深まる謎
寺壕は、天体部の部活を正臣たちに任せ、テルミンに車を走らせていた。
由美から電話があり、呼びだされたのだ。
諸田と一緒に飲んで以来、2週間ぶりだった。
テルミンについてみると、由美はまだ来ていなかった。
「ブレンド」
前回来たところと同じテーブルに着くと、先にコーヒーを注文する。
ブレンドを半分くらいすすった時、ようやく由美が到着した。由美は、寺壕にすぐ気付いた。
「遅いぞ。誘っておいて」
寺壕が言う。
「ごめん。どうしても、席はずせなかったんだ」
「会議でもあったのか?」
「NASAからの緊急報告が・・・・」
「緊急報告?」
由美は、しまったという顔になった。
「由美、俺はモロじゃない。金で情報を売るようなことはしない。言いたくなければ何も言わなくていい。だが、その胸にしまい続けるのが苦しいことなら、トップシークレットなんて御託はその辺の野良犬に食わしちまえ」
由美は思わず笑った。
「確かに、トップシークレットなんて言葉だけ。だって、わたしたちのところに入ってくる情報は、彗星をよく観察していれば分かるようなことばかりなんだもの」
「公方天文台に来た甲斐があったってわけだ」
「そうね」
言葉ではそう言ってはみたものの、由美の表情には、全てを話すことに対する抵抗がまだある。
「・・・・由美。一人で抱えるのがきつくなってきたから俺を呼んだんだろ。俺の前では、組織の歯車のフリするな」
由美は視線を落とし、水の入ったコップを掴むと、少し揺らして浮かんだ氷がたてる音に耳をすました。
「・・・・このままでは、スタードロップ彗星は地球にぶつかる」
コップを見つめたまま由美がつぶやく。
「この間、テレビで衝突の危険性はないと話していたぞ」
「それは火星を通り過ぎるまでの話。スタードロップ彗星は、火星を過ぎたところで、軌道を変えたの。その結果、あと2週間以内にスタードロップは地球に到達する」
「火星の重力の影響か?」
「考えづらいわ。重力の影響を受けるには離れ過ぎていたし、軌道変更の角度があまりに不自然すぎる。まるで、何かに気付いて急カーブした感じ」
「光はどうだ?もし、発見時と同じ光の強さで地球近くまで来てみろ。太陽が目の前にあるのと同じだ。まぶしさで、人類は全員失明だ」
「その心配は無用よ。光の強さはどんどん弱くなっている。このまま弱まっていけば、地球に到達するころには、月の明るさの2倍程度に落ち着くわ」
「月の2倍ね。それだけ明るければ、夜の街灯はいらんな」
「月の隣に大人しく止まってくれればね。急カーブのあと、スタードロップ彗星は、一直線に地球の軌道に向かっている」
「地球の軌道に?」
「それまでは、毎秒200キロのスピードだったんだけど、火星から24,000キロ付近まで再接近した時、速度が突然落ちたの」
「速度が落ちた?」
「寺壕君、火星から24,000キロというと、何だか分かる?」
「・・・・火星の衛星、ダイモスの周回距離か」
「さすがね」
「ダイモスがどうかしたのか?」
「スタードロップ彗星が火星近くを通り過ぎた後、ダイモスが消えたの」
「ダイモスが消えた?」
「公方天文台はその瞬間をとらえていたわ」
「ダイモスは、スタードロップ彗星と衝突したのか?」
「もし衝突したのなら、爆発が起きて、その破片が飛び散るはず。それなのに、爆発も破片も全く観測されなかったの」
「どういうことだ?」
「文字通り、消えてしまったって言うこと」
寺壕は、しばらく考え込んだ。
「スタードロップ彗星の大きさに変化は?」
「大きさ?」
「いや、単純な話さ。スタードロップ彗星がぶつかったのにダイモスは破壊されなかった。それなのに、ダイモスが消えたとすると、スタードロップにくっついちまったんじゃないか、と」
「くっついた?」
「もし、スタードロップ彗星の核にくっついたのなら、ダイモスはコマに隠れて見えなくなってしまう。それなら消えたように見えるだろ?」
「くっついたとすれば、コマに隠れて見えなくても、彗星そのもの大きさに変化はあるんじゃないかってこと?」
「そういうこと」
「残念ながら、核の体積には変化はないわ。木星を過ぎた所からずっと測定続けているから間違いない」
「そうなると、考えられることは一つ。くっついたんじゃなく、その中に取り込んだんだ」
「取り込んだ?取り込んだってどういう意味?」
「スタードロップが、胃の中に収めちまった。つまり、ダイモスを喰っちまったってことさ」
「彗星を生き物みたいに言わないでよ。気持ち悪い」
「生き物でなければ宇宙船だな。宇宙船の中に空洞があってその中に取り込んだとも考えられる。こっちの方が信憑性があるな」
「また、宇宙戦艦ヤマト?」
「さらば宇宙戦艦ヤマトだ。超巨大戦艦はな」
オタクのこだわりにあきれる由美。
「・・・・聞く人を間違えたかしら」
「今頼りになるのは想像力だ。マジックには必ずタネがある。目の前にある事実はマジックだ。目の前の事実だけ見ていてもタネ明かしはできない。目に見えないものを想像すること。それこそ、タネ明かしの真髄だ」
「じゃ寺壕君、教えて。スタードロップ彗星っていったい何なの?」
