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端材の神様 〜魔道具職人見習いの練習作品は、なぜか依代になる〜  作者: ヅダスキー3世
第一章 作業台の上の神様

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第五話 内緒にしておこうか

 じいちゃんはすぐには何も言わなかった。

 

 作業台の端に置いた発送の控えを、指先で少しこちらへ引き寄せる。

 品名の欄に、僕の字で「イヤリング」と書いてある。宛先の欄は空白だ。匿名配送だから、そこには何も出ない。

 

「どんな品だったんだい」

 

「木と魔石の、片耳のやつ。じいちゃんの杖の、削った残りの木で」

 

「ああ、あの柄の」

 

 じいちゃんは小さくうなずく。

 それから丸椅子に座ったままのアイカのほうを見る。

 

「アイカちゃん、もう少しだけ時間をもらってもいいかい」

 

「はい」

 

「ありがとう。座ったままでいいからね」

 

 じいちゃんは自分の作業椅子を引いてきて、僕たちの間に腰を下ろした。

 椅子のきしむ音がやけに大きく聞こえる。

 

「シンジ。神様の宿った品が、どのくらい珍しいものか知っているかい」

 

「……宝箱から、たまに出るくらい?」

 

「うん。それも、階層主を倒して宝箱が出て、その中身がたまたま依代だったら、の話だね。何年潜っても一度も見ない人のほうが多い」

 

 じいちゃんの声はいつもと同じくらい穏やかだった。

 お客さんに製作の日程を説明するときとほとんど変わらない。

 

「人の手で作れる職人となると、もっと少ない。名前を聞くのは、何年かに一度あるかどうかだよ」

 

 この前の籠手の常連さんを思い出す。テレビの探索特集に出るような人でも、あの籠手は魔道具で、依代じゃない。

 そういう人たちが、じいちゃんの店に予約を入れて何か月も待っている。

 

「じいちゃんは?」

 

 聞いてから、聞いてよかったのか迷った。

 じいちゃんは少しだけ笑う。

 

「まだまだ、だねえ」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 アイカは膝の上で両手を重ねて、じっと聞いている。

 袖口から、ブレスレットの編み帯が少しだけのぞいていた。

 

「丸いの、出てきてる?」

 

 小声で聞くと、アイカは手首に目を落としてから首を振った。

 話を聞いているのか、寝ているのか。どっちにしても、ここでは出てこないらしい。

 

「だからね、そういう品には、びっくりするような値段がつく。値段がつくものには人が集まる。いい人もたくさん来るけれど、そうじゃない人も、少しは混じるんだよ」

 

「そうじゃない人」

 

「たとえば、シンジがまだ見習いだと知って、作れ作れと無理を言う大人とかね。断ったら怒る人もいるかもしれない。騒ぎになれば、関係のない人まで集まってくる」

 

 じいちゃんは僕の手を見た。

 削り粉で指先がまだ少し白い。

 

「シンジの腕がいいのは、ずっと前から分かっていたんだよ。いつか、こういう日が来るかもしれないとも思っていた」

 

 じいちゃんはそこで言葉を切って、作業台の湯のみに手を伸ばした。中身はとっくに空なのに、口元まで持っていって、また置く。

 

「……思っていたより、ずっと早かったねえ」

 

 何か言おうとして、何も出てこなかった。

 

 作ったときはただアイカに似合えばいいと思っていた。線がつながって、魔力がすっと抜けて、それで満足していた。

 その同じものに、知らない大人がびっくりするような値段をつける。考えたこともなかった。

 

「だから、今は内緒にしておこうか。シンジが依代を作れるかもしれない、ということは」

 

「……うん」

 

「おかしな頼み事を持ち込まれるといけないからね。作るのをやめろ、と言っているんじゃないよ。練習はこれまでどおり続けていい。何かあったら、まずじいちゃんに相談しておくれ」

 

「分かった」

 

 じいちゃんは今度はアイカのほうへ体を向けた。

 

