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端材の神様 〜魔道具職人見習いの練習作品は、なぜか依代になる〜  作者: ヅダスキー3世
第二章 七つの品

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第二十九話 手首は丸くない

 バックラーは、出品した週の終わりに落札された。

 

 落札者は知らないIDで、届いたのは定型のメッセージが一通だけだった。甲殻の盾が誰の腕に収まったのかは知りようがない。受けた力を外へ逃がす盾が、どこかで誰かの手首を守っているかもしれない。それだけで十分だった。

 

 次に作る物は、バックラーを箱に詰めているときに決まった。

 

 十層から帰ってきた日、作業場の木箱に座っていたナツメの顔を思い出したのだ。いつもより顔色が白くて、眼鏡の奥の目が疲れていた。ユズの肩には湿布があったけれど、ナツメには湿布を貼る場所がない。魔法を撃ち続けた疲れは、たぶん体のどこか一か所に溜まるものじゃない。

 

 僕は、魔法を使う人の道具を一度も作ったことがなかった。

 

 それどころか、魔法を撃ったこともない。

 

 人間は何の触媒もなしに魔法を使えない。魔法職は杖のような主触媒を持ち、そこへ自分の魔力を送り込んでようやく魔法の形にする。その途中の流れを整えるのが補助の腕輪で、じいちゃんの教本にも何種類もの回路が載っている。

 

 けれど教本を何度読んでも、撃つ瞬間に手首で何が起きているのかまでは書いていない。

 

 だから、見せてもらうことにした。

 

「ナツメに?」

 

 勝手口の丸椅子で、アイカが聞き返した。

 

「そう。魔法を撃つところを近くで見たいんだ。腕輪がどうなってるのか」

 

 アイカは一拍考えてからスマホを出して、短く何か打った。返事はすぐに来たらしい。

 

「土曜、二層。来るって」

 

「ありがとう」

 

「…私も行く」

 

 アイカはそれだけ言って、スマホをしまった。

 

 土曜日の横浜迷宮は冷たい雨のせいか、管理棟の中がいつもより混んでいた。

 

 ナツメはゲートの前でもう待っていた。短杖を腰に差して、マフラーを鼻の上まで引き上げている。僕の顔を見ると、眼鏡を指で押し上げた。

 

「腕輪、だっけ」

 

「うん。撃つときの手首を見せてほしい」

 

「了解」

 

 それだけ言うと、ナツメは先にゲートをくぐった。

 

 柱が四本立っているだけの二層の小さな広間は、二週間前と何も変わっていなかった。ナツメは広間の奥に転がっている崩れた石材を指さした。

 

「あれ、的にするよ」

 

 ナツメは右手で短杖を構えた。その右の手首に細い銀色の腕輪がはまっている。

 

「それは量産のやつ?」

 

「そう。グレードは中級のやつで、消費軽減寄りかな」

 

 ナツメは短杖の先を石材に向けたまま淡々と言った。

 

「威力重視のは燃費が悪い。消費を抑えると返って威力が落ちる。安定重視は、どっちも普通。大手の最高級グレードでも、何か伸ばせば何かが重くなるらしいけど…使ったことないからどこまで本当なのかは知らない。私は最後まで撃てるほうを取った」

 

 撃つ前に、ナツメは左手の指で腕輪をくるりと回して、留め金を手首の内側へ戻した。

 

 短杖の先から、白い筋が走った。

 

 広間の空気が一瞬で冷えて、石材の表面に霜の花が咲く。一拍遅れて吐く息が白くなった。

 

 ナツメは続けて三回撃った。撃つたびに腕輪が回っていって、三回目を撃ち終えたときには留め金が手首の横まで来ていた。ナツメは何も言わずに、それをまた指で内側へ戻す。

 

「それ、いつもやってるの?」

 

「まぁね。ずれてくるから」

 

 ナツメは短杖を下ろして、自分の右手首に目を落とした。

 

「それに歩いてると回る。それで、撃つときに」

 

 指先で手首の小指側の出っ張りの、すぐ手前を押さえる。

 

「撃つ瞬間、ここで一回引っかかる感じがする。腕輪が回ってると、もっと」

 

 それ以上の説明はしなかった。

 

「…手首、悪いけど見せてもらってもいい?」

 

 ナツメは黙って腕輪を外して、右手首をこちらへ差し出した。

 

 近くで見ると、手首は丸くなかった。

 

