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みどりの告白

 随分長い時間、話を聞いたような気がした。

 何億年にも渡る壮大な話だったから。

 だが実際は、30分もたっていなかった。

 あまりにも、信じられないような話。

 それでも、それを受け入れられたのは、DNAの奥底に刻み込まれた遠い祖先の記憶があったからかもしれない。

 良太は、脳の中心に語りかけてくるみどりの言葉に耳を、いや、脳を傾けていた。

「わたしが今ここにいる理由を説明するためには、まず、あなた達のことから話さなければなりません」

「俺達のこと?」

「わたしは、この星からはるか離れた星からやってきました。そこは、光と思考が満たす世界。やわらかな光の波とあたたかい思考の波に満ちたその世界には、音の波が存在しません」

「音の波が存在しない?」

「あなた達が音を聞きとれるように、わたしたちは互いが思っていることを理解できた。だから、音で何かを伝える必要がなかったんです。お互いに必要なものが理解できたから、争いというものも存在しなかった。ある日、わたしたちの世界に、音を使う者が入り込んできた。わたしたちには魔法にしか思えない科学という力を持っていた。その者たちは、その科学力を使って、わたしたちの世界を音が使える世界に変えようとした。わたしたちの世界が音に満たされたら、音のない世界でしか生きられないわたしたちは滅ぶしかありません。争いを知らないわたしたちは、抵抗するすべもなく絶滅を待つばかりになりました。そのとき、音を使う者に戦いを挑む者が現れました。それは、わたしたちの世界を調べるために、科学の力でわたしたちと同じ姿形に変身し、わたしたちの世界の中で暮らしていた音を使う者でした」

「つまり、スパイ・・・・」

「その者は、同じ仲間である音を使う者たちを倒し、わたしたちの世界を守りました。そして、音を使う者が残していった科学力を、その知恵をわたしたちに授けて下さったのです。その者は言いました。

『わたしたちは科学の力で宇宙を制した。科学の力ですべての悪を制圧し、平和と正義を守る全宇宙の守護者であろうとした。この宇宙が平和であるためには、すべてが平らでなければならない。だが、守護者たろうということは、守る者と守られる者がいるということだ。そこには優劣が存在する。それは、全てを平らにしようとすることに反すること。守護者たろうと思うことこそ悪の根源なのだ。わたしたちはどんなに巨大な力を得ようと、自らの内に潜む悪を制圧できなかった。わたしは、あなたちの中で暮らすことで分かった。お互いを尊重し、決して優劣をつけない、あなたたちこそ、この全宇宙に平和をもたらす者。あなたたちこそ全宇宙の守護者である』

 と」

「・・・・まさかとは、思うけど、音のない世界を救ったのって、もしかして・・・・ウルトラマン?」

「違います」

「じゃあ何者だったんだ。名前は、彼には名前はあったのか?」

「ありました」

「なんて?」

「トーホム・エンザです」

 良太のイメージの中に現れる名前、トーホム・エンザは、音のない世界を救った英雄の名前だった。

「わたしたちは、音を使う者が残した科学力で宇宙の隅々まで探索し、そこに争いの種があれば、トーホム・エンザがしたように、その星の住人に自らの体を変身させ、共に暮らしながら、争いのない世界へと導いていきました。そうして、長い年月をかけて宇宙に平和をもたらしていったのです。体を変身させることで得たのは、宇宙の平和だけではありません。わたしたちが得たものもありました」

「それは?」

「音です。元々の姿では、音を出すことも聞くこともできませんが、音を使う種族に変身することでわたしたちも音が使えるようになったのです。ただし、その体で音を使ったら、わたしたちのコミュニケーションの元になる『思考の根』が失われ、わたしたちは二度と思考の波をとらえることができなくなります」

「それはつまり」

「音を発したら、元の世界には戻れなくなるということ」

「そんな・・・さびしくはないのか?」

「元々わたしたちの種族には感情というものがありません。変身した体を得た者だけが、感情というものを得る。だから、元に戻れなくなっても、さびしさはないんです」

「でも、変だな。トーホム・エンザの種族は、宇宙に平和をもたらしたんじゃなかったのか?宇宙を探索した時に、なぜ、まだ争いの種がそんなにあったんだ?」

「トーホム・エンザの種族は科学力におぼれ、衰退していったのです。その結果、科学の力で築き上げた平和はもろくも崩れ去りました。わたしたちはトーホム・エンザの種族を探しましたが、ようやく探し当てた時、その母星はすでに滅亡寸前でした」