「アイカちゃんにも、お願いしていいかい。そのブレスレットを誰が作ったかは、しばらく外では言わないでほしいんだ。今日一緒にいた仲間の子たちにも、アイカちゃんから伝えてもらえると助かる」

 

 アイカはブレスレットの上に右手を重ねた。

 

「言いません。みんなにも、言っておきます」

 

「ありがとう。あの子たちなら、大丈夫そうかい」

 

「大丈夫です」

 

 少し間があってから、アイカは付け足した。

 

「ユズは、口がすべりそうだけど。ナツメが止めます」

 

 じいちゃんが声を出して笑った。

 

「それは心強いね」

 

 アイカが帰ったのは、それから少ししてからだ。

 

 アイカが立ち上がるころには、作業場の窓の外はすっかり暗くなっていた。路地の街灯の下を、小さな羽虫が輪を描いて飛んでいる。

 

 勝手口まで送っていくと、アイカは靴を履きながら言った。

 

「シンジ」

 

「ん」

 

「ありがとう。……これ」

 

 左手首をほんの少しだけ持ち上げる。

 

「昨日も言ったけど」

 

「うん。聞いた」

 

 アイカは僕の顔を見ないまま、勝手口の外に出た。

 街灯の下を歩いていく背中が、角を曲がるまで見えていた。

 

 居間は、店の上の二階にある。畳の上に低いちゃぶ台が一つと、壁際に小さな仏壇。仏壇の中では、ばあちゃんが写真の中で、作業着のまま笑っている。じいちゃんが一番気に入っている一枚だ。

 夕飯の焼き魚の匂いが、まだ部屋に残っていた。

 

 夕飯のあと、じいちゃんと二人でスマホの画面をのぞき込む。

 台所の窓の外で、虫がひっきりなしに鳴いている。

 

 じいちゃんは老眼鏡をかけて、画面に顔を近づけたり離したりしている。

 

「字が小さいねえ」

 

「大きくできるよ。ほら」

 

 指で広げると、じいちゃんは「おお」と小さく声を上げた。何回見せても、毎回おおと言う。

 

 出品者のページには、いつものIDが出ている。

 SHIN。

 

「これは、どういう意味なんだい」

 

「シンジのシン」

 

「そのまんまだねえ」

 

 じいちゃんは、なぜか少し感心したように言った。

 

 出品中の欄にはペンダントトップと髪留めが並んでいた。どちらもまだ入札がない。取引一覧のいちばん上には、今日発送したイヤリングの写真が出ている。

 

「買った人には、何が見えているんだい」

 

「このIDだけ。名前も住所も出ないし、学校とかも書いてない。発送も匿名だから、向こうの住所も僕には見えない」

 

「うん。それなら、そこはひとまず安心だね」

 

 じいちゃんは老眼鏡をずらして、ペンダントトップの写真を拡大した。

 指で画面をなぞって斜めから撮った一枚で手を止める。

 

「これも、同じように彫ったのかい」

 

「うん。ブレスレットより前に作ったやつだけど」

 

「残りの二つは、いったん下げておこうか。新しく出すのも、しばらく控えよう」

 

「え、でも」

 

 言いかけて、自分でも何が「でも」なのか出てこなかった。

 ビット代とか、砥石代とか、そういうことだ。たぶん。

 

「ビットや砥石が要るなら、じいちゃんに言っておくれ。練習の材料も、これまでどおり端材を使っていいからね」

 

 見透かされていた。

 

「どうして下げるのか、一応聞いてもいい?」

 

「住所が知られるから、じゃないよ。そこはさっき確かめたとおりだ」

 

 じいちゃんは画面から目を離した。

 

「あのイヤリングにも神様が宿っていたら、買った人がそれに気づくかもしれないね。それで、あの出品者の品は、と噂になったとする。そのとき、同じ出品者の品がまだ並んでいたら、人が集まってくる。今は、火のそばに薪を置いておかないほうがいい」

 

 僕は取り下げのボタンを押す。

 確認の画面が出て、もう一回押す。ペンダントトップと髪留めが、出品中の欄から消えた。

 

