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風中説得決死隊

 大地讃頌の最後のフレーズが教室内に響き渡る。

「じゃあ、今日はここまでにしましょう」

 麻耶の声で合唱の練習が終わり、生徒たちはおのおの教室を出て行く。

 その中には楓の姿も。

 楓は麻耶との約束で、みどりとともに合唱の練習に顔を出すようになっていた。最初はぎこちない歌い方だった。だが、練習を重ねるにつれ、楓の伸びやかな声と声量は、皆の歌声を束ね、歌の質をぐっと高めた。

 楓の側近たちも、歌っているのかいないのか分からないが、練習にはつき合っていた。

 側近たちと、教室を出て行こうとする楓を、麻耶は呼びとめた。

「楓、お願いがあるんだけど」

「何?」

「今度、風中に合唱コンクールのことでお願いに行くんだけど、楓も一緒に行ってくれないかな」

「なんで、あたしが?」

「天宮爽太君て覚えてない?」

「天宮爽太?・・・・覚えてないなあ」

 楓の反応はつれない。

「楓が小4の時、県の合唱コンクールで一緒にソロを歌った子よ。覚えてない?」

 その瞬間、楓の表情が変わった。

 麻耶はその表情の変化を見逃さなかった。

「楓が覚えていなくても、天宮君は覚えてた。楓、合唱コンクールいつも不参加だったじゃん。天宮君は、いつも歌っている中に楓がいないか探していたんだよ」

「えっ?」

 麻耶には、楓のきつい表情が、突然乙女になったように見えた。

「天宮君、楓が歌をやめていないか心配してた。今年は歌ってくれると伝えてはあるけど、一緒に行ってくれれば、きっと喜んでくれると思うんだ」

 取り巻きたちも、楓の表情に気付いて冷やかす。

「楓、行きなよ。そんなに想われてるなら」

「な、何言ってんの?そんなわけないじゃん。小学校の時1回会ったきりなのに」

「じゃあ、相手のひとめぼれ?」

「だから、違うって。あたし、行かない」

「なんで?」

「あたし、関係ないから」

「関係ないなら、行けるじゃん。楓もその子のこと意識してるから行きたくないんじゃないの?」

 うまいぞ、側近たち!

 麻耶は思わず心の中で叫んだ。

「違うって言ってるでしょ!」

 段々、自分の感情を制御できなくなってきている楓。

「意識してないんだったら、行けない理由はないわよね。だったら、一緒に行ってくれる?」

 麻耶は、勝利宣言のように言った。

 楓が麻耶の方を見る。

 その目から、いつもの反抗的で排他的な光は失われていた。

 麻耶は、いつもと違う楓の表情を見た気がした。


「なんで、俺達まで・・・」

 風応駅に向かう電車の中で、光吉がつぶやいた。

「あなた達だって、合唱コンクールの選定委員だったでしょ。自分たちで決めた歌を発表する場に風中がいないなんてことがあってはならないに決まっているじゃない。合唱コンクールに風中にも参加してもらうよう説得する義務はあなた達にもあるの」

「だって、あれは、麻耶の鶴の一声で決まったんじゃ・・・」

「おだまり!」

 3バカトリオと麻耶がからむと、喧騒が尽きない。

 男子3バカトリオ3人に、女子は麻耶、楓、遥果の3人、計6人で風中に向かっていた。

「でもさ、風中の人たちは、呼水町が勝手に場所を変えて、しかも自分たちの街で開催するなんて決めちゃったから、大分怒っているんでしょ?あたしたちで説得できるのかなあ」

 遙果がいう。

「それ以前に、生徒が反対すれば、学校の行事を止められるものかい?」

 譲吉が言う。

「学校としても、突然の場所変更に対応しきれないということもあるみたいよ。風中はいつもバス移動だったけど、遠くになるからバス代の問題もあるみたい。その辺の相談もなしに一方的に決められちゃったことだから、鵬中の先生たちもそのことで風中の先生たちと揉めているらしいわ」

「金をその分、鵬中で出せと?」

「そんな生々しい話にはならないと思うけど、個人的には勝手に決めた町長に出してもらいたいわ」

 譲吉に応える麻耶の口調は強い。

「お金の問題以上に、やっぱり風中生の気持ちの問題だよ。風応町にとっては、牟誇崎台って呼水町以上に特別な場所なんだ。そこで歌ってこそ意味がある。それを町の公会堂でするんじゃ、風中生の気持ちが全然違ってくる」

 正臣が言う。

「でも、風中も全員が合唱コンクール反対なわけじゃないわ。天宮君が、全校生徒に呼びかけて、あたしたちの話を直接生徒たちに聞いてもらえるようにセッティングしてくれたの」

「えっ?風中の全校生徒の前に出るの?」

 麻耶の言葉に遥果が驚きの声を上げる。

「あたしたちの気持ちを、風中の人たちに伝えられる絶好の機会よ。例え歌う場所は変わっても、この地域に根付く歌うことの大切さは変わらない。それを風中生たちに分かってもらうの」

「次はー。風応、風応」

 平たい声の車内アナウンスが流れる。

「ついたわ。みんな降りるわよ」 


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