまりそれは清助の身柄を引き取った鶴屋が殺したと?」


 途端、村野の放つ眼光が同心を貫いた。背筋に悪寒、額に冷や汗、膝小僧が恐怖で震えた同心は一言答えるのがやっとであった。


 「は、⋯⋯はい」

 「そうか。ならば清助か自身を守ったということでいちいち捕らえて詮議するまでもない。霞の大五郎の件が終わったしかる後、しかる者を遣わして事情を聴く。それでよかろうが」


 本来なら奉行所に呼んでしかる取調べを行うべきであるが、今は霞の大五郎一味殲滅があるし、それに相手が鶴屋三十郎なのだ。口入屋であるゆえに、用心棒の浪人ずれに護衛のために斬られたなどとあっては、もはやその言い分を通す以外にない。


 「それも、そうですね」

 「分かったな。報告大儀、下がってよろしい」

 「は、ははっ!」


 この場にいるのが恐ろしくなった同心、すぐに立ち上がり、そそくさと見回りと称して出て行ってしまった。

 一方、この成り行きを恐ろしく思っていたのは村野の左手前にいる三十路を過ぎた同心有村も同様であった。しかし、そちらはどの話の成り行きからしても処遇について怯えるような立場には決してないはずだ。

 その様子をふと見た村野、すぐ右奥で手の遅い成川を呼びつける。


 「成川、近う寄れ」

 「は、はいただいま」


 いきなり呼ばれたもので、少し慌てながら村野の前に出るさまは落ち着きがなく、わずかながら笑いが聞こえた。

 村野は左の方を指さしながら、


 「成川、本日ただいまより、そこの有村と組んでもらう」

 「!」


 今の有村にとっては、喉に脇差を突き付けられたような言葉を発した。なぜか誰とも組みたがらないこの同心の焦りが分かる。それを知りながら、


 「有村は今とても顔色が優れぬようでな、もし有村の身に何か一大事あったときはできる限りの手助けをしてほしい」

 「あ、ありがたきこととは思いますが、私ごときでは力不足ですし、それではあの⋯⋯」

 「その話は後にせい!とにかく、有村の支えになってくれ」


 とばかりで、何か裏が透けて見えなくもないことを、有村をしきりに見ながら小出しにするもので、成川も困惑。

 やがて集会が終わり、また二人きりになった。


 「さて、そのほうはどこまで分かったか」

 「どこまで、とは?」

 「霞の大五郎と繋がっている同心の内偵だ」


 村野から初日に託されたのは、犯科帳や調書から霞の大五郎と繋がりがある、または意図して下手人を改竄した恐れのある者を炙り出すということだった。


 「はい、それに関するすべての調書を見てみましたが、なんと⋯⋯」


 苦い顔で耳打ちした。聞いていくうちに村野が思案顔に、さらに聞き入ると妙に得心がいったらしく、


 「うむ、分かった。もういい」


 手で制したので成川は下がる。その後少しだけ首をかしげて、筆頭同心はただ一言


 「このことはしばらく預かった。行け」


 とのみで、手を払いお開きとした。

 成川の心にある一つの黒い霧が覆いかぶさっていった。









 ・・・


 日中は有村と組むことになった成川同心。

 隣で仕事ぶりを見るに、品行方正とも清廉潔白ともいえないが、基本的に小悪でも注意を加え、スリを許さず、喧嘩でもゆっくり話を聞き、なるべく公正かつ穏便に済ませようとする優しい人物であろうという評価である。

 そのような同心と組ませるとは勉強しろということか、と成川が一人で納得しているところだ。

 しかし彼の黒い霧は、まだ晴れそうもない。


 「有村さん、本当に未熟者としては勉強になります」

 「いやいや成川さん、あの喧嘩なんぞはあんたがいなきゃどうにもならんかったよ」

 「いやそれはそれは⋯⋯」


 そのまま夜を迎え、二人の足は裏路地のおでん屋に向かっていた。どうやら十年くらい前から行きつけの店らしく、近場の町人やその日の担当の同心が飲みに行くようになったという。