「由美も言っていたよな。スタードロップ彗星は、まるで、何かに気付いて急カーブしたみたいだったと。スタードロップ彗星には意志がある。急カーブの先にあるのが地球の軌道なら、奴の狙いは地球だ。ダイモスの消失は大きなヒントだ。ダイモスが破壊されなかったのだから、地球も衝突して破壊されることはないと考えていいだろう。浮足立って、先制攻撃を仕掛けないことだ。でないと、痛い目に遭う」
「NASAはそう考えていない」
「スタードロップに攻撃を仕掛けるつもりなのか?」
「月の周回軌道より内側に入ってきたら、攻撃衛星から弾道ミサイルを発射する。軍と協力してその準備を始めたわ」
「NASAからの緊急報告ってのはそれか?」
うなづく由美。
「どこかの映画みたいに、スペースシャトルで突っ込まないだけよしとしよう。だが、それは無駄な攻撃だ。ダイモスは消えた。だからミサイルもスタードロップを破壊することなく、消えてしまうに違いない」
「・・・・あまり、明るい話じゃないわね」
「俺は悲観論者でね」
「そんな話初めて聞いた」
「別に積極的にアピールする話でもないだろ?」
「それもそうね」
「スタードロップに意志があるとしたら、地球に向かわせる何らかのきっかけがあったはずだ。でなければ、今まで何十億年と地球に来なかった説明がつかない。何か、今までになかったような異変が、この地球上のどこかで発生していなかったか?それが、ダイモスを取り込みながら、火星には目もくれなかったスタードロップ彗星が地球を狙う目的だ」
「じゃ、今わたしたちがしなくちゃならないことって何?」
「スタードロップ彗星だけじゃなく、地球上にも目を向けることだ」
「そんなのどうやって調べればいいの?」
「・・・俺に心当たりがある」
「それなら、92チャンだね」
諸田は、パソコンに向かったまま、後ろの2人に言った。
「92チャン?」
寺壕が聞き返す。
「UFOから都市伝説まで、世界中の怪しい出来事を載せてる世界最大のサイトだ。地球上のどこかに異変があれば、翌日には世界中に発信されている。まあ、投稿は半分が素人だから、信憑性は薄いけどね。だが、ネタを拾うのにはもってこい。この間俺が見つけた面白ネタはこれだ」
諸田が表示した見出し。
「火星の衛星が消えた?スタードロップ彗星が捕食していた!その真実に迫る!」
寺壕と由美は、諸田の後ろで顔を見合わせた。
「この記事によると、スタードロップ彗星は、大昔から宇宙を飛び回っている捕食生物で、惑星を食い物にしているっていうんだな。で、スタードロップ彗星の通り道にあった火星の衛星の一つが消えちまったらしい。それは、スタードロップ彗星が喰っちまったからで、次に狙われてるのはこの地球だと。まったく、笑っちゃうよな」
「確かに笑える」
そう言う寺壕の顔はこわばっていた。
「宇宙じゃなくて、この地球上で起こった異変で、モロが気になったことは何かないか?」
「地球でか?んー、アマゾンの奥地でワニ人間が見つかったとか?」
「そういうキワ者じゃなくて、モロの取材に足るような情報が欲しいんだ」
「・・・・2人とも、何か俺に隠してるな?」
「隠してなんかいないさ。隠すことがあるなら、フリージャーナリストに接触するなんて危ない真似するわけないだろ」
「確かに。俺がその気になれば、世界中の何十億にその情報がリークされるわけだからな」
「そういうこと」
「・・・・テラ、お前、佐藤幹夫って知っているか?」
「誰だ、それ」
「呼水町にいた伝承学者だ。その人の書いた文章で面白い物がある。室伏湖の地下には、全てのものを癒し、回復させる奇跡の鉱石が埋まっていると言うんだ」
「奇跡の鉱石?」
「昔、室伏湖にあったという神殿に祀られていた宝物がそれだって言うんだな。まあ、所詮昔話に過ぎない。だが、この佐藤幹夫という学者は本気でそれを探し回っていたらしい」
「日本のインディ・ジョーンズか?」
「さらに面白いのは、この人、伝承学者になる前は地質学を勉強していたらしい。つまり、単なる興味本意ではなく地質学の見地からその鉱石を探していた可能性がある」
「全てを癒し、回復させる奇跡の鉱石は実在すると?」
「採掘場の爆発事件で捕まった森村って犯人。実は海外で権威のある賞を受賞したこともある著名な地質学者だった。佐藤幹夫とも親しい間柄だったらしい。俺は、数年前に起きた採掘場の地下水噴出事故、あれが、何かとんでもない事件の幕開けだったような気がするんだ」
「何かとんでもない事件て?」
「分からない。だが、ここの地下で何かとんでもない異変が起きている、そんな気がしてならないんだ」
「ジャーナリストとしての勘か?」
「それだけじゃない。例の、地下に埋まっている船な。あれの周りに付着している岩石の成分を調べてもらったら、日本にはあり得ない先カンブリア時代のものが見つかったんだ」
「どういうことだ?」
「あの船は、先カンブリア時代、つまり40億年以上前から地殻変動をものともせず、ずっとこの場所で固まっていたってことさ」
寺壕は考え込んだ。
「お前の考えている異変は、足元で起きているのかもしれない。身の回りのちょっとした異変に気付くことだ。それが、お前の知りたいことの糸口になるかもしれないからな」