 手の甲の側と手のひらの側が平たくて、親指の側と小指の側に向かって細くすぼまっている。平たい楕円だ。丸い腕輪をはめれば平たいところでは肌から浮いて、すぼまったところでは骨の出っ張りに近づく。ナツメが指で押さえたのは、ちょうどそのすぼまったあたりだった。

 

 巻き尺を当ててもいいか聞くと、ナツメは「どうぞ」とだけ言った。手首の周りと幅と厚みを測って、手帳に書き留める。

 

 アイカは柱にもたれて、それを黙って見ていた。目が合うと、すぐに入口のほうへ向き直る。ナツメが口の端だけで笑ったのが見えた。

 

 帰りの階段の手前で、ナツメが腕輪をはめ直しながら言った。

 

「作るなら、留め金は内側がいいかな。外だと杖に当たるし」

 

「なるほど、内側ね」

 

「ほら、撃つときは手首を返すから」

 

 ナツメはそれだけ言って、マフラーを引き上げた。

 

 帰りのバスで、アイカが窓の外を見たまま聞いてきた。

 

「ナツメの、何が分かったの?」

 

「手首が丸くないこと」

 

 アイカは自分の左手首に目を落とした。右手の指で、ブレスレットの下の手首をそっとつまんでいる。

 

「…私のも?」

 

「アイカのも、丸くないよ」

 

 ブレスレットを直したとき、何度も見た手首だ。アイカは「ふうん」とだけ言って、また窓の外を向いた。

 

 手首は丸くない。

 

 工房に戻ってから、手帳の数字を方眼紙に写して、何度もその形をなぞった。

 

 量産の腕輪は、丸い輪の内側に回路の線を同じ間隔で巡らせてある。輪が丸ければ、それがいちばん素直な引き方だ。

 

 けれど平たい手首にはめると、回路と手首の距離が場所ごとにばらつく。平たいところでは遠く、すぼまったところでは近すぎる。肘から手へ抜けていく魔力は、回路に近いところと遠いところで速さが変わって、そこで乱れる。そのうえ輪が回れば、乱れる場所が撃つたびに変わってしまう。

 

 ナツメの言う「引っかかる」は、たぶんそこだ。

 

 なら、腕輪のほうを手首の形にすればいい。

 

 内側を平たい楕円にすれば、回路と手首の距離がどこでも揃う。楕円なら手首の上で回らないから、留め金はナツメの言ったとおり内側に置いたまま動かない。撃つ前に腕輪を回す必要もなくなる。

 

 ただ、買う人の手首の太さまでは知りようがない。

 

 ナツメより細い人もいれば太い人もいるし、全部の手首に合う物は作れない。それで、ナツメの手首を真ん中にして一段細いのと一段太いのを加えた、三段階で大きさを変えられる形にした。

 

 本体は軽い金属にした。一日じゅう着けていても重くならないことと、楕円の形を正確に保てることを優先した。

 

 金属を楕円に曲げて、片側には開け閉めのための蝶番、反対側には三段の留め金を付ける。そこはじいちゃんに頼んだ。

 

「留め金の段の間隔は、どのくらいにするんだい?」

 

「ナツメの手首で、真ん中の段。そこから1センチずつ」

 

 じいちゃんは方眼紙の数字を目で追って、黙ってうなずいた。帳面の「シンジ」の頁に金属の地金の行が増えた。

 

 回路には、ミスリルを使わないことにした。

 

 棚の奥に、口を固く閉めたガラスの小瓶が一つある。中身は秋に狐の根付の緒締玉を削ったとき、ヤスリの目から落とした青い粉だ。A級の魔石の削り粉で、じいちゃんに「捨てずに取っておきなさい」と言われてからずっとそこにある。根付の保護材に使った残りが、瓶の底に薄く溜まっていた。

 

 A級の削り粉は、樹脂に混ぜて使うことがある。それも、あのときじいちゃんに教わった。

 

 腕輪の内側は肌に直接当たる。溝にミスリルを沈めるより、粉を混ぜた樹脂で溝を埋めて平らに磨いたほうが肌当たりは滑らかだ。それにこの粉は端材で、じいちゃんの棚の物でも端材ならありがたくもらうと決めている。

 

 ただ、樹脂に混ぜた粉がミスリルと同じように魔力を通すかどうかは、試してみないと見当がつかない。

 