 屋台の席に座ってすぐ、


 「おう成川さん、俺のおごりでいいぞ」

 「そ、そんな有村さん、何もそこまで⋯⋯」

 「いいのだ、まあ行きつけだから」


 どんなに断ったところで聞きやしない。とにかく先輩からの要望ということで受け入れざるを得なかった。

 すると時を同じくしてか、二人のいかにも人相の悪そうな男が空いた外の席に座り込んだ。

 それに構わず有村同心、


 「おう、熱燗二本」

 「へいへい、ただいまー」


 注文すると、気のない返事で屋台の人が返す。有村いわく、


 「あれはひと月前からここにいる人でね。返事はああだけどおでんを作る能は確かだよ」


 とのこと。主人の方は初老で、今筋悪の方に注文を聞きに行っている。

 あの二人組、意外にも丁寧に注文しており、すぐに暴れるだの匕首を向けるだのといったことはしないようだ。

 いろいろ世間話や愚痴をぶつけ合って熱くなる中、成川がふと切り出す。


 「あのう、そういえば赴任なさった日に村野様が面白いことを言っていたのですが」

 「うん、面白いこと?」

 「ええ、とんと忘れてしまって申し訳ない。今思い出したんですが、札差の三原屋さんの蔵の鍵についてどうとか⋯⋯」


 その時、二人組の方の台がガタンと揺れだした。徳利を落としてしまったようだが割ってはいない。それにわざと目を向けず成川同心は続ける。


 「その、なんておっしゃってたっけね⋯⋯。最近鍵の更新やってないから心配だなどとか私に言ってたような気がしないでもなかったような」

 「そうなのか?」


 意外にも有村が食いついてきた。これをみた成川、疑念が晴れたかさらに調子よく続ける。


 「はい。なんと言いますか、『もし押し入られでもしたら奉行所の恥だ!』とか熱弁をふるってらしてて困惑したというかなんというか」


 話しつつちらと見ると、男たちが代金を準備していた。このままでは自分の方が内通者になってしまうと、調子よく話すわりに小心者の成川。すると、


 「そうか、分かった。ありがとう」


 と、急に代金を置いて帰ろうとするのは有村だ。しかも二人組の方はもう向こうに行ってしまった。

 怪訝に思ったか、成川が聞いてみる。


 「もう、帰るんですか?」

 「いや、用事があるから。それではまた⋯⋯」


 と有村、代金を置くとさきの二人組と同じ方向に歩いて行ってしまう。

 首をかしげていると、屋台の主人に話しかけられた。


 「今の同心様、少し前までご老人と一緒にいたんでございますよ」

 「ん、どういうことだい?」


 すると、主人の口から驚きの言葉が帰ってきた。その言葉にしばらく開いた口が塞がらなくなる。


 「ええ、確か右の頬に小さい横一文字があった金持ちの老人だったような⋯⋯」


 成川の黒い霧が大きくなってしまった。もはやどうにもなるまい。

 右頬に小さい横一文字。十年前から有村同心と一緒にこの屋台で飲みに行っている。恐らくそこから捜査情報が漏洩され、秘密裏に事件が進行したとみてよい。

 間違いない、間違いなく手配書と同じ特徴の男だ。霞の大五郎だ。あの二人もその一味に違いない。

 そしてその一味と繋がりのある同心は⋯⋯、有村弥平次。








 ・・・


 向島の大屋敷。

 このお大尽の屋敷が今、黒い頭巾で目以外の顔のすべてを隠した黒装束の男十人ばかりがたむろする隠し宿になっていた。

 その目の前には、右頬に横一文字の老人男性—霞の大五郎—が立ち上がって演説した。


 「いいか、今夜子の刻の中ごろに札差の三原屋から三千両ほどかっさらうぞ」


 十人の男たちは黙って聞いている。

 今は亥の刻、三原屋は向島から近い薬研堀の札差。見取り図を見てみると、用心が薄い気はしないでもない。


 「長らく殺しをさせたのはこの支度金を得るためだ。()()()の仲立ちあってこそ今がある。それも今夜で終わりにする!いくぞお前ら!」


 この号令の下、男たちが支度を整えて散っていく。これを天井から見ていた青年は板を閉じ、そっと男たちに見えないように屋敷から早めに出て行った。この男こそが鶴屋の手下丈太郎である。

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