 画面が少し寂しくなる。

 

 自分の部屋から、薄紙にくるんだペンダントトップと髪留めを持ってきた。出品してから、ずっと机の引き出しで待っていた二つだ。

 ちゃぶ台に並べて、薄紙を一枚めくり、また戻す。

 

「あのイヤリングにも、神様がいると思う?」

 

 じいちゃんは首を横に振る。

 

「分からないね。こればかりは、使ってみた人にしか分からない。何もないかもしれないし、あるかもしれない」

 

「もしあったら」

 

「そのときは、そのときに考えよう。まずは、無事に届くといいね」

 

 じいちゃんは老眼鏡をかけ直して、立ち上がった。

 

「今日はもうお風呂に入って、早くお休み」

 

 部屋に戻ると、アイカからメッセージが来ている。

 

『みんなに言った』

 

 少しして、もう一件。

 

『ユズがいちばん心配』

 

 思わず笑う。ナツメも、たぶん同じことを言っている。

 

 次の日は、朝の風が昨日より少しだけ冷たかった。駅から学校までの坂道で、半袖のシャツの腕に鳥肌が立つ。そろそろ長袖を出さないといけない。

 

 教室に入ると、窓際でユズと目が合った。

 

 ユズは僕を見るなり、口の前に人差し指を立てて、しーっ、とやった。

 それからものすごく真剣な顔でうなずく。

 

 隣でナツメがユズの頭をはたいた。

 

「それが一番目立つんだって」

 

「え、だめ?」

 

「だめ」

 

 マオは弓の手入れの本を読んでいて、こっちを見もしない。

 アイカは自分の席で、窓の外を向いていた。袖口から、革の編み帯がのぞいている。今日も着けている。

 

 アイカから、ちゃんと伝わっているらしい。伝わり方が少し心配だけど。

 

 自分の席に着くとき、アイカと一瞬だけ目が合う。

 アイカは何も言わずにまた窓の外を向いて、袖口の編み帯を指先で一回だけなぞった。

 

 イヤリングを送ってから二日たった放課後、作業台で下げた髪留めを見直す。

 その日は朝から雨だった。作業場の庇に雨粒が当たって、ぱらぱらと細かい音を立てている。湿気のせいで、砥石を濡らした水がなかなか乾かない。

 

 雨の日の作業場は、いつもより暗くて、いつもより静かだ。作業灯の光がやけに白く見える。窓ガラスを伝う雨のすじが、路地の家々の屋根をゆがませていた。

 湿気を吸った木の床が、歩くたびに少しだけ柔らかく鳴る。

 

 長さは僕の小指くらい。細い真鍮の板に、端材の魔石を二つはめてある。板は、じいちゃんの工具箱の底で余っていたやつだ。

 二つの魔石の間を細い線が行ったり来たりしながらつないでいる。出品する前はこれでいいと思っていた。

 

 でも今、作業灯の下で見ると、右の魔石から出た線の一本が気になる。

 曲がり方が少しだけ急だ。

 

 魔力を細く流してみる。

 右の魔石から出て、曲がり角で、ほんの少しだけ流れがもたつく。

 

 ブレスレットのときほどじゃない。流れること自体には問題がない。

 でも一度気づいてしまうと、もうそこしか見えない。

 

「それが、下げた髪留めかい」

 

 隣から、じいちゃんが言った。

 いつの間にか杖の頭を彫る手を止めてこっちを見ている。

 

「うん。ちょっと気になるとこがあって」

 

「見せてもらってもいいかい。直すところも」

 

 ちょっと緊張する。

 じいちゃんにじっと見られながら直すのは、ずいぶん久しぶりだ。

 

「ここ」

 

 曲がり角を指さすと、じいちゃんは黙ってルーペを受け取った。

 しばらくのぞいてから、髪留めの端に指を当てる。魔力を流しているんだと思う。

 

「うん」

 

 それだけ言って、ルーペを僕に返した。

 