 先に、端材の金属の切れ端で試した。

 

 最初は粉を多めに混ぜた。そのほうがよく通るだろうと思ったのだ。ところが魔力を流して指でなぞると、温もりがところどころで跳ねるように強くなったり弱くなったりする。粉が多すぎて、樹脂の中で固まりになっているらしい。流れがざらついていた。

 

 次は粉を減らして、そのぶん溝を深くした。今度はざらつかないかわりに、温もりが遅れて鈍く来る。樹脂の層が厚すぎて、魔力が伝わるのに手間取っているのだ。

 

 粉の量と溝の深さを一段ずつ変えて、切れ端を六本使った。

 

 粉は耳かきに軽く一杯。溝は爪の先が引っかかるくらいの浅さ。そこで、温もりがようやく滑らかに走るようになった。

 

 主になる魔石は、外側の手の甲に当たるところに小粒を一つ据えて、小さな穴で内側の回路とつないだ。杖を握る手の甲なら、魔石がどこかにぶつかることもない。帳面に魔石の行がもう一つ増えた。

 

 最初に彫った回路は、前後を対称にした。

 

 肘から手へ流れる魔力に合わせて作ると、逆向きに着けられたときに働かない。それなら前後どちら向きに着けても同じになるように、と思ったのだ。真ん中に線を一本輪のように巡らせて、そこから肘側と手側へ同じ形の線を広げた。

 

 腕から流れてくる魔力の代わりに、肘側の縁を指でつまんで魔力を流してみる。魔石が働いて、縁から入った温もりは真ん中の輪まで進み、そこで止まった。

 

 止まったというより、輪の中をぐるぐる回って、なかなか反対側へ抜けていかない。両側から同じ形の線が輪に向かって寄ってくるせいで、流れが輪の中で行き場をなくしている。

 

 対称にすれば、どちら向きでも同じに働く。そう思っていたのに、どちら向きでも同じように詰まっていた。

 

 真ん中の輪を消した。

 

 かわりに、肘側の縁から手側の縁まで、途中でどこにもつながらない線を一本ずつ引いた。わずかにねじって手首の形に沿わせる。合流するところがなければ流れは溜まる場所を持たず、上手から入った温もりはそのまま下手へ抜けていく。

 

 腕輪の向きを変えて、反対の縁からも流してみた。

 

 今度も温もりは止まらずに反対側の縁まで抜けた。どちらの縁が肘側になっても、入口と出口が一本の線でつながっている。

 

 じいちゃんが蝶番と留め金を付け終えたのは、その週の木曜日だった。

 

 線は手首の形に沿わせるためにねじってあるから、何本かはどうしても蝶番と留め金の継ぎ目をまたぐ。

 

 蝶番の側は、閉じたときに金具の板どうしが重なるようにしてもらった。重なる面に樹脂の当て板を貼っておけば、閉じたときに面と面で線がつながる。

 

 留め金の側は、留める段によって金具の重なる位置がずれる。真ん中の段で線が重なるように、受け側の当て板の位置を何度も合わせた。

 

 肘側の縁をつまんで魔力を流すと、ねじった線の上を進む温もりは、蝶番と留め金の継ぎ目を越えて手側の縁まで抜けた。

 

「其方は、真ん中の段でしか確かめていませんね」

 

 作業台の端でスイ様が言った。留め金のそばにしゃがみ込んで、三つ並んだ段の刻みを一つずつ指でなぞっている。

 

 言われて、留め金を一番細い段に掛け直した。

 

 魔力を流すと、温もりは蝶番を越え、留め金の手前でぷつりと途切れた。一番太い段でも同じだった。

 

 段が変われば金具の重なる位置がずれる。真ん中の段に合わせた当て板は、ほかの段では線の上に来ない。金属どうしは触れているのに、魔力はそこで止まっている。触れているだけでは通らないのだ。

 

 そこから三日かかった。

 

 留め金の差し込む側の板には、線を横切る向きではなく差し込む向きに沿って何本も並べて彫った。線路の上に車輪が乗るように、受け側の当て板がどの段に来ても同じ線の上に重なるように。

 

 それでも留め金がわずかに緩むだけで流れが細くなる。じいちゃんに頼んでばねを強くしてもらい、どの段で留めても当て板が線に押しつけられるようにした。

 

 三日目の夜、留め金を一番細い段に掛けて魔力を流した。

 