「母星?」

「この地球です」

「地球?地球ってことはつまり、トーホム・エンザってのは・・・」

「あなたたちの遥かな祖先だったのです」

「・・・・でも、その時滅亡寸前だったとすると、今ある地球はいったい・・・」

「地球は発展の頂点を極めた科学力の暴走で、46億年前に一度滅亡しました。マグマが噴出し、酸の雨が降る原始地球に戻ってしまったんです。地球はそこから再び新しいスタートを切った。第二世紀の地球の誕生です。しかし、この時、地球はエンフォニウムペテラに狙われていました」

「エンフォニウムペテラ?」

「わたしたちと同じ、光と思考の波を感知する生物です。この生物は、光と思考を自在に操るだけでなく、その底なしの食欲で、宇宙に存在するありとあらゆるものを自分の体に取り込み成長する。それに近づくものは、巨大な惑星であろうと、時にはブラックホールさえ食べられてします。エンフォニウムペテラは、止めることのできない欲望の固まりなのです」

「そんな化け物に狙われたのに、なぜ今地球が残っているんだ」

「この生物にも、わたしたちと同じ弱点があります」

「弱点?」

「音です。この生物は、わたしたちと発生の祖先を同じくするもの。彼らは大気のある星が音に満ちていることを知っている。だから、まず星に狙いを定めるとその大気を奪い、音のない死の世界にしてその星を食らうんです。エンフォニウムペテラは変身前のわたしたちと同じで感情も何も存在しない。わたしたちが欲望を知らない生物なら、エンフォニウムペテラは欲望しか知らない生物。この生物から何かを守ろうとするなら、エンフォニウムペテラを滅ぼすしか方法はありません」

「でも、科学力も何もなくなった原始の地球が、どうやってそんな奴を滅ぼすことができたんだ?」

「わたしたちの遠い祖先が、トーホム・エンザの母星を守るため、人間の姿に変身し、この地に降り立ちました。わたしたちの星にしか存在しない、ある物質を持って。あなたたちが、アブサイトミチヨライトと呼ぶ物質です」

「アブサイト・・・・。聞いたことないな。そんな物質」

「この星の一部の人にしか、その存在は知られていません。もし、これをエンフォニウムペテラが体内に取り込んだら、彼らは音をも制御できるようになり、滅ぼせるものは何もなくなる。その危険を冒してまでも、この地に降り立った我々の仲間は、アブサイトミチヨライトを使って、大気を奪われる前に宇宙空間にいるエンフォニウムペテラを攻撃。地球の大気に触れる前に滅ぼすことに成功しました。エンフォニウムペテラの遺骸は地球の重力に掴まり、今も地球の周りをまわっています」

「地球の周りをまわっているってそれは・・・・」

「あなた達が月と呼ぶ衛星です。月にできた無数のクレーターは、その時の攻撃のあと。しかし、この攻撃で、この星に降り立った船は破損し、わたしたちの遠い祖先はこの地球から飛び立てなくなりました。アブサイトミチヨライトは、宇宙のありとあらゆるものを自由に制御できる。光、思考、音、原子、細胞、全てのものを安定化させ、あるべき姿に引き戻す力を持つ、科学をはるかに凌駕する宇宙が生んだ奇跡。これをエンフォニウムペテラに奪われたら、全宇宙の脅威になる。わたしたちの祖先は、原始地球の海の中にアブサイトミチヨライトを隠すためのバリヤーをはった。それは、雲になり、雨になり、川となって、水という形で地球上に拡散した。だから、アブサイトミチヨライトは水の中にある限り、その存在を外に知られることはありません」

「水の中ってことは、そのアブなんとかは海の底に沈んでいるってこと?」

「いえ」

「じゃあ、どこに?」

「ここです」

「ここ?」

「アブサイトミチヨライトは、呼水町、風応町一帯の地下深くに46億年もの間、その存在を知られることなく隠され続けました。しかし、数年前、突然、その存在が全宇宙に知れ渡ってしまったのです」

「数年前・・・・採掘場の事故だ」

「数年前、彌絡石の採掘で、水の中に隠されていたアブサイトミチヨライトが掘り起こされてしまいました。アブサイトミチヨライトは、地下水を噴出させ、水のドームを作って自らの存在を隠した。しかし、その存在は、エンフォニウムペテラに知られるところとなってしまいました。エンフォニウムペテラはアブサイトミチヨライトを求めて、破壊の意志を放射しながら、今も地球に向かってきています」