 いちばん小さい球のビットを付けて、回転を落とす。

 曲がり角の内側をほんの少しだけ広げる。外側には触らない。内側を削れば、線はそのぶんゆるやかに曲がる。

 

 一回。止めて、ルーペでのぞく。

 まだ急だ。

 

 真鍮の板は魔石より硬い。ビットが滑って魔石の縁に触れたら、欠ける。左手の親指で板をしっかり押さえて、右手首を作業台に預ける。こうすると、指先だけが動く。

 

 もう一回。今度は刃先が溝の底に当たらないように、壁だけをなでる。

 

 精密ヤスリで縁のばりを払って、筆で粉をかき出す。

 溝の底に粉が残らないよう、ここは念入りにやる。

 

 魔力を流す。

 曲がり角を流れがそのまま回っていく。もたつかない。

 

「できた」

 

 じいちゃんは何も言わずに髪留めを受け取って、また指を当てた。

 

 さっきより、少し長い。

 それからゆっくり息を吐いた。

 

「どのくらい変わったか、自分で言えるかい」

 

「えっと……曲がり角で、ちょっと引っかかってたのがなくなった。そのくらい」

 

「そのくらい、か」

 

 じいちゃんは髪留めを作業灯にかざして、しばらく眺めている。

 

「少しよくなったのは分かるよ。でも、直す前の曲がり角の引っかかりは、じいちゃんには、はっきりとは分からなかった」

 

「え」

 

「さっきの時点で、もう十分通っていたからね。お客さんに渡しても、誰も何も言わない出来だった。それを、シンジはまだ気になると言う」

 

 じいちゃんは髪留めを僕の手のひらに戻した。

 指先が少しだけ冷たかった。

 

「……本当に、細かいところまで見えるんだねえ」

 

 じいちゃんはそれきり、しばらく作業灯の光を見ていた。

 

 僕は髪留めを布の上に置いた。

 

「レジン、掛け直しとく」

 

「うん。そうしてごらん」

 

 削った曲がり角の上に、透明なレジンを針の先で少しずつのせていく。広げすぎると、隣の線まで埋まってしまう。

 ランプの紫の光の下で、固まるのを待つ。この待ち時間には、もう慣れている。

 

 じいちゃんはまた杖の頭に向き直った。

 彫刻刀が木を削る、しゃり、という小さな音が戻ってくる。

 

 その夜、風呂から上がると、じいちゃんが居間でお茶を飲んでいた。

 

「髪留めは、固まったかい」

 

「うん。明日もう一回見る」

 

「そうかい。おやすみ」

 

 居間を出ると、廊下はひんやりしていた。雨はいつの間にか上がっていて、窓を開けると、濡れたアスファルトと金木犀の匂いがいっしょに入ってくる。路地の水たまりに、街灯が一つ、揺れながら映っていた。

 

 自分の部屋に戻って、スマホを見る。通知が一件来ていた。

 

 取引メッセージ。

 あのイヤリングの落札者からだった。

 

『本日無事に届きました! 写真よりずっと可愛くて、びっくりしました。木の手触りがとても好きです。大切に使わせていただきます』

 

 普通の、到着の連絡だ。

 

 ほっとして、ベッドに倒れ込んだ。

 

 もう一回、文面を読む。

 木の手触りがとても好きです。

 

 写真だけで決めて、即決で押して、届いてすぐにこれを書いてくれる人。どんな人なんだろう。僕より年上なのか、年下なのか。それすら分からない。

 

 あの木目のところだ、と思う。息を止めて彫った、あの一か所の近く。

 

『お気に召していただけてよかったです。大切に使っていただけたら嬉しいです SHIN』

 

 打ってからちょっと硬いかと思って、でも知らない人だしこれくらいでいいかと思って送った。

 

 画面を閉じようとして、取引一覧の一番上に、あのイヤリングの写真が小さく残っているのに気づく。斜め下からライトを当てた一枚だ。

 

 指で広げてみる。

 右側の葉脈の、溝が太くなりかけたところが、写真でもちゃんと写っていた。


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