 温もりは留め金の継ぎ目を越えて、そのまま手側の縁まで抜けた。真ん中の段でも一番太い段でも同じだった。腕輪の向きを変えて流しても、三つの段のどこでも流れは途切れなかった。

 

 僕は腕輪を手に取って、しばらく内側の楕円を眺めていた。

 

 青い粉を混ぜた樹脂の線が、磨いた金属の中に細く沈んでいる。肌に当たる面は指でなぞっても段差一つない。

 

 それから乾いた布で、内側を何十回も擦った。布に青い粉が移らないか、樹脂の縁が浮いてこないか。汗をかいた手首を思い出して、布を水で湿らせてからも同じだけ擦る。布は白いままで、線の縁はどこも浮かなかった。

 

 最後に、自分の左手首にはめてみた。一番太い段で、どうにか留まった。ナツメの言ったとおり留め金を内側に向けて、手首を手のひらの側へ何度も曲げる。三回目で、留め金の角が手首の内側の肌に当たった。撃つときに手首を返すなら、そのたびにここが食い込む。

 

 じいちゃんに頼んで、留め金の角を丸く落とし、厚みを薄くしてもらった。もう一度曲げると、今度は金具が肌の上を滑るだけで、どこにも引っかからなかった。

 

「吾には、だいぶ大きいですね」

 

 スイ様が腕輪の輪の中に片腕を通して、袖ごと持ち上げようとしていた。腕輪はスイ様の胴まですっぽり入りそうだった。

 

 スイ様は腕を抜くと、腕輪の内側をのぞき込んで、しばらく黙っていた。

 

「…どなたも、来ていませんよ」

 

「はい」

 

 それでいい、と思った。この腕輪の仕事は、肘から杖へ向かう魔力の邪魔をしないことで、神様のための物じゃない。

 

 出品の説明文は、またじいちゃんと二人で考えた。

 

「確かめられないことは、書かないこと」

 

 じいちゃんはそう言って、僕の下書きの一文を指で叩いた。威力が上がる、と書きかけていたところだった。

 

 僕は魔法を撃てない。この腕輪で魔法がどれだけ強くなるのか、どれだけ魔力が減らずに済むのかは確かめようがない。確かめられたのは、魔力が途切れずに滑らかに通ることと、回路に異常がないことだけだ。

 

『魔法の行使を補助する腕輪です。主触媒の代わりにはなりません。使用者から主触媒へ流れる魔力が途中で滞らないよう、回路を整えています。手首の形に合わせた平たい楕円で、三段階で大きさを調整でき、手首の周りがおよそ14センチから16センチの方に合います。どの段で留めても、また前後どちら向きに着けても、回路は途切れません。魔法職による実際の使用での性能は、出品者の側では確認できておりません。』

 

 神様のことは、どこにも書かなかった。

 

 出品してからしばらく、入札は静かだった。補助の腕輪は魔法職でなければ買わないし、魔法職は槍を使う人よりさらに少ないのかもしれない。

 

 様子が変わったのは、終了の前の晩だった。

 

 いくつかのIDが、ほとんど同じ時間に値を重ね始めた。誰かが入れると、すぐに別の誰かが上を行く。画面の数字が見ているあいだに書き換わっていく。説明文の「滞らないよう」のところに、魔法を使う人たちは何かを読み取ったのかもしれない。それが何なのか、僕には見当もつかなかった。

 

 終了の瞬間、数字は槍の穂先の落札額を超えていた。

 

 落札したのは、見覚えのないIDだった。届いたのは定型のメッセージが一通で、『落札させていただきました。到着を楽しみにしております』とだけ書いてあった。

 

 補助の腕輪に、どうしてこんな値段が付くんだろう。

 

 しばらく画面を眺めてから、帳面の「シンジ」の頁を開いた。

 

 金属の地金。魔石。それより上の行も、全部僕が払う材料の行だ。腕輪を楕円に曲げて、蝶番と三段の留め金を付けて、ばねを強くしてくれたじいちゃんの手間は、バックラーのときと同じで今度もどこにも書いていない。

 

 今度の腕輪は、じいちゃんの手がなければ形にならなかった。

 

 この値段なら、払える。

 

 帳面を閉じて、奥の作業台のほうを見た。じいちゃんは老眼鏡をかけて、明日の仕事の革を裁っている。

 

 今度こそ、ちゃんと言おうと思った。


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