「破壊の意志・・・。俺が天体望遠鏡で彗星を見た時に感じたのは、それか」

「そのとおり。エンフォニウムペテラこそ、スタードロップ彗星の正体なのです」

「でも、何で俺だけ?他の天体部員は、何も感じていなかったぞ」

「あなたは、柿崎達に追われ、水のドームにつながる穴に転落した。そのとき、あなたの体に何か変化は起きませんでしたか?」

「・・・・傷だらけだったはずなのに、気付いたらどこにも傷が残っていなかった・・・・」

「アブサイトミチヨライトは、傷ついた体を修復し、乱れた心を安定化させる。あなたは、その力で回復し、身体の奥底に眠る記憶をよみがえらせ、さらに思考の波を感じ取る感受性を高めることになったんです。あなただけが彗星の放つ意志を感じ取ったのはそのためです」

「ちょっと待った。体の奥底に眠る記憶って何だ?」

「すべての人間たちが共通で持つ記憶です。脳の中で働いていないと言われる70%の中にそれは隠されていて、たいていの人間はその記憶に触れることなく生涯を終える。でもあなたは、それを断片的なイメージとして、感じ取っていたはずです」

 時々現れる月と彗星のイメージはそれだったのだ。

 採掘場の地下水の事故に遭遇した人たちも、アブサイトミチヨライトの影響を受けた。過去の記憶が溢れだし、それで病気扱いされてしまったのだ。

「エンフォオニウムペテラの思考波動は、大気を貫くことができません。それができるのは、アブサイトミチヨライトのみ。だから、アブサイトミチヨライトの干渉を受けたあなたは、エンフォニウムペテラの思考波動を感知できたんです」

「俺の中に思考を感じ取る力が・・・。だから、みんなには聞こえないみどりの言葉が、俺だけ聞えるのか・・・」

 みどりはうなづいた。

「再び水の中に隠されたアブサイトミチヨライトの波動を感じ取れなくなったエンフォニウムペテラは、第一世紀の地球攻略失敗を再び冒さぬよう、その正確な位置を把握しようとしています。その位置が把握できるまで、エンフォニウムペテラは地球を攻撃することはないでしょう」

「つまり、水で隠されている限り、地球は安全ということ?」

「しかし、この地球のどこかにあるということは分かっている。エンフォニウムペテラから、アブサイトミチヨライトを永遠に隠し続けることはできません」

「エンフォニウムペテラが、攻撃してきたらどうなる?」

「エンフォニウムペテラは、光の波を自在に操ることができます。それは、大気のあるなしに関係ありません。エンフォニウムペテラは、大気のある惑星の生物が光を必要とすることを知っている。その世界から光を奪い、絶望の中に沈んだ時、世界は沈黙し、音は死に絶えます。エンフォニウムペテラはその瞬間をねらって、大気の中に入り込み、大気境界層を破壊して、その惑星を死の惑星にしてしまう。そして、光も音もなくなった惑星をゆっくりと自らの体内に取り込んでいくのです」

「それじゃまるで、蜘蛛の糸に掴まって、抵抗できないまま食われる昆虫みたいじゃないか。そんなの冗談じゃないぜ。・・・そうだ。ここにアブサイトミチヨライトがあるのなら、前の時のように宇宙空間にいる間にやっつけられるんじゃないか?」

「アブサイトミチヨライトは、それ自体が意志を持ちます。それを制御できるすべは、46億年前に船とともに失われました。アブサイトミチヨライトは、宇宙が生んだ奇跡。それは安定と回復を生みだすもので、それを使って、他を滅ぼすことはあってはならない。わたしたちの祖先が、46億年前にこの地球上で行ったのは決して冒してはならない禁断の使い方だったのです。その結果、船は破損し、わたしたちの祖先は、原始地球に取り残されることになった。アブサイトミチヨライトは、二度とエンフォニウムペテラを滅ぼす手段に使ってはならないのです」

「じゃあ、どうすればいいんだ。地球はこのままエンフォニウムペテラに食われてしまうのか」

「いいえ、そんなことはさせません」

「でも、どうやって・・・・」

「わたしは、そのためにここにいるのです